八 養子縁組と婚姻許可
僕が公爵家で花婿修行を開始して早十日、とうとう王宮で婚約式と養子縁組の日となった。あれから二回ほど王宮でイボンヌ伯爵夫人と会う予定だったけど、夫人は役目を放棄したのか、来ることはなかった。
仕方ないのであの部屋の本を片っ端から読んじゃったけどね。
ついでに少し片づけもしておいた。
今日は王宮で僕の養子縁組の書類に署名をして、僕とメリアーナ公爵令嬢の婚約並びに婚姻許可の王命の書類をお披露目されることとなるのだ。
そして、午後からはなんと王宮で婚約のお披露目式をしてくれるとのこと。
公にはできないけれど王家側に非があるということで急遽であるが、王宮の一室をパーティ会場として用意してくれたそうだ。国王陛下も参加されるという。恐ろしい。
僕が部屋で支度をしていると公爵令嬢が訪れた。
「支度はどうかしら……」
公爵令嬢は部屋に入るなりじっと僕を見つめていた。
「どこか変ですか?」
僕は慌てて自分の姿を見下ろしてあちこち確認してみた。支度を手伝ってくれていた使用人達も公爵令嬢が来たため静かに離れていった。
さすが公爵家の使用人は洗練されているなぁ。
「い、いえ、変ではありませんわ」
そう言って彼女は視線を逸らしてしまったので、僕はどこか悪いところがあったのかと服装をあちこち見て回った。
すると公爵も部屋にやって来て、僕をご覧になると、
「ほう、それなりに様になっているようだな。仕立てを急がせただけはあったか。見栄えは上級貴族の子息や王族方と並んでも遜色ないだろう。さすがはバルモア家の血を引いている者だな」
ちなみに公爵家御用達の仕立屋は王家の仕立ても承ることもあるみたいで王室御用達の看板も掲げていた。
だから庶民はもちろん、下級貴族にも気安く敷居を跨げるお店ではない。それを急がせたとか、どれだけのお金を積んだのか、恐ろしい。
でも、公爵が珍しく手放しに褒めるので、僕はちょっといい気分になってしまった。
あ、気持ちだけね。お気持ちだけ嬉しくいただきます。
平々凡々な僕がそんな高位貴族に見えるはずないから、調子に乗ると良くない。
だけど、将来の義理の父だから仲良くしておくことは重要な事項だ。
僕は黙って口元に笑みを浮かべるだけにしておいた。
すると公爵令嬢はまた顔を背けるし、公爵はまたあの驚いたような顔をするし、本当に見世物にでもなった気分だった。
それから、公爵とご令嬢と僕は王宮へ向かった。馬車の中で僕は緊張して、何を話したのか覚えていない。
気がつけば王宮の一室に案内されていた。そこには伯父さんである現バルモア伯爵が既にいらしていて、公爵閣下と伯父さんが儀礼的な挨拶を交わした。それから、伯父さんは僕のところに来て話しかけてくれた。
「久しぶりだな。ラスティ」
「お久しぶりです。伯父さん。今日はいろいろとよろしくお願いします」
「まあ、本当に驚いたよ。妹から連絡をもらった時に、何度も確認してしまった。それから、母に、くれぐれもと言われているよ」
普段も温和な伯父は柔和な笑みを浮かべてくれた。それから、僕に小声で付け加えた。
「でも、君を養子にしても、うちの相続権はあげられないからね?」
伯父さんのところにも立派な後継者はいる。従兄弟達と揉め事になるのは僕も困る。
「はい。もちろんです。今回の事でお力添えいただき、ありがとうございます」
こんなお願いは断られても当然だし。
公爵と伯爵、王宮の事務官との立ち会いのもと、僕はバルモア伯爵家の人間となった。
その後は、別の会場に移動し、お披露式が行われた。
僕は伯父の伯爵に付き添われ、公爵令嬢は公爵に伴われて会場に入った。最初はざわめきが聞こえたようだが、ぴりついた雰囲気はなく和やかな感じで始まった。
そして、宰相が一同を見渡して声を上げた。
「この度、第二王子であるザネンザ王子殿下は学園を終えてもまだ見識を高めたいと他国への留学を希望したため他国との友好大使として任命することになった、長期になると思われることからミローネ公爵家令嬢との婚約を解消することとなった」
おおとか、ああとかの声が貴族達から漏れ聞こえる。
そんな理由になっていたのを僕は初めて聞いたけど、そうなの?
ザネンザ王子は相変わらずにやけた笑みを浮かべて王家側の席で座っていて、僕の隣にいるメリアーナ公爵令嬢は黙って玉座のある前方を見つめていた。
「ミローネ公爵家は次代の女公爵として成人後は急ぎ婿取りが必要な状態である。しかしながら、第二王子にも公務として長期になると見込まれ、この度は双方の意向もあり円満に婚約を解消することとなった。さらに公爵家からの次の候補者として強い申し出があり、この度の婚約の儀が整った次第である。よって、ミローネ公爵家の結婚式については予定していた通りに行われることになる。以上」
要はザネンザを他国に遊学させ、友好なんたら大使として任命することにしたので婚儀を延期したいが、公爵家は後継ぎが必要な状態であり、双方の協議の結果、婚約は解消、王家側による延期の申し出のため、公爵家の意向を尊重し、僕との新たな婚約及び結婚式を行うことを発表した。
やや会場がざわめきだした。公爵令嬢のお相手とか、実際の婚約解消の理由について知りたいのだろう。
ミローネ公爵と公爵令嬢はただ黙って佇んでいた。公爵家に落ち度はないというふうに。
そして、必然的に彼女の隣にいる僕へと周囲の視線は注がれた。
そこで壇上の玉座に座っていた国王陛下がおほんと咳払いをして言葉を発した。
「なお、ミローネ公爵家に婿入りするのはバルモア家の縁者である」
するとなんと! という声が聞こえたが、あのバルモア家なら、と何故か急速に静まってしまった。
お祖母様は、今でも一体どれだけ貴族社交界に影響力があるの?
お祖母様は既に引退しているので、公のこの場には出てきてない。だけどその名で場を静めてしまった。
やっぱり恐ろしい。気をつけよう。
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