頭がいっぱい。
5限が終わる頃には。
外はすっかり暗くなっていた。
10月。
少し前まで。
この時間でも、もう少し明るかった気がする。
遙は一人、駅へ向かって歩いていた。
今日。
いろいろなことがありすぎた。
連絡先を聞いた。
あの人と秀平が話しているのが嫌だと。
本人に言ってしまった。
『可愛いね、遙ちゃんは』
そして。
あの日のこと。
(……金本さんだったんだ)
何度思い返しても。
あの日の男の人と。
今の秀平が。
まだうまく重ならない。
そのとき。
鞄の中で、携帯電話が震えた。
「……?」
取り出す。
画面に表示された名前を見て。
胸が跳ねた。
——金本秀平。
(……金本さん)
メールを開く。
『マーケティング戦略、終わった?』
「……」
たった、それだけ。
それだけなのに。
遙は立ち止まった。
大学で会っていないのに。
金本さんから連絡が来た。
当たり前だ。
今日、連絡先を交換したのだから。
それなのに。
不思議な感じがした。
『終わりました。今帰り道です』
送信。
すぐに返事が来る。
『そっか。気をつけてね』
遙は画面を見つめる。
何か返したい。
でも。
何を返せばいいんだろう。
『金本さんは研究室ですか?』
少し迷って。
送った。
『そう。まだ研究室』
『遅いんですね』
『今日はもうちょっとやって帰る』
『大変ですね』
『遙ちゃんは明日家庭教師だっけ?』
「……」
覚えてる。
以前、何気なく話したこと。
『はい。午後からです』
『頑張って』
『金本さんも研究頑張ってください』
『ありがとう』
そこで。
一度、メールは途切れた。
遙は携帯電話を鞄へ戻す。
数歩歩く。
また。
震えた。
慌てて取り出す。
『あと、今日はごめんね』
「……?」
何のことだろう。
『何がですか?』
返事。
『可愛いとか言って』
「……っ」
遙は。
駅の手前で立ち止まった。
一瞬にして。
顔が熱くなる。
忘れかけていたのに。
いや。
全然忘れてはいなかったけれど。
『……もう言わないでください』
送信。
少しして。
『それは無理かも』
「……」
遙は画面を閉じた。
閉じたけれど。
また開いた。
『それは無理かも』
もう一度読む。
意味なんて。
分からない。
分からないけれど。
胸の奥が。
じんわりと。
温かかった。
*
土曜日。
「先生」
問題集を開いたばかりの遙へ。
中学三年生の兄が言った。
「何?」
「聞いたわよ」
「……」
なぜ。
中学三年生男子がそんな言い方をするのだろう。
「何を」
「連絡先」
遙の手が止まる。
「……」
隣で問題集を開いていた妹が。
勢いよく顔を上げた。
「えっ!?」
そして。
「きゃーーー!!」
「うるさい!!」
「聞いたの!?」
「先生、聞いたの!?」
「……」
「聞いたんでしょ!?」
「……聞いた」
「きゃーーー!!」
「だからうるさいって!」
兄がニヤニヤしている。
「やっとじゃん」
「何その言い方」
「何週間かかってんの」
「……」
「で?」
妹が身を乗り出す。
「メールした?」
「……した」
「どっちから!?」
「……」
「先生から!?」
「……向こう」
「きゃーーー!!」
「うるさい!!」
兄まで机を叩いた。
「先生!」
「何よ」
「それはもう、きてるよ」
「何が」
「脈が」
「……問題集開いて」
「逃げた!」
「逃げたね!」
「開いて!!」
——私は。
中学生相手に。
一体、何を報告しているんだろう。




