三 どうしてこうなった?
王都のやや外れに僕のブルーハ子爵家のタウンハウスがある。
王都の北側が王宮や王族の居城が占めていて、王宮向かいには精霊神教会とその南の左右が大貴族と高級店が占めていた。
精霊神教会には王国設立の際、そこに精霊神が降り立って建国を祝ったという由緒ある場所であり、王族や高位貴族の婚姻などの時には特別な扉を開放して式典が行われている。残念ながら下級貴族や一般庶民は立ち入ることはできない。その代わりに各地区にある教会支部を使用する。
そこから南に向かって街は広がり、大商会や各種ギルドや中流貴族から僕のうちみたいな下級貴族の邸宅が点在している。その合間に富裕層の庶民などがありそれぞれ居住地によって区切られていた。
ブルーハ子爵家は父上と一番上のアルベール兄上が執務を分担して、地方の領地の運営や貴族院議会への出席をこなしている。母はもっぱら貴族夫人の社交界で慈善事業などのボランティアやお茶会に勤しんでいる。
二番目のケビン兄さんは王宮の事務官に任命され王宮の寮に入っていた。妹のシャーリーは貴族学園に入学するまでは自宅で家庭教師をつけて勉強しているというごく普通の下級貴族の暮らしぶりだ。
公爵家の用意した馬車に乗り、子爵家のタウンハウスに向かった。
「子爵家には王宮からは今回の件に関して王命での書類が通達されているはずですわ」
馬車の中で、ミローネ公爵令嬢から説明を受けた。
「は、はい」
僕はただ情けない返事を返すしかなかった。
ほどなくして到着した子爵家の玄関前には全使用人はもちろんのこと、家族全員が神妙な面持ちで出迎えてくれていた。僕が先に降りて彼女をエスコートして降りると、父上が畏まった礼をした。
「ブルーハ子爵、本日は良き日、精霊神の御加護も良い日でありますわ。お出迎え感謝いたします」
「ようこそ、ミローネ公爵令嬢殿。お待ちしておりました。きっと良いご加護をえられることでしょう」
父を先頭に僕は彼女をエスコートしたまま館に入った。
我が家で一番上等な応接室に案内されて、僕は何故か彼女の隣、向かいには父と兄達が座り、母と妹はその後ろに控えていて、それぞれ父から簡単に家族を紹介された。
「ご子息の件で、王命の書類はご覧になっていただけましたかしら?」
「はい」
父が重苦しく返事を返した。
一体、その王命の書類とやらにはどう書かれていたのか、僕は項垂れるしかなかった。
「……王命とならば、我々下級貴族に逆らえるはずはございませんが、ラスティ、お前はそれでいいのか?」
突然の父上からの問いかけに、僕は顔を上げて見返した。
心配そうな僕を気遣う様子が見て取れた。
それだけでかまわない。家族に咎が及ばなければ、僕はいい。
「はい」
ちょっと、涙が溢れそうになったけどさ。
これで家族の顔が見られたし、思い残すことは多分ない……。
「ああ! 本当に? お前は親族でも末弟といことで甘やかされた奴なのに、大丈夫なのか? やっぱり辞退した方が……」
ケビン兄さんが心配そうに尋ねてきた。二番目のケビン兄さんとは二つほど離れていて、小さい頃よく一緒に遊んでいた。それなりに仲が良い兄弟と思う。
「だが、お前が決めたことなら……」
一番上のアルベール兄上はそう言いつつ渋い顔をしていた。
一番上の兄とはやや年が離れていたこともあり、あまり遊ぶことは無かったけど、僕におもちゃや本を買ってきてくれたり、進路の相談にのってくれたりして、それなりに良い兄だったと思う。
「ぼ、僕は責任を取らないといけないから」
かなり悲壮な決意を口にした。
――でも、処刑とかされるなら優しい毒とか、あまり痛くない方がいいなぁ。
「改めてご説明いたしますとわたくしは幼少期から次期女公爵として教育をされておりました。それに加え、王族を婿として迎えるための教育を王宮で受けておりました。ですから、ラスティ様にはわたくしの隣でいてくださるだけで構いません」
「はへ?」
僕の奇妙な言葉はスルーされて、ミローネ公爵令嬢は僕に向き直り、にこりと笑った。
「え? え? 僕は不敬罪で断罪されるのでは?」
「まあ! 何をおっしゃるの。あなたはわたくしを彼らから助けてくださったのに、とても感謝しておりますの」
公爵令嬢は驚いたように目を丸くしてころころと笑った。
「いや、でも、酔っていて、だから、その、あまり覚えていなくて……」
僕の言葉に公爵令嬢はやや気落ちしたみたいだった。
「……そうでしたの。でも、このお話はすでに王家からも正式な許可が下りております。今更撤回は難しいと思いますわ」
「は、はあ……」
何だか、今までの説明から何だかとんでもないことが判明した。
そうか、僕が公爵家の使用人になるのか? 公爵令嬢の隣でいればいいと言われても。何ができるのだろう。でもやるしかない。
それにしても、あの日は一体、僕はあれ以上何をしてしまったのだろう。
「あなたは次期女公爵であるわたくしの婿となるのですわ」
ミローネ公爵令嬢は口元に笑みを浮かべたまま何事もないように話した。
「ふへ! は? 今、何ておっしゃいました? 僕が、こ、こ、こうしゃ……の婿?!」
「ごほん。お前は本当にどこまでも……」
父上には少し事の真相が伝わったのだろう。
――だが、王命の書類は確かに存在する。そこには僕と公爵令嬢の婚姻許可の文字があった。
公爵令嬢は王家の印が押された書類を広げて見せてくれたのだった。
父上は僕らを静かに眺めていた。
「お前が嫌だというのなら、王命だとしても我々は全力で抗おう」
「ち、父上?」
父の言葉にミローネ公爵令嬢は体を固くした。
他の人には分からないだろうけど隣にぴったりと寄り添っている僕には感じ取れた。
僕は父上の言葉とその言葉に頷き、覚悟を決めている家族に深い感謝の念を抱いた。
――でも、僕は……、
隣のミローネ公爵令嬢の手を取った。
思った通りの華奢で美しい手だった。
その時、彼女は少しだけ体を震わせた。
「僕は、彼女の手助けができるなら、精一杯努めたいと思う」
その言葉に彼女が僕を信じられないといった感じで見上げてきた。
僕は彼女に頷いてから、父上達に向き直った。
「僕は彼女の元に行きたいと思います。いろいろとご心配をおかけしました」
そう言って頭を下げた。
「寂しくなるわね」
今まで何も口を挟まなかった母上がぽつりと零した。
「あ、いえ、反対ではないのよ。もちろん、喜んでいるわ。でも、急だったから驚いちゃって。あなたは今まで仲良い女友達もいなくて、婚約者もいなかったから、もう少し、私の息子でいてくれると思っていたのよ」
母上の言葉に室内は静まり返った。
――母上。それはちょっと余計なことだと思います。
公爵令嬢はすっと背筋を伸ばすと母上に視線を合わせて、頭を下げた。
「大切なご子息をいただくのですから、わたくし、いえ、公爵家といたしましても、最善を尽くします。決して、不自由な思いはさせません」
公爵令嬢の言葉を聞いているとプロポーズされて結婚の挨拶をしに来た彼氏のように頼もしかった。
立場が逆だよね。
それにしても、本当にどうしてこんなことになったのだろう。
あの時は飲んでいたから正直記憶があやふやで、一体、僕は彼女にどんなふうに話したのだろうか。それに公爵令嬢だって、僕を婿に何て無謀な考えを思いついたのだろうか……
お読みいただきありがとうございます。
追加で、一話でメリアーナ公爵令嬢の描写を黒髪紫の瞳としておりましたが、黒髪青い瞳の間違いでした。後日訂正を入れると思います。




