↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/46

これで探さなくて済む

金曜日。


3限。


『情報開発演習Ⅲ』。


遙はいつもの席に座っていた。


鞄の中には携帯電話。


当然、いつも入っているものなのに。


今日はやけにその存在が気になる。


(……聞く)


今日は。


絶対に。


講義開始まで、あと五分。


まだ、秀平は来ていない。


(また遅刻……?)


そう思ったとき。


「遙ちゃん」


すぐ横から声がした。


「……!」


顔を上げる。


秀平が立っていた。


「おはよう」


「……おはようございます」


秀平はいつものように、一席空けた隣に座った。


けれど。


なんとなく。


いつもと違う気がした。


鞄を置いて。


ノートを出して。


それから。


「ねえ」


「はい?」


秀平が遙を見る。


「この前さ」


心臓が跳ねた。


「なんで急に帰ったの?」


「……」


来た。


遙は視線を逸らした。


「……5限があったので」


「それは知ってる」


「……」


「でも、まだ時間あったでしょ?」


「ちょっと……用事を思い出して」


「本当に?」


「……」


答えられない。


秀平はしばらく遙を見ていた。


そして。


「俺、なんかした?」


「え?」


思わず秀平を見る。


いつものように笑っていない。


「なんか嫌なこと言ったかなって」


「違います!」


思ったより大きな声が出た。


近くにいた学生がこちらを見る。


「……違います」


今度は小さな声で言う。


「金本さんは、何もしてないです」


「そっか」


「……はい」


「なら、よかった」


それだけ。


秀平は、それ以上聞かなかった。


どうして帰ったのか。


何があったのか。


追及しない。


ただ。


気にしていたんだ。


私が帰ったことを。


金曜日から。


今日まで。


そう思ったら。


胸の奥が、少しだけ温かくなった。


「じゃあ始めますか」


前から花沢の声が聞こえた。


遙は慌ててノートを開く。


でも。


最初の数分。


何を書いたのか、ほとんど覚えていなかった。





講義が終わった。


学生たちが席を立つ。


秀平もノートを閉じた。


「今日、4限——」


「あの!」


自分でも驚くほど大きな声だった。


「ん?」


秀平がこちらを見る。


(言う)


今日は。


逃げない。


「金本さん」


「うん」


「……連絡先」


「え?」


「連絡先……教えてもらってもいいですか」


言った。


言えた。


顔が熱い。


秀平が一瞬、目を丸くする。


その沈黙に耐えられなくなって。


「……嫌ならいいです」


「なんでそうなるの」


秀平が笑った。


「嫌じゃないよ」


「……ほんと?」


「うん」


秀平がポケットから携帯電話を取り出す。


「俺も聞こうと思ってた」


「……え?」


顔を上げる。


「ほら」


携帯電話をこちらへ向けられる。


「あ……はい」


慌てて自分の携帯電話を取り出した。


操作する手が。


少しだけ震える。


画面に表示された名前。


——金本秀平。


それだけなのに。


何度も見てしまう。


「できた?」


「……はい」


「じゃあ送ってみて」


「今?」


「ちゃんと届くか確認しないと」


「……そうですね」


何を送ればいいんだろう。


迷って。


結局。


『金田です』


それだけ送った。


すぐに。


秀平の携帯電話が震える。


「来た」


「……よかったです」


すると今度は。


遙の手の中で、携帯電話が震えた。


画面を見る。


『登録しました』


それを見て、遙はふっと笑った。


隣にいるのに、わざわざメールでやり取りしている。


それがなんだかおかしくて。


『私もしました』


つい、遙もメールを返した。


すると、また自分の携帯電話が震える。


『よかった。これで大学で探さなくて済む』


「え……」


隣を見る。


秀平は何食わぬ顔で携帯電話をしまっている。


「で」


秀平が言う。


「今日の4限、空いてる?」


また。


同じ言葉。


でも今日は。


「……空いてます」


少しだけ。


前より自然に答えられた。


携帯電話の画面には、まだ。


『よかった。これで大学で探さなくて済む』


その一文が残っていた。


(……探す?)


それがどういう意味なのか。


遙には、まだ分からなかった。


遙は画面を閉じて、携帯電話を鞄の中へしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。