大妖精 (本章 最終話)
翔一は軽く考えていた。
それは重さゼロ、何も考えていないと表現すべき軽さだった。
ショウを「とりゃ」と出現させた時、宇宙マスターの力で何があっても対応できるし、どうにもならなくなったらショウを消してやり直せばいいやとすら思っていた。放置ゲームを楽しむ感覚だったのである。放置するのは自分自身、この時点では後ろめたさも感じていなかった。しかし。
白い空間。
翔一はソファーに座って、スクリーン越しにショウとマドサイらのやり取りを見ていた。のは、良い。
隣ではローリーがハンカチを握りしめて「ショウくん、どうなるのかしら」と真剣に見入っている。そして二人を取り囲むように、ワタカシ夫妻も、フサメカ妻も、オルクジ夫妻も、トライオン夫妻は5匹の子をあやしながらも、固唾をのんで行末を見守っている。なお、フサメカ夫と息子さんは席を外していた。息子さんが「セイエキって何?」と発言してこのお茶の間を凍らせたのは、記憶に新しい。今頃はフサメカ夫が予定を前倒しにして教育をしているはずだ。それはともかく、つまり。
翔一は、シンガルでショウを取り囲んでいる面々の意識や記憶を改ざんして、転移だ転生だ憑依だなどという話を有耶無耶にすることは、宇宙マスターの力を持ってしてもできない状況に追い込まれていた。滝汗である。
……
大拠点シンガルの門。
「ニシキ隊長、来ました」
パラライザーを持ったサパン種兵がニシキに告げる。最後まで原生人たちがパラライザーを恐れることはなかった。銃を知らないからだ。銃や弓などの武器については、惑星調査隊がその発展の芽をことごとく潰していた。銃や弓が普及すると魔法の退化につながりかねないと、懸念していたからである。
「みなさん、みなさんとは有意義なお話ができました。くれぐれも古代人にはお気をつけください。それでは、また機会がありましたらお会いしましょう。ありがとうございました」
ニシキは一礼して部下とメヒシバンとともに大拠点敷地内へと戻っていった。そこには銀河連邦警察特殊部隊の警官数名が待ち構えていた。
武装解除をさせられ、大拠点内の石畳を進むニシキと下級兵。メヒシバンも一緒だ。途中、同じく逮捕されたガラガと合流する。
「あれが妖精ですか。綺麗なものですね、シャアア」
「あれで人懐っこく喋るんだよ。面白そうな奴だった。シャアア」
マドサイらが妖精を取り囲んで話をしているのを横目に、連行されていく。ニシキの小隊は一旦、軌道エレベーターで取り調べを受けることになっていた。ガラガが隊長であるかのように芝居するのは継続中。
メヒシバンも噂に聞く妖精の様子を見たかったが、軌道エレベーターはもっとも被害を受けた施設の1つ、その施設を預かる物流部門の管理職なので状況説明に応じないわけにはいかない。このあと、襲撃者のリーダーは実はパラライザーを持ったサパン種だと供述したりすることになる。
……
大拠点シンガルの石畳道路。6人4種が妖精を取り囲んでいる。
「えーと、遠くからすごく大きな魔素の気配を感じたから、行ってみたんだ。そしたらショウが寝ていて……」
モールはショウからの呼び出しに応じたというていで姿を現し、マドサイとエンティスの問いに答えていた。
モールが姿を現したときのマドサイとエンティスの喜びようは凄まじく、落ち着くまでずいぶんと時間を要した。今は「短時間なら支障はありません」とフードを開け、グルメガ種の青白い素顔を晒し、直接モールを観察していた。モールが現れてほどなく、特殊部隊の隊員たちが駆けつけてガラガを確保し、マドサイらにも状況説明を要請したのだが、烈火のごとき剣幕で追い返していた。
「その魔素の気配は、今もショウくんから感じられるのかな?」
マドサイが問う。
「今は無いよー。ショウの魔素は強くて気持ちいいけど、あのときはもっとスゴかったー」
答えるモール。中の翔一はテンパっていてノープラン、出たとこ任せである。やけっぱちである。
「そういうことは良くあるのでしょうか?」
今度はエンティス。貴重な情報が次から次へと出てきて、興奮が収まらない。
「無いよー。あのときは大妖精がいるのかなーって思ったー」
顔を見合わせるマドサイとエンティス。今日はこれで何度目であろうか。
「だ、大妖精というのは、な、な、何ですか!?」
二人の声がどもってハモる。
「ボクも良く知らなーい。雪の大妖精、空の大妖精、海の大妖精、砂の大妖精、ボクよりずっと力の強い妖精がいるって、前のボクが言ってたんだ」
いない。そんなものは、いない。ひたすら沼にはまるモールの中の翔一。「前のボク」などと思わせぶりな存在も、謎めいて良いかもと突如ひらめいて言ってみただけ。
極めて無責任。
ゆえに天罰覿面。
……
「はーい、私、雪の大妖精、やりまーす」
「エット、ローリーサン? ナニヲオッシャッテ、イルノデショウカ?」
白い空間。
ローリーが手を挙げて、すくっとソファーから立ち上がる。「どんな衣装がいいかしら?」と、次々服装を替えてはくるくるまわり、似合うかどうかを確認してくる。こうなっては宇宙マスターがごとき矮小な存在では、止めることはできない。翔一はハニーでフラッシュな着替え演出が無いことに不満を感じながら、各服飾に寸評を返し続ける。
「では、空の大妖精は私が」
「あなた、少しはお休みになって。いつも頼ってばかりですから、ここは私が」
いつも仲睦まじいワタカシ夫婦が、険悪な雰囲気に包まれる。
「夫婦の大妖精も、全然ありだと思いますよ」
和解案を提示する翔一。妖精に性別は無いのだが、大妖精はあることにする。
「海は私どもが引き受けますよ。そちらはお子さんがいて大変でしょう」
「いえいえ、大妖精も夫婦ばかりでは芸がないでしょう。ここは子どものいる大妖精が登場して、意表を突くのがよろしいかと」
オルクジ夫妻とフサメカ妻のあいだに、水飛沫があがる。戻ってきたフサメカ夫と息子さんが何事かと間に割って入ったが、事情を聞いてバトルに加わった。そんな様子を翔一は、息子さんが少し大人びたな、ガールフレンドと出会う場を設けなきゃな、などと見ている。翔一は無限に並列思考をすることができるが、その多くが現実逃避を加速させる。
「北の海と南の海にそれぞれ大妖精がいる、ということにしましょう」
僅かに残った理性ある翔一の思考が、仲裁に入る。また別の思考が惑星ファンランの地形を操作して、北半球と南半球で海洋面積が同じになるように整え、後顧の憂いを絶つ。
「あのー、砂は美容によくないので、『過ごしやすい高原の美しい湖のほとりの大妖精』に差し替えていただけないでしょうか」
幼子を差し出しながら迫るオライオン妻。
「それ良いですね、そうしましょう」
翔一は即答。宇宙マスターの超常の力で先のモールの発言を改ざんし、
「……ほーら、高い高い、翔一おじさんでちゅよー」
幼子を抱き上げて、あやし始める。
こうしてショウは、惑星ファンランに棲まう5大妖精を訪ねるという宿命を負った。
……
その後の妖精問答。
妖精はいたずら好きが多い、獣やヒトの心を読み取ってその相手にバラすことは良くある、という話が創られていた。「大妖精なら心を植え付けることもできるよー。でもそんなひどいいたずらは、しないと思うけどなー」などと、息をするように設定を作るモールの中の翔一。その話に「大妖精を訪ねてまわるべきでしょう」とマドサイとエンティスは乗った。ショウを思ってのこともあるが、大半は大妖精への興味。その比はおよそ1対9。
かくしてショウの旅はまた続くことになった。パッカランとリングも引き続き利用する。
パッカランには天然物とロボットがあり、ショウのパッカランはロボットの最高級機種、古代人でも所有している者は稀であることが伝えられる。ただモールの中の翔一は「そろそろパッカランでの移動はかったるいな、別の交通手段を用意しようか」などと考えていた。
リングについてはショウは外したがっていたが、それはアキンに止められた。国境の出入りが困難になること、ショウの魔法が強力すぎるので古代人の管理下にあることを示さないと国によっては捕縛されかねないこと、などを諭される。
そして同行者。
マドサイとエンティスは、怪獣らが古代人により改造された猛獣であることを認め、戦闘をこちらから仕掛けなければショウを襲うことはないと断言した。アキンは紹介することはできるが、そもそも原生人で国をまたがって活動するのは商人ぐらいのものなので、つど護衛を雇うしか無いかもしれないと話した。
もう猛獣に遅れを取ることはないショウだが、数の多い群れや、遠距離から魔法を使う種から襲われると危険だ。だが結局ショウとモールに釣り合う原生人などいるはずもなく、1人と1妖精で旅をすることになる。
この問題については高原の大妖精を訪問することで、解消されることになる。その高原で、五つ子の妖精幼獣というマドサイらを驚愕させる幼獣を同行させろと押し付けられるのだ。その幼獣はトライオンに似ていたが、それらの母の趣味で角やら羽やらを生やし、銀河連邦標準語を解することができた。旅は賑やかというか収拾のつかないものへと変じるのだが、いずれにしてもそれは少し後の話。
シンガルの長い陽もかなり傾き、一通り話は尽き。
ショウは赤く染まった石畳を見ていた。
二体のロボットの残骸は、途中で現れたガラガたちを捕まえた警察宇宙人たちによって既に回収されていた。ガラガたちは器物を損壊させただけ、威力業務妨害止まりで大した罪には問えないと、マドサイらは忌々しそうに説明していた。古代人の秘密を暴露されたことについては、別の担当が解決するだろうと他人事。そこにアキンが、手伝えることがあると思うと、自らを売り込んでいた。後日アキンはFWO運営と手を組んで、あれは反古代人組織によるデマだと火消しにまわり、その貢献をきっかけにアキン国際商会はファンラン最大の財閥へと発展していくことになる。
「あの……、もうオフェン、ディフェンとは、話をすることはできないのでしょうか?」
妖精と話ができて満足気なマドサイとエンティスに、ショウはためらいがちに尋ねた。
……
街灯に明かりが灯る。
ショウとモールは、石畳道路の横に設置されてるベンチに腰掛けていた。
1人と1妖精だけだ。
ショウの依頼にマドサイ、エンティスは何やら光学スクリーンを広げてはやりとりをし、「手配はついた。けど……会えば分かることか」と、彼女らにしては珍しく言葉を濁した。
まもなくオフェンらが到着するという段になって、アキンらは支店に戻ると言い出した。マドサイらにも職場に戻ってはと促す。世情に疎いマドサイのほうは「ああ、そういうものか」と応じ、実は幼い子がいるエンティスのほうは「2人を責めないで上げてほしいわ」と言葉を残して、この場を去っていった。
そうして――
2人の古代人が歩いてくる。どちらもヒュマン種。
2人の身長は同じ、体型も同じ、髪型も同じ、顔つきも同じ、歩き方も同じだ。服装も同じ革の軽装だったが、一方は杖を、一方は槍を持っていた。
ショウは立ち上がり、モールはその肩越しに翔ぶ。
「ショウ、モール、無事だったのね、良かった……」
杖を持つ古代人が言う。
「科学者とも会えたんだよね。疑問は解消できたかい?」
槍を持つ古代人が続ける。
2人とも声質まで同じだった。ただ口調だけが異なっている。
「……オフェンさん、ディフェンさん、また会えて嬉しいです」
ショウは、嬉しくて、哀しくて、涙をこらえながら声を絞り出した。
オフェンとディフェンは、正直に自分たちの事情を話した。月裏にいること、ゲームの一環としてボディを遠隔操作していたこと、ディフェンの半身が麻痺していてリハビリも兼ねていたこと。それはほぼ治り、この機会にゲームを辞めて帰ることにしたこと。
今、2人とも同じ姿をしているのは、ボディをカスタマイズ変形する時間がないためとのことだった。衛星が破壊されたので通信は光の速度になってしまい、遅い。操作できることは限られ、言葉のやり取りには数秒の時間差が生じていた。
ショウも話す。自分がこの惑星のヒト種ではないこと。正体はまだ分からなくて、大妖精が絡んでいる可能性があること。これから5大妖精を訪ねる旅をすること。
オフェンは「私もついていきたかったわ」と寂しそうに応じた。
陽はすっかり沈み。
話は尽きぬが、時は来る。
「ちょっと待って」とオフェン。何やら向こうで操作をしているよう。「スタグ、お願いしてたあれ、貸して」などと声が聞こえるが、ボディのほうは棒立ちのまま。代わりにディフェンが左腕のリングを胸の前に構える。すると――
リングから柔らかい光が放たれ、2台のボディの前に広がる。
映し出されたのは。
窓の前なのだろうか、一面の星空の前に2人の男女がいる。ヒュマン種だが、やや頭が大きめ。ショウはあたかもこの2人が自分の前に立っているかのような錯覚にとらわれる。
女性のほうはセミロングの美人さん。勝ち気な顔立ち、おしゃまだ。見たこともないデザインの服は、赤から橙、橙から黄へと穏やかに暖色系の色を変化させている。装飾品は浮いているように見えた。頭に付けているとても高価そうな髪飾りのデザインは妖精、モールをモチーフにしたものだろう。ちょっと美化し過ぎだろうとショウは思う。そして。古代人のときは小さくて大きかったが、リアルは大きくて小さいようだ。もっとも、これからどう成長するかは分からない。女性の表情が少しムッとする。ショウは自分の視線が相手に伝わっていることに気づき、転じる。
男性のほうは何やら小さな車輪がたくさんついたイスに座っていた。イスは車輪たちから浮いているように見える。どんな障害物も乗り越えられそうな車椅子だ。まさにお利口さん、賢くて優しそうでいて芯の強そうな、どう見ても物語の主人公の顔立ち。こちらは、紫、青、緑と、寒色系中心に服の色が波を打つように変化し、凛とした雰囲気を漂わせている。胸のポッケに付いているエンブレムのデザインは大怪獣。ワタカシ、フサメカ、オルクジ、そしてトライオンが、カッコよくポーズを取って、レイアウトされている。ショウは、これは自分も欲しいなと思う。
「改めまして。ゲムスキー文明、惑星イステヨンのオフェンです。その……歳はファンラン換算で12才です」
挨拶をするオフェン。リングから聞こえる声は、少し甲高い女の子のものへと変わっている。
「ボクは、弟のディフェン、10才です」
ディフェンも立ち上がって挨拶をする。立ち上がるのを心配そうに気遣う、オフェンが甲斐甲斐しい。
「僕は地球文明、惑星地球の翔一だ。歳は18才、だと思う」
惑星ファンランの1年は360日、24時間。時間の長さは体感上は地球とほぼ同じに思えた。また寿命の違いもあるのかもしれない。そうした細かいことはともかく。
2人の見た目は幼く、まだ子ども。明らかにショウよりずっと年下に見えた。
「ふたりとも、お顔がそっくりだ。本当に姉弟なんだね」
ショウは晴れやかに破顔した。
本章 完
これにて終わりとなります。お読みいただきありがとうございました。
作中に続きをほのめかす内容がありますが、続きを書く予定は今のところありません。
作者としては、この物語はこういう終わり方です。
ですがこの結末では、物足りなさを感じられる方もおられるかもしれません。
そこで次に、補足章最終話として、短いものですが、もう1話を続けます。
この最終話を読むと、もし本章を続けることになった場合、その面白さが半減する可能性があります。
その点をご留意いただいた上で、お読みいただけると幸いです。




