十八 精霊神の祝福と断罪、その後(完結)
「だめだ。近寄ってはいけない」
舞台の端でいた公爵に止められた。
「でも、彼女はザネンザに睡眠薬を盛られて……」
もう、敬称をつける気はない。
「だが、精霊神には関係ない。儀式が無事終了されるかどうかだけなのだ、途中で止めるということはメリアーナが後継ぎとして認められないことになるのだ」
「そんな」
メリアーナは辛うじて曲に合わせて動いている状態だった。
儀式は止めてはいけない。後継者が必ず錫杖を振る。他人が触ってはいけない。
これだけだよね。うん。よし!
僕は公爵の手を振り払い、壇上に上がった。
「ラス……」
彼女は僕を見て一瞬動きが止まりそうになった。
「そのまま、動きを止めないように。僕は黒子だと思って」
「くろこ?」
二人羽織ともいうかな。
僕は彼女の後ろに回り、彼女の腕を支えた。
動きはもちろん覚えているよ。あれだけ見ていたからね。
「メリアーナは錫杖だけを持って、絶対離さないで」
「え、ええ」
次のステップ、腕の振り、僕は身体と腕で彼女を支える。
ざわめきは次第に収まり、そうして、おお! と感嘆の声が上がった。
精霊神像が光り出していた。
ただの石像だよ。それが光を纏った。
そんなの見たことないよ。魔法とかはない世界のはずだけど。
そして、像から光が公爵家の錫杖に降り注いだ。温かい光だった。
「へえ。」
ちょっと僕は物珍しくて眺めていた。
だけどメリアーナの方はもう限界だった。
「ラ、ラス……。もう、わたくしの意識が、あと少しなのに」
彼女の体の力が抜けていくのが分かった。
「メリアーナ。後は任せて!」
僕は彼女の身体を抱えたまま、動きを続けた。
そして、最後の動きをして、僕はメリアーナの腕を天井に向かって大きく突き上げた。錫杖もその動きに従った。
『尊き精霊神のお導きのとおりに』
かすかにメリアーナが祝詞を捧げた。
そして、メリアーナは完全に意識を手放したので、彼女を抱え込むようにして僕は舞台に跪いた。
「ラスティ君」
公爵が駆け寄ったので、僕は見上げた。
「その、儀式は大丈夫でしたか? 僕、正式なのは参加したことはなかったので」
「あ、ああ。立派に成し遂げたぞ」
「じゃあ。メリアーナは……」
「メローニ公爵家の後継者だ。……君もな」
強面のメローニ公爵閣下が目を細めながら僕を見て、そして、光り輝く錫杖をメリアーナの手から大事そうに取り上げた。
精霊神像から祝福を受けた錫杖は光輝くという。錫杖の周りでいたので周囲が光っているように見えた。なんかキラキラしているよ。視界まで。
平々凡々な下級貴族の子爵家の三男だからこうした儀式は見たことはなかった。。
そうしていたら、あの聞きなれたザネンザ王子殿下の声が響き渡った。
「こんなバカな! あんな奴が! 精霊古語もできて、儀式まで! 奴に何も教えるなと言ったはずだぞ!」
その言葉に更に参列者の後ろの方から、悲鳴のような声が上がった。
「私は王子殿下のおっしゃる通りに教えていませんわ。そもそも、下級貴族の者が教えたって、できるはずありません。きっと何かの間違いですわ!」
二人の声に再び、ざわめきが起こった。
するとそのざわめきの中から、一人の女性が進み出た。
その方はお祖母様で、ゆっくりと壇上に上がって来た。
「ラスティ。よく頑張りました。さすがですね」
「お祖母様」
おお、あれはバルモア前伯爵夫人のヴァイオレット様では! と言う声が聞こえてきた。
お祖母様はゆっくりと周囲に優雅な一礼をされると頷いた。
「皆様。この中には私をご存じの方はいらっしゃるはずですわねぇ。ええ、私も同じでしたわ。まさか。孫までとは思いもしませんでしたけれど」
「へ? お祖母様もって」
「ええ、私も、あなたのお祖父様が動きをお忘れになったので、目の前で私が踊って差し上げたのですわ。無事終わると、何故か私もねぇ」
すると国王陛下も壇上に上がり、お祖母様の隣に並んだ。
「レディ・ヴァイオレット。お久しぶりです。お元気になされているみたいで安心しました」
「お久しぶりね。ええ。元気にしておりますわ。でも、国王陛下。まさか、孫まで同じようなことになるとは思いましませんでした」
「はは。さすが、乳母やの孫ですな」
そう、お祖母様は国王陛下の乳母をされていた。
だから、伯父さんは国王陛下と恐れ多くも乳兄弟。陛下とご兄弟のように過ごされた仲だ。だからお祖母様、伯父さんの権力はかなり大きい。
すぐに国王陛下に伝わるからね。
「でも、あなたの息子達の上の子は出来がよいので心配はなかったのですけれど、どうやら下の子は弁えていなかったようですね」
その言葉にはっとなって、国王陛下は拘束されていたザネンザ王子殿下へと視線を移した。ザネンザ王子殿下は真っ青になって俯いていた。
「それに、イボンヌ夫人、未亡人ですからと大目に見ておりましたが、私の孫への講習もなさらないのに高額の謝礼金を受け取っておりましたね。それにはザネンザ王子殿下が関わっていたようですか」
え? お祖母様はそこまでご存じで? ああ、ケビン兄さんか。
「そんなことございませんわ。どこにそのような証拠がありますの?」
ザネンザ王子殿下は俯いたままで押し黙っていた。焦ったイボンヌ夫人はべらべらとお祖母に言い返していた。
すると参列者の中から、ケビン兄さんが書類の束を持ってきてお祖母様へ渡した。
「残念ですわね。複数の事務官の立ち合いの元、あなたの不在は確認されていますわ。それにあなたに渡った報酬額もここに、あなたは職務を放棄したのに報酬だけ受け取ったのね。公爵家の結婚式と継承式の妨害、不正受給、一体、どれほどの罪状になるかしらね」
「なっ、私は王子殿下のお願いで……」
「それでもあなたのしたことの免除にはなりませんわ。精霊神に捧げる神聖な儀式を邪魔したとなれば、なおさらです。公爵家のみならず、精霊神への冒涜ですわ」
お祖母様の声が教会内に響いた。
冒涜の言葉にやっとイボンヌ夫人は顔色を変えた。
ざわめきが一瞬にして深い沈黙となった。
「陛下も、このような公の場で明らかになったのでは、隠しようがありませんわね」
国王陛下もお祖母様に頷くと衛兵にイボンヌ夫人とザネンザ王子殿下を連れて行くように指示を出した。
「後日、貴族院議会で二人の罪状について改めて審議を行う。だが、この度のミローネ公爵家の結婚式と後継者承認式は無事に執り行われた。よって、ミローネ公爵家の次期後継者はメリアーナ嬢と正式に決まった」
国王陛下の言葉に、司祭長、神官長は拍手をもって応えた。ぱらぱらとした拍手から最後は大きく鳴り響いて終わった。
僕は彼女を抱えて控え室まで戻った。お祖母様と公爵も一緒に。
それから慎重に彼女をソファーに寝かせた。
彼女は穏やかな寝顔で、連日の疲れもあってより深くなったのだろう。
他のソファーにお祖母様達も座って、しみじみとおっしゃった。
「ラスティ坊やは本当に、しばらく見ないうちに、結婚まで」
「あ、ええとその件に関しては……」
「あなたは他国に婿入りさせるつもりでしたのに」
公爵の顔が引きつっていますよ。お祖母様。
「もしかして、アンナマリア皇女殿下?」
お祖母様は微笑みを浮かべただけだった。
でも、お祖母様はメリアーナの寝顔を穏やかな笑みで眺めた。
「でもミローネ公爵家のご令嬢のことも気にかかっておりました。公爵夫人はとても心残りでしたでしょうから。ラスティ。あなたは好きにしていいのよ」
その最後の言葉に、ふと何かの折にいつもお祖母様がおっしゃっていたなぁと思いだした。
僕らのすることに反対はされない。
好きにしていいのよと言われても、皆は優しいお祖母様のためにと頑張ったり、望むようにしたりしてきたのだ。
ごほんとミローネ公爵が咳払いをした。
「どおりで、ラスティ殿は下級貴族の割に所作が洗練されていると思いました。それにその能力、まさか、精霊古語も不自由がないとは……、さぞかしレディ・ヴァイオレットが教育をなされたのでしょう」
「あら、いいえ。ラスティ坊やだけが特に抜きん出ていただけですわ。ちょっと手助けしただけで、この子はできましたから」
「ほう」
公爵の瞳もキラリと光った。
やめてください。何をさせる気ですか?
薬が切れて目が覚めたメリアーナは自分が儀式を失敗したと勘違いしたのか、軽く悲鳴を上げそうになった。
僕らの落ち着きを見て、事情を聞きたいと尋ねてきた。
だから、僕と公爵が簡単に説明した。結婚式、継承式も無事終えて、国王陛下からもお言葉をもらったと。
「……それではわたくしは後継者として正式に認められたのですね」
彼女はソファーの上で半身を起こして肩を震わせていた。
「メリアーナが頑張ったからだよ」
「いいえ、ラスティ、あなたがいなかったら、わたくしは後継者として認められることはなかったでしょう。ありがとう。あなたのお陰だわ」
真摯な表情で言われて僕の手を握りしめた。だから、僕もちょっと目尻が熱くなったよ。
後日、ザネンザ王子殿下は表向き他国へ留学したと発表された。
実際には精霊神教会でも処分を受け、もう表には一生出てくることはないそうだ。
神聖な精霊神の儀式を妨害したことは王族としても許されない事だった。
同様にイボンヌ夫人は不正受給、儀式の妨害のほう助といったことで王国並びに精霊神教会の教区内を永久追放となった。
その後の消息は分からない。
だって、大陸最大の宗教だよ。ほとんどの国が精霊神を祀っているのだから、彼女がまともに生活できるところはないだろうね。
そのことで同情の余地はない。だって、彼らが行った結果だからだ。
僕らも迷惑を受けたけれど、まあ結果オーライかな。
隣で微笑むメリアーナを眺めて僕は満足していた。
いろいろとあったけれど今は落ち着いた感じだ。
ただ、アンナマリア皇女殿下が帰国する際、メリアーナに僕を手放すように訴えたのだ。
「ラスティは私のものなんだからね! さっさと離婚してよ。おばさん!」
アンナマリア皇女殿下の暴言をメリアーナは聞き流してくれた。
「ラスティは物ではありませんわ。それでも今は尊い精霊神の前で婚姻をお互いに誓い、精霊神から正式にお認めいただけたのです。ラスティはわたくしの正式な旦那様ですわ」
メリアーナは正式のところにやや力を込めて言った。僕も諭すようにアンナマリア皇女殿下に話した。
「そうだよ。僕がアンナマリア皇女殿下と、それも精霊神教国の次期トップの婿なんて無理無理無理!」
僕の言葉にアンナマリア皇女殿下はショック受けて、何も言わなかった。彼女は暗い表情をすると、
「……いっそ、教会の力でラスティを拉致して」
「ちょっとそれはなし、なしだからね! そんなことしたら僕はアンナマリア皇女殿下と一生しゃべらないからね!」
僕がアンナマリア皇女殿下に言うと泣き出しそうになっていた。
するとそのやりとりを見ていたメリアーナがぷっと吹き出した。
「本当にラスティの言っていたように、お二人はご兄妹のようですわね」
メリアーナの言葉にアンナマリア皇女殿下はもう何も言わなくなり、型通りの祝いの言葉を述べると大人しく帰って行った。
しばらくはゴタゴタしていたけれどやっと落ち着いて、メリアーナと新居でゆっくりと過ごせるようになった。
今はメリアーナと会話を楽しんでいた。彼女は僕にいろいろと聞きたいことがあったようだ。僕の好きな食べ物、色、好きな本、たわいのないことをお互いに話していた。
彼女はワインを片手にゆったりとしていたが、少し酔いが回って眠くなったようだった。
え? 僕? 飲んでないよ。お茶か、もっぱらお水だよ。
また、何かしちゃうとねぇ。
前は王族への不敬な態度からの婚約破棄に、今度は……とか、考えるよね。
僕は平々凡々な人生を謳歌するんだ。愛しいメリアーナとね!
「婚約破棄の原因となった令息」了
最後までお付き合い、いただきありがとうございました!
何とか今度は完結できました。ほっとしております。
評価、ブックマークをいつもありがとうございます! 励みになります。
※そういえば、今回のやらかしは、お気づきの方はいらっしゃるかもしれませんが、錫杖です。イメージとして、ドルイドとかがお持ちのごっつい感じの杖をしておりました。持ち手の上に宝玉が付いて豪華な長い棒。しかし、ふと書き終えて思い返すと、錫杖って、仏教の護摩祈祷の時に使うものでは……。そう、黄金色でハリポタに近い杖で、先に輪っかが幾つかついていて振るとシャンシャン鳴るという。それで一気に涅槃味が帯びてしまい。これ、ファンタジーです。
それではまた、何かの作品でお目にかかることを楽しみにしております。




