五 いざ、公爵家へ
翌日、迎えに来てくれた公爵家の馬車に荷物と共に乗り込んだ。昨日の執事も来てくれていたので公爵家のフットマン達に荷物を指示する。
見送りも家族や使用人達が集まってくれた。
そもそも僕は学園の寮で住んでいて家から出ていたので、それなりに皆も慣れている。
「まあ、身体に気をつけろ。たまにはこちらに顔を見せなさい」
「公爵家にご迷惑のないようにね」
父母の心配な様子に、兄達は真剣に頷いていた。
「ちい兄様……」
シャーリーはちょっと涙を浮かべてくれていた。可愛い妹だ。
「大丈夫。またいつでも会えるよ」
「まあ、僕も王宮の事務官の事務局でいるから、何かあったらこいよ」
ケビン兄さんが苦笑しながら僕の肩を叩いてきた。兄さんなりの愛情をありがたく受け取る。
「じゃ、行ってくるね!」
そうして、僕は家族に手を振って、馬車に乗り込んだ。
元々持ち物は多く無い。ここにあるのは学園の季節外の制服や教科書くらいだった。
寮に置いてあるのも引き上げないといけないよな。卒業前だから荷造りはしていたから後は簡単だけど。
「ラスティ様、お荷物はこれだけでしょうか?」
「はい。必要があれば取りに帰るか、持ってきてもらいます」
「分かりました。ああ、それと寮のお荷物は既に公爵家に運んでおります」
ええ?! 仕事が早いなあ。さすが公爵家の執事だ。
「そうですか。分かりました」
僕は内心の動揺は出さずに貴族的な笑みを浮かべた。
気を遣っちゃうよ。大貴族は使用人に簡単に感謝の意を表したり、謝ったりしちゃいけないんだよねぇ。面倒くさいよ。
これはお祖母様のとこでちょっと教わった。
だからといって使用人を虐げたり、軽んじたりしてはいけない。恨みを買うとどこでどう足を引っ張られるか、分からないそうだ。だけど身分の違いをはっきりとしてけじめを付けないといけない、みたいなのことを少し教えられた。
うちのような子爵家はそんなこと考えなくても、使用人とは家族みたいな付き合いだったので気楽だったけどね。
そうしているうちに馬車はスムーズに公爵家の玄関に辿り着いた。
玄関には使用人とご令嬢が出迎えてくれていた。馬車から降りて挨拶をする。
彼女の差し出した手を軽くいただいてキスをするような感じで、頭は軽く下げる。
このくらいのマナーはなんとか身につけている。
上級と下級の違いで肝心なのは……。
「お待ちしておりましたわ。ラスティ様」
「すみません。無理を言って一日向こうで過ごさせていただきました。ミローネ公爵令嬢殿」
僕がそう言うと令嬢はピクリとした。何かピリついた雰囲気を醸し出したご令嬢はそれでも優雅さを保っていた。
何かいけなかったのだろうか?
「お疲れを癒していただくところですが、お父様もお待ちですわ。一緒にご挨拶をいたしましょう」
「はい」
いよいよ義理の父になる方とご対面だ。僕を見てやっぱりなしとかありえそうだよね。それもありだ。
とか思いながら僕は持っている中で慌てて着た一張羅の襟を正した。
そして、ミローネ公爵令嬢をエスコートしながら、行く先を指示されて応接間に向かった。
公爵家の邸宅は豪奢でありながら、落ち着いた雰囲気だった。歴史の重みを感じられる。
応接室に入ると既に公爵はいらして、かなりな圧を感じた。
――怖い、怖い。
「お父様。ラスティ様をお連れいたしました」
「そうか……、幸いなるかな、精霊神はここに」
公爵からの儀礼的な挨拶を受けてから、僕は姿勢を正して、礼をとった。
「ラスティ・ブルーハと申します。どうぞよろしくお願いします!」
それぞれが席に座ると公爵は咳払いをしつつ、話を始めた。
「それで君は我が公爵家でやっていけると思っているのか?」
「お父様! 彼はわたくしのサポートとして隣でいてくれるだけで十分ですわ」
公爵はご令嬢の言葉にチラリと目をやったものの僕を見据えていた。
正直ちょっと怖いのと面倒なことになったなあと僕は少し他人事のように感じていた。
「……恐れながら、僕のような者には過分なことでございます。しかしながら、この件にいたしましてはどのような申し訳もいたしません」
そうして僕はひたすら頭を下げた。
公爵の無言の圧が怖かった。
ご令嬢も黙って僕の言葉を聞いていた。
「僕の全力を持って学ばせていただきます。それでも相応しくないと思われましたら、僕は……」
そこまで言うと隣でいるご令嬢の身体が強張ったのを感じた。なんだかんだ言って、分かりやすいよなあ。
「さらにもっと精進いたします!」
そう叫んで顔を上げると公爵はやや目を見開いて驚いたように僕を見ていた。
だってそれしかできないし。僕は学園を卒業しても、まだ進路の決まっていないぽんこつだからねぇ。
「ごほん。そ、そうか、では、その言葉通りせいぜい頑張ることだな」
そう言うと公爵は家令に指示をして、僕たちは部屋を出た。
部屋を出るとご令嬢は驚いた表情で僕に話しかけた。
「びっくりいたしましたわ」
「え? 何が、どうしてですか?」
正直ここ数日はこっちの方がびっくりの連続だから、本音がつい出てしまった。
公爵令嬢は目を丸くして僕を見ていた。その姿も何かとても可愛いと思ってしまった。
だけどミローネ公爵令嬢は直ぐに僕から視線を逸らせてしまった。
「……その、父から反対されるとあなたはお断りすると思っていましたから」
まあ、そう思われても仕方がないよねえ。
「僕、いえ、私は自分のしたことに誠実に責任を取りたいと思っています。それに反対というほどでもなかった気がしますし」
「責任……」
するとご令嬢は僕を見上げたものの、直ぐに横を向いてしまったのでどんな表情なのかは分からなかった。
「し、仕方ありませんわね。あなたはわたくしの隣でしっかり精進なさい」
それから、僕の肘に手を乗せると歩くように指示した。
「前を見ないと危ない……」
そう僕が言いかける間もなく、彼女は躓きかけたので、慌てて彼女を抱きとめた。
おお、柔らかいし、良い匂いがする。
ちょっと変態になってしまった?
恥ずかしさを隠そうと僕は、
「危ないですから、仕方ありません」
「きゃっ」
彼女の悲鳴も気にせず僕は彼女を抱き上げて、歩き出した。
「こ、こ、ここ……」
「こここ? 鶏ですか」
「恥ずかしいのですわ」
多分僕の腕の中で真っ赤になっているだろう彼女を想像するのは何だか楽しかった。
普段人形のように綺麗で完璧な彼女が慌てるのはとても可愛い。
だけど歩き出した僕はすぐに止まってしまった。
「で、何処に行けばいいのでしょうか?」
公爵家はとても広いし、すぐ応接室に行ったから全く分からない。
この後、ご令嬢の痛くない力で胸元をポカポカと殴られ、使用人達の堪えようとしつつ、微かに漏れる笑い声の中で僕は途方に暮れていた。
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