十 またやっちゃった?
そうして、彼女に連れられて、中庭で涼んでいるとなんだか頭がすっきりしてきた。
「もしかして、また、でしょうか? 僕……」
あれはオレンジジュースではなく、お酒だったのかもしれない。
「そうね。王宮の正式なパーティではやはりお酒が多いわ。絶対ではありませんけど」
「すみません」
僕が落ち込んでいるとふふと公爵令嬢は花が綻ぶように笑っていた。大輪の薔薇というか牡丹の花かな。
「気にしなくていいわよ。ふふっ。つい、あなたとあの酒場で出会ったことを思い出してしまっていたわ」
「も、もももも申し訳なく……」
「あら、そんなに畏まらなくて構わないのよ。わたくしも丁度良かったのですから、寧ろ……。嬉しかったわ」
え? 今最後にとんでもない言葉を聞いた気がする。でも舞い上がってはいけない。そう。
「わたくしは子どもの頃から後継者だからお父様のようにと頑張ってきたわ。いずれ誰かを婿に迎えてわたくしが公爵家を守っていくようにと、そして、それが周囲の者にとっても当然としか、褒められたことなど……」
そう語る彼女は少し寂しげな表情をしていた。
「ですから、あなたのように率直に私を褒めたたえてくださったのは初めてで、とても新鮮で嬉しかったわ。それに、わたくしは子どもの頃に読んだ大好きな絵本がありましたの。今もね。それはお姫様のヒロインの元にいつか素敵な白馬の王子様が迎えに来てくれるという」
「へ、へえ」
その王子様を僕は追い払っちゃいましたけど? どうするんですか?
僕はちょっと冷汗が出そうになった。
何故なら、彼女が王子様と婚約解消になった原因は僕だったからだ。
どうしようかと僕が黙り込むと公爵令嬢は促してきた。
「……さあ、そろそろ会場に戻りましょうか。もうダンスの時間よ」
「は、はい!」
僕は彼女をいつものようにエスコートしようとした。すると彼女はついとつま先立ちになり僕に顔を寄せると小声で耳打ちして来た。
「その王子様の絵姿があなたに似ているのよ」
「は、へ?」
耳打ちされたその内容で僕は間抜けな声を上げるしかなかった。
公爵令嬢はくすくすと何が可笑しいのか笑っていた。
そして、彼女組んだ腕に体を密着させてきて何だかとても親密な感じになっていた。
まあいいか。彼女が楽しそうにしているのは僕も嬉しい。
会場に戻ると丁度ダンスの曲が流れてきた。
僕らは誘導されるように会場の真ん中に来た。
「そう言えば、あなたとダンスはしたことはありませんでしたけど、大丈夫ですの?」
「あー、妹とか母の付き添いとか練習で、僕の足は踏みならされていますのでご安心してください!」
僕の言葉に令嬢は一瞬目を丸くすると俯いて肩を震わせた。
「もう、笑わせないで……。ラスティ様ったら」
曲のリズムに合わせて僕は一歩踏み出した。何か首元に視線を感じたのでそちらに視線だけを流すとあの残念、いやザネンザ王子が僕らをにやにやしながら見ていた。
僕のリードが酷くてメリアーナ公爵令嬢に恥をかかすのを待っているようだった。
いや、僕、お勉強より、正直、身体を動かす方が得意だけど。
流れるような動きで彼女をリードすると彼女も驚いたように僕を見上げてきた。
うん。驚いている。周囲の貴族方々も。
さすがに伯父のバルモア伯爵だけは僕を知っているので特段驚いたりせず、あの圧のある笑みを浮かべて僕らを見守ってくれていた。
「あら、あなた、とても上手だったのね」
「ええ。まあ、ダンスは好きですね。だいたい踊れます。なんならローダニア大円舞曲でも」
僕が言った名は古典に属するダンス曲で途中からとんでもなく難しいステップの連続でリズムも複雑になりそれに合わせないといけないから踊れない貴族の方が多いと聞く。
「まあ。あれは男性の方はとても難しいのに、高位貴族でも踊れる方はそうありませんわ」
「お祖母様に仕込まれましたね」
僕はいたずらっ子のように彼女にウインクを一つしてみた。
だけど何故か周囲から、きゃあとかおおとか声が上がった。
何だよ? 僕のウインクがそんなに下手なのかよ?
「そう」
彼女はそう言うと僕に身を委ねてくれた。
彼女は勘も良いのでついアレンジを入れてみると周囲からはどよめきが聞こえてきた。
ふふん。どうだ。残念、童〇王子様。見ろよ! と僕はザネンザ王子がいた場所を見遣ると顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。僕はそれを目の端で捉えて少し溜飲が下がった。
「ふふ。ザネンザ王子殿下はダンスの時間になるといつも腹痛を申されて、私はお父様と踊っていたの」
メリアーナ公爵令嬢から初めて聞いたザネンザ王子のダンス事情を聞いて納得する。
あ、でも公爵閣下と踊っていたのか。それなら公爵閣下は今日もご自分が踊られるつもりだったのかも。
「そうだったのですか。すみません」
「あら、どうして謝るの。あなたのダンスは……」
そう言うと彼女は一度手を大きく伸ばして僕から身体を離すとくるりと回転して僕の元に戻ってきて、
「最高よ!」
と極上の笑みを浮かべて言ってくれた。
もちろん、会場からは割れんばかりの拍手が響いていた。
最初は胡乱気な様子だった貴族から賞賛と温かい拍手をいただいて、僕らは最高の一日を終えたよ。
僕らのダンスを見ていた公爵閣下も満足げに拍手をなされていた。
あの強面の方の目じりが光っていたのは見なかったことにする。
お読みいただきありがとうございます。
ザネンザは残念王子からの命名ではなく、決して……。




