恋愛相談は続く
火曜日、昼休み。
恋愛相談は、まだまだ続いていた。
「で?」
あゆみが机に肘をついた。
「その人のことが気になって、メイク始めたんでしょ?」
「……」
遙は答えない。
「当たり?」
「……まあ」
「まあ、だって」
成美が笑う。
「何があったの?」
「……別に、大したことじゃないんだけど」
そう言ってから、遙は少しずつ話した。
月曜日。
秀平に会えるかもしれないと思って、いつもより早く校舎へ向かったこと。
そこで秀平が、綺麗な女学生と一緒にいるところを見たこと。
その人も工学部らしく、秀平と研究の話をしていたこと。
そして。
自分とは全然違うと思ったこと。
「それで、メイク?」
「……うん」
「なるほどねえ」
成美が頷く。
「それでね」
「まだあるの?」
「金曜日にも、その人が来たの」
「え!」
あゆみが身を乗り出した。
「秀平さんと4限に話してたら、その人が来て」
「ちょっと待って」
「なに?」
「4限に話してたって何?」
「……普通に」
「二人で?」
「……うん」
「二人で!?」
「声大きいって……」
「だって!」
あゆみが成美を見る。
「ねえ?」
「うん。そこ重要」
「重要じゃない」
「重要です」
成美が真顔で言う。
「で、その女の人が来て?」
「研究の話が始まって」
「うん」
「全然分からなくて。二人は同じ工学部だから、普通に話してて」
遙は手元を見る。
「……私だけ、何も分からなくて」
二人は黙って聞いている。
「その人、綺麗だし。秀平さんと同じ話もできるし」
「うん」
「それで……」
言いづらい。
「……帰った」
「帰った!?」
「だから声大きい!」
「なんで!?」
「……いたくなくなったから」
「何も言わずに?」
「5限があるって言って」
「5限まで時間あったんでしょ?」
「……ちょっと用事思い出したって」
「嘘じゃん」
「……うん」
あゆみと成美が顔を見合わせた。
「ねえ、遙」
「なに?」
成美が聞く。
「その人、秀平さんの彼女なの?」
「……知らない」
「付き合ってるって言ってた?」
「聞いてない」
「秀平さんがその人のこと好きだって言った?」
「……言ってない」
「じゃあさ」
成美が首を傾げる。
「遙、何に負けたの?」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「だって、そういうことでしょ?」
「……」
「その人が綺麗で、同じ工学部で、秀平さんと研究の話ができるから、自分じゃ無理って思ったんでしょ?」
「……うん」
「でも、その人が彼女かどうかも知らないんだよね?」
「……うん」
何も知らない。
そうだ。
私は。
何も知らない。
二人が話しているところを見ただけ。
それなのに。
勝手に比べて。
勝手に負けたと思って。
勝手に逃げた。
「ていうかさ」
あゆみが遙の顔を覗き込む。
「遙、その人に勝つためにメイクしてんの?」
「……え」
「もっと綺麗にならなきゃ、とか思ってない?」
言葉に詰まる。
思っていた。
あの人の隣に立っても、恥ずかしくないように。
もっと。
もっと。
「……でも」
遙は小さく言う。
「最近は、ちょっと楽しい」
「メイク?」
「うん」
朝。
昨日より少し上手くできると嬉しい。
二人に褒められると、もっと嬉しい。
ドラッグストアへ行けば、今まで見もしなかった化粧品が目に入るようになった。
「じゃあ、それでよくない?」
あゆみが言った。
「え?」
「せっかくなんだから、遙が楽しいと思うメイクしようよ」
「そうそう」
成美も頷く。
「誰かに勝つためじゃなくてさ」
「……」
「その人と同じ顔にはなれないんだから。遙に似合うの探せばいいじゃん」
「……そっか」
なんだか。
少しだけ、胸の奥が軽くなった。
「で」
成美が言う。
「女の人のことが気になるなら、本人に聞く」
「……無理」
「即答!」
「じゃあ連絡先聞く」
「それも……」
「遙」
「なに」
「何ならできるの?」
「……」
二人が呆れた顔でこちらを見る。
「恋愛偏差値、低すぎない?」
「……土曜日にも似たようなこと言われた」
「誰に?」
「家庭教師の生徒」
「え?」
「中学生の兄妹」
一瞬。
沈黙した。
「中学生に恋愛相談してんの!?」
「違う!」
「してるじゃん!」
「向こうから聞いてくるの!」
「何その関係!」
二人が笑い出す。
「しかもね」
遙も笑いながら言った。
「『先生よりは恋愛偏差値高い』って言われた」
「負けてんじゃん!」
「負けてない!」
「連絡先聞けてないんでしょ?」
「……」
「負けてる!」
「もうこの話やめよう」
「遙、逃げる癖あるよね」
「……うるさい」
三人で笑った。
こんな話を。
大学で誰かにする日が来るなんて思わなかった。
水曜日。
木曜日。
授業の合間に、あゆみや成美と話した。
メイクのこと。
課題のこと。
先生のこと。
くだらないこと。
そして二人は、何度も言った。
「金曜日、逃げない!」
「連絡先聞く!」
「分かったって」
「絶対だよ!」
「はいはい」
「返事が軽い!」
「……分かりました」
本当は。
考えるだけで緊張する。
でも。
今度こそ。




