第2話「試練の洞窟」
少年に見送られながら、シャルルは洞窟へと足を踏み入れた。
確か洞窟の名前は試練の洞窟だったっけ。
腰に下げた剣を引き抜き、いつ戦闘になっても良いように構えながら先にと進む。
魔物との戦いは、どちらかと言えば慣れているのだが、洞窟に入るのは初めての事だった。緊張もするし、少し恐怖感もある。だが以外にも、その恐怖感は薄まっていた。
「へぇ...洞窟の中って案外明るいんだ...。それに結構広いし」
日の光が届かない洞窟の中。
当然明かりがないと進めないかと思っていたのだが、中は薄暗い程度。目が慣れれば周囲の確認は出来る明るさだ。
洞窟には、所々にクリスタルの鉱石が剥き出しになっている。その周りに光虫が飛び回っていたのだ。ぼんやりと明るく見えるのは、光虫の光がクリスタルに反射して照らしているからである。
照らされているのはクリスタルだけではない。洞窟の中には、川が流れていた。
光虫は綺麗な水辺にしか住処は作らない。つまりは、人でも飲めるほど綺麗な水なのだ。
飲み水もあるし、周りも確認できる。
順調に奥へと進めるかと思いきや、そうは行かない。なにせ洞窟の名前は試練の洞窟。
簡単に進めるわけもなく、シャルルは足を止めた。
「そりゃそうよねぇ...出てくるよね。魔物」
目の前には三匹の魔物が近付いて来ていた。
野良犬ならまだ可愛いのだが。犬にしては目は赤黒く、体型も大きい。だがシャルルからしてみれば、見慣れた光景だった。
「先手必勝ぉぉぉ!!」
シャルルは剣を構え直すと、三匹の魔物に向かい先制攻撃を仕掛けた。目標は一番前を歩いている一匹だ。
不意打ちによる先制攻撃。先頭を歩いていた魔物は避けるまもない。
勢いよく突き出された剣先は魔物を貫き、一撃で倒すことが出来た。
直ぐさま体制を立て直し、剣を構え直す。
残りは二匹。出来れば早急に倒したい。少年の為にも。そして自分のためにもだ。
「悪いけど...一気に決めるよ!」
シャルルは目を閉じて、剣に魔力を込めた。電が剣先を走る。そして目を見開き、一閃を叩き込んだ。
目にも止まらぬ早さ。魔物も斬られた事に気が付く間もなく、パラパラと音を立てながら、結晶を落として消えてしまった。
「ふぅ。上手く出来て良かったぁ...剣術ってやっぱり苦手ね」
シャルルの放った一閃は、見事魔物二匹を同時に倒すことが出来た。剣術は苦手なのだが、一通りの術は覚えていた。ただあんまりやりたくないだけなのである。
「さてと。先に進まないと。あの子も待たせちゃってるしね」
シャルルは剣を鞘へと仕舞った。
そして洞窟の奥へと、走り出したのだった。
奥へと走り続けるシャルルだが、どうも様子がおかしいと気が付いたのは、洞窟の中枢に差し掛かった時だった。
本来であれば、頻繁に魔物が出てくる試練の洞窟。しかし、最初に出くわした三匹の魔物以外、遭遇していない。
シャルルにとっては好都合なのだが、流石に何かがおかしいと足を止めた。
走ってきた道を振り返る。ここまでは一本道だったはずだ。迷うことはない。
シャルルは腰に下げた剣の鞘を握り、剣をいつでも抜けるように警戒した。ふと嫌な予感がしたからである。
剣を構えながら前へとゆっくりと進むと、広い場所に出た。天井も、今まで来た道に比べれば高い。
シャルルが広場の真ん中へと差し掛かった時、嫌な予感は見事的中してしまう。
「やっぱりこうなるよね...どおりで魔物が出てこないと思った」
シャルルを中心として、黒い靄が吹き上がる。そして次々と魔物が姿を現した。
シャルルは剣を抜くと、周りを見渡しながら剣を構える。
魔物の数は、今までよりもかなり多い。シャルルを囲むように現れた魔物たちは、威嚇しながら攻撃を仕掛けようと身構えている。
シャルルも、当たりを見ながら油断しないように剣先を魔物達に向け、威嚇を仕返す。
油断を見せれば、いつ攻撃されてもおかしくはない。まさに一触即発だ。
激戦になるなと覚悟を決めて、シャルルは唾を飲み込んだ。これだけの相手。しかしここを超えなければ少年の期待も、自分の依頼もこなすことは出来ない。
やってやる。やらねば!
自分の為に。少年の為に。
深呼吸をして、集中力を高める。
魔物が一匹飛び掛かってくると、周りの魔物も一斉に飛び掛かった。
___試練の洞窟。
シャルルに降りかかる試練は、これからが本番を迎えようとしていた__。
_______。
一方、シャルルの帰りを待つ少年は、切り株の上に座り、空を眺めていた。時折落ち着かない様子で当たりを見渡したり、切り株の周りを歩いたり。どうもシャルルが心配な様子だ。
洞窟の奥から、たまに聞こえてくる魔物の咆哮。その声にビクリと体をはねさせつつも、少年はシャルルを待っていた。
「僕にも戦う力があればな...うぅ...怖いよ...シャルルお姉ちゃん...」
非力な少年は、虹の砂の入った小瓶を両手で握りしめ、ぽつりと呟いた。
助けられてばかりで申し訳ない気持ち。
助けたくても助けられない不甲斐ない気持ち。魔物に対する恐怖__。
そしてただ無事を祈ることしか出来ないもどかしい気持ち。様々な気持ちが少年の心を掻き乱した。
「これは私の大切な物だから__。」
シャルルに託された小さな小瓶を、少年は抱き締める。
どうか無事でありますように__。
祈ることしか出来ないのなら、祈るしかないと少年は心に決め、切り株の上でただ空に、シャルルの無事を祈り続けるのだった。
シャルルと魔物の戦いは、まさに熾烈を極めていた。怪我もなく突破できるほど、魔物も弱くは無い。着ているコートは傷まみれだし、帽子も戦いの最中落としてしまった為に泥だらけ。皮の手袋も、既にボロボロだ。
しかし、それだけの傷を負いつつも、一匹ずつではあるが、確実に数は減っていた。
この数分間の激闘は、シャルルの生涯で一番二番を争う思い出に残るかもしれない。
「はは...流石に疲れちゃうなぁ、もう魔物は当分見たくないっ...!」
力を振り絞り、魔物を斬り付ける。
沢山の魔物を倒し続けたお陰か、少しずつではあるが、太刀筋は良くなっているようだ。
残り数匹まで倒した頃には、一撃で倒せる程に成長していた。
「こいつで最後ね...おりゃぁ!」
魔物へと一気に駆け寄り、一閃を繰り出すと最後の一匹は音を立てて崩れ落ちた。
「ふぅー、疲れたぁ...もう無理。流石に無理...」
全ての魔物を倒しきれば、へたりと座り込む。呼吸を整えながら広場を見渡すと広場には、沢山の結晶でキラキラと地面が輝いていた。
星空のように点々と輝く結晶を見て、シャルルの目も輝いた。
山あり谷あり。
苦労した後には、良いこともあるものだ。シャルルは立ち上がると、結晶を拾い集める。小瓶5つ程が満杯になるほどの報酬だった。
思い掛けない報酬に、シャルルの疲れは既に、吹き飛んでいた__。
「よし、後は薬草を採って帰るだけねー。」
傷を包帯と消毒液で治療すると、シャルルは歩き出した。傷は痛むが、まぁ仕方ない。
しばらく道なりを歩いて行くと、遠くに日の光が当たる場所が見えてきた。
洞窟の最深部。
試練の洞窟で唯一日の光が当たる場所。
日の光が当たる所には、色鮮やかな花が咲き誇っていた。綺麗な場所だった。蝶もヒラヒラと踊るように飛んでいる。見上げれば、小さくはあるが、青空が見えた。
「綺麗な所...。そうだ、メモしとかなくちゃ」
シャルルは目を輝かせながら、その景色を眺めていた。
そして鞄から、一冊の手帳を取り出すと絵を描き始めた。サラサラと今の景色を手帳に模写してゆく。この景色は、ここまで来た者にしか見られない場所だ。
また来ればいい。
と思うかもしれないが、そうはいかない。
旅人は、旅が終わるまで、同じ場所には足を踏み入れないのだ。
景色の模写が終わると、シャルルは羊皮紙を開いた。少年と、シャルルが求めている薬草を探さないと!
探し始めてすぐに、遂に薬草は姿を現した。
丸く白い花びら、オレンジ色のグラデーションの葉。そして甘い果実のような独特の匂い。
間違いなく探していた薬草だ。
慎重に採取し、それを大きめな瓶に入れると鞄にしまった。
本来はもう一本必要なのだが__。
少年の持っていた図鑑には、こう書かれていた。
『年に一度、同じ場所で
一輪しか咲く事は無い』
試練の洞窟で今はもう無いと言うことになる。また別の場所で探すしかない。覚悟していた事だった。シャルルには、迷いはない。
荷物をまとめて立ち上がると、シャルルはもう一度。景色を眺めた。名残惜しい気もするが、目的は果たしたのだ。これを早急に持って帰らなければ。
入り口まで戻るまでが試練の洞窟だ。
あまり鞄を揺らさないように、慎重に歩きながら出口へと向かう。
すんなり帰れるかと思ったが、やはり当然か。またまた魔物が現れていた。
「割と今急いでるんだけどなぁ...。邪魔しないでくれないかな」
苦笑を浮かべながら魔物に問いかけてみる。しかし人の言葉を理解しているはずもなく、魔物は直ぐに襲い掛かってきた。シャルルは直ぐさま剣を抜いて噛み付き攻撃を防ぐ。
「もう、だから構ってる暇ないっていってるでしょーが!!」
またまた始まった戦闘。
シャルルの魔力は殆ど残っていない。
頼れるのは己の肉体と、剣だけだ。
シャルルを襲う試練は苦手な物ばかり。
体力は多い方ではないし、魔力を使うのは得意だが、今は殆ど使えない。剣と体で切り抜けるしかないのだ。
名の通り。
試練の洞窟は、まさに試練そのものだった。
魔物を退けながら、シャルルは出口を目指して歩き続けた。
満身創痍とまではいかないが、もう戦う気力も体力も、魔力すら残っていない。
時折。洞窟に流れる綺麗な水を飲み、休憩を挟んだ。
目的の薬草は手に入れたのだ。ここで倒れるわけにはいかない。旅において自分の身を守ることも、また大切だ。
「はぁ、流石に疲れたぁ。これで変なボスとか出て来たら逃げるしかないかも」
座りながら、そんな事を呟いたそんな時だ。
衝撃振動で水面が揺れた。遠くから地響きが聞こえてくる。
シャルルはゆっくりと立ち上がる。
そして地響きの聞こえる方向をジッと見詰めた。
予感的中。当たって欲しくない予感だ。
嫌な予感ほど良く当たるとは、誰が言い出したのか。
そんな事を思いながら、ゆっくりと後ずさりして距離を離そうとしたのだが__。
こういう時に限って忘れ物だ。
中に大切な薬草が入っている鞄を置いてきてしまっている。
またまたゆっくり鞄に手を伸ばし、手に取った時には、地響きの元凶である魔物は直ぐそばに迫っていた。
ふと横に目をやると、緑色の大きな巨人がこちらを見詰めていた。手には大きな棍棒を持っている。間違いない、ゴブリンの親玉だ。
視認されなければ、簡単に逃げ切れる相手だし、歩きも鈍いため早めにこちらが動けば相対する事も無い。
しかしながら、シャルルは目を合わせてしまった。しかも目と鼻の先に相手は居る。最早色々と手遅れだ。
「あ、あはは...本日はお日柄も良く__」
と話しかけてみるも、当然の如く失敗だ。
ゴブリンは雄叫びを上げると、ゾロゾロと子分である小さいゴブリンが姿を見せる。
シャルルは剣を片手で構えつつ鞄を背負い直すと、出口へ向かって走り出した。
それに釣られてゴブリンも走り出す。
親玉だけならまだ逃げ切れるのだが、問題は子分達だ。親玉に比べて足が速い。
「もー!!何でこうなるの!!」
なんでってそりゃだって試練の洞窟だ。
試練がなければ、奥には綺麗な花の咲き、貴重な薬草が採れる安全で平和な、はじまりの森唯一の名所となっていただろう。
シャルルの悲鳴とゴブリン達の地響きは、洞窟中を響かせた。少しでも速く走れるように、魔力を足に送る。
せめて洞窟の外までもってくれればいい。
逃げ切れますようにと、シャルルは心の中で祈りながら、必死に出口へ向かい走り続けるのだった。
________...
「遅いなぁ...。」
ぽつりと空を見上げながら、シャルルの帰りを待つ少年は呟いた。
「もしかして倒れてたりはしてないよね...大丈夫だよね...?でももしもの事があったら..」
少年は子供ながら、シャルルが心配になっていた。直ぐに戻ると言い残して洞窟へと踏み入れてから、かれこれ数時間はたっている。
日は少し傾きかけているし、後数時間で日が沈むような時間だ。
少年は図鑑を取り出すと、ページをめくり始めた。もしかしたら、シャルルが怪我をしているかもしれないと思ったからだ。
始まりの森は、薬になるような野草や木の実が豊富にとれる場所だ。
女神の加護がある周辺なら、魔物はよって来れないし、手に届く範囲なら傷薬の材料は集められると考えたのだ。
少年は図鑑を見ながら、野草や木の実を集め始める。自分にも何か出来ることがあれば手伝いたい。そう考えた末に辿り着いた少年の行動だった。
少年がポケットに木の実や野草を採取していた途中。試練の洞窟から何やら地響き聞こえてくる。そして聞き覚えのある声。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
全力疾走で走ってくるシャルルを見て、少年は嬉しそうに出迎えようとしたのだが....
後ろからとんでもない魔物が向かってきたのが見えた瞬間に表情は一気に青ざめた。
「ギリギリセーフぅぅ!!」
一気に滑り込むように、シャルルは女神の加護がある外へとダイブした。土埃が舞い上がると少年は噎せながらシャルルに近付いた。
「だ、大丈夫?シャルお姉ちゃん」
少年の心配そうな顔を見て、シャルルは立ち上がり軽く頭を撫でて笑顔で答えた。
「大丈夫大丈夫!目的の薬草も採ってきたから」
少年は撫でられながらシャルルの服を見た。
傷だらけの穴だらけでボロボロになっているし、魔物の噛み後もある。
ふと洞窟の方へと目を向けると、ゴブリン御一行は女神の加護により外に出れられず、此方を威嚇した。何度か突撃をしてくるも、しっかり守られているために突破は出来ない。
少年は安堵し、ポケットの中に手を入れた。
「あ、そうだ。シャルお姉ちゃんに、これ渡そうと思って__」
少年がポケットから木の実や薬草を取り出そうとしたとき。試練の洞窟からゴブリンの親玉が出てこようとしていた。
こちらに出てこようと棍棒を振り回して、大暴れしている。
「ね、ねぇシャルお姉ちゃん...」
「な、何かな...?」
「まさかとは思うんだけど、出てこないよね...?」
「それは大丈夫な筈だよ?女神の加護がる限りは出てこられないはずだし__」
フラグは立てる物ではない。
フラグはへし折る物だ。
と誰かが言っていた気がするが、今回の場合。フラグは回収されるものになってしまったようだ。
洞窟の入り口付近でゴブリンは棍棒を振り回していた。そして勢い余り、手から棍棒が離れる。
高速回転しながら飛んでいった棍棒の先は、見事女神の加護に直撃し、シャルルの貼った結界が破れてしまった。
加護により、当たりを覆っていた光が消えると、ゴブリン御一行は洞窟の外へと姿を見せた。
何故通れたのか不思議そうにしていた が、シャルルの姿を見て、また雄叫びを上げる。
「こ、これはまずい!!逃げよう!」
シャルルは少年の手を取ると、走り始めた。
当然、ゴブリン御一行も追いかけてくる。
まだ比較的安全な始まりの森は、驚異の森へと変わった瞬間だった___。




