仮の話?
土曜日。
朝、いつも通りの時間に目が覚めた。
一番に頭に浮かんだのは、昨日の4限のことだった。
結局、一番聞きたかったことは聞けなかった。
それどころか——
(……連絡先、聞けばよかった)
そこまで考えて、遙は布団から起き上がった。
(いや、なんで?)
会うのは毎週金曜日。
大学だって同じ。
連絡先なんて、必要ない。
(……必要ない、よね)
自分に言い聞かせるようにして、身支度を始めた。
遙は毎週土曜日の午後、家庭教師のアルバイトをしている。
受け持っているのは、中学生の兄妹二人。
遙の母が、知人から頼まれて持ち帰ってきた話だった。
ほかにも高校生の家庭教師を頼まれたことがあったが、今のところ土曜日くらいしかまとまった時間が取れそうになく、断っていた。
午前中は予定がない。
遙は近所にある大きな公園へ散歩に出た。
木々に囲まれたこの公園は、ジョギングや犬の散歩をする人も多い。
なんとなく——
気持ちを整理したかった。
ゆっくりと歩く。
まだ暑さは残っているけれど、木陰を抜ける風は少しだけ涼しい。
時折、秋の気配を感じる。
(人肌恋しい季節が来るのか……)
数歩進んで、我に返る。
(いやいや!! 何考えてるの、私!)
結局、この気持ちに名前をつけられないまま、遙は家庭教師のアルバイトへ向かった。
中学三年生の兄は、13時から90分。
中学二年生の妹は、15時から90分。
兄は受験生なので、妹より先に指導する。
そうすれば、妹を教えている間に自習をして、分からないところがあれば最後に質問することもできる。
「ここ、なんで間違えたか分かる?」
「計算ミス?」
「その前。式の立て方から違う」
「あ、ほんとだ」
「答えだけ見ないで。どこから違ったのか探した方が、次は間違えないから」
「はーい」
ひと通り兄の指導を終え、少し休憩を取る。
次は妹。
そう考えていると、兄が勉強椅子をくるりとこちらへ向けた。
「先生、最近なんか変わった?」
「……何が?」
「なんか、よく笑う」
「そう?」
「うん。前もっと怖かった」
「……」
そこへ、妹も入ってきた。
「先生、彼氏できた?」
「できてない」
「好きな人?」
「いない」
「じゃあ、気になる人」
「……」
「いるじゃん」
今の中学生は、こんなにませているのだろうか。
二人とも勉強熱心なくせに、こういうことには妙に鋭い。
話せる友達もいない遙は——
不覚にも、口を開いてしまった。
「……仮に」
「うん」
「仮にだからね」
「はいはい」
「大学で、ちょっと話す人がいたとして……」
兄妹が揃って身を乗り出す。
「うんうん!」
(中学生相手に、私は何を話してるんだろう……)
自分でも途方に暮れる。
「昨日、一時間くらい話したんだけど」
「うん」
「連絡先は知らなくて」
「聞けばよかったじゃん」
「……やっぱり?」
「え、なんで聞かなかったの?」
「必要ないと思って」
「じゃあ、なんで今気にしてんの?」
「……」
遙は黙った。
「先生、いつもの怖い顔になってるよ!」
「……!」
ハッとする。
「じゃあ来週聞けば?」
「……何を?」
「連絡先」
「……」
「金曜日会うんでしょ?」
「なんで金曜日って……」
「さっき先生が言った」
「……」
「めっちゃ好きじゃん」
「……違うから」
即答した。
「はい。この話は終わり」
「えー!」
「始めるよ。先週の宿題、できてる?」
「もっと聞きたいのにー!」
兄妹からブーイングを受けながらも、遙は淡々と勉強を進めていった。
二人も文句を言ったのは最初だけ。
始まってしまえば、すぐに集中した。
17時頃。
妹の指導を終えたあと、兄からの追加の質問にもいくつか答え、遙は帰り支度をした。
玄関まで見送りに来た兄妹が、最後にまた言う。
「先生、絶対に聞きなよ!」
(この子たちに話したの、失敗だったかも……)
「忘れなさい。勉強に集中!」
そう言い残して、遙は家を出た。
帰り道。
(来週、聞く……?)
携帯電話を取り出す。
当然、そこに秀平の名前はない。
(……聞くだけなら)
連絡先くらい。
友達だって交換する。
そう自分に言い聞かせながら、遙は携帯電話を鞄へ戻した。
こんにちは。
名無しのkikoです。
これは働く私たち。と、恋の話のスピンオフ作品で、金田遙の大学時代の話になります。なので、スマートフォンとガラケーが切り替わる頃の時代と思っていただければと思います。
私自身がその時代に大学生だったので…懐かしいです。
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よろしくお願いします。




