地球
「おい、あれは何だよ」
「見たことのない古代人?、だな」
大拠点の門の前では、原生人の集団がアキンらの戻りを待っていた。軌道エレベーターにはまだ文字が流れていたが、同じ文面の繰り返し、この場にいる者たちはもう関心を失っている。そこに現れたのが――
「原生人のみなさん、はじめまして。あの塔の文章はお読みいただけたでしょうか? 私は宇宙人の1人、サパン種のニシキと申します」
門を出て群衆の前に進み、上部装甲を開けて、ニシキが朗々と挨拶をする。このときのために軍事アーマードスーツには、拡声器がカスタマイズ追加されていた。惑星ファンランはFWO運営により銀河連邦標準語が浸透しているので、翻訳の必要はない。だがサパン種の発声は原生人たちには聴き取りづらい音質であることもあって、警戒心を解きほぐす優しげな声質に変換して拡声している。なお、「シャアア」は消音。
「本当に宇宙人だとぅ」
「姿がぜんぜん違う……」
足のない者が2人、逆に手足が多数で枝分かれしてる者が1人。原生人にはヒュマン種、アカイ種、グリン種、ほか、多様な種がいるが、みな、腕2本に足2本のヒト種だ。古代人も同様。そこがサパン種を選択したミドクスの狙いでもあるし、ニシキたちがメヒシバンを連れてきた理由でもあった。メヒシバンは見世物にされている状況だが、自文明の種しか目にしたことがない者はこのようなものだと、不快にはなっていない。上から目線でもない。銀河連邦の中でも長く自文明を離れて活動している者たちは、総じて異なる種や文明には鷹揚になる。
「塔の文章だけでは分からないこともあるでしょう。どうぞ皆さまが知りたいことをご質問ください」
ニシキがそう案内をすると、原生人たちは次々に問い始めた。
……
「なるほど。だからあれが軌道エレベーターだと分かった、ということか」
ショウの思い切った告白を、推測通りだと受け止めるマドサイ。エンティスも同様。ガラガは推移を見守る。まだ続きがあると見ている。アキン、バス、ヤンは放心に近い。アキンはショウの正体には何かあると睨んではいたが、予想を遥かに超えていた。なおエレベーターは原生人の街には無いので、アキン商会の面々には意味不明である。
「では、どちらの惑星からきたのですか?」
エンティスが尋ねる。魔素を扱える種は、この惑星ファンラン以外には、ファー銀河連邦にはいないはずなのだ。
「ち、地球です。地球の日本という国に住んでいました。それがある日気づいたら、この惑星に……」
ショウの答えに顔を見合わせるマドサイとエンティス。
自身の出身星を「地球」などという一般名詞で呼ぶことから、他文明には未接触の段階の文明出身であることが推測される。種にもよるが自文明発祥の星に、父/母/神/大、天/海/地、球/面/盤、胎/卵といった意味の語を組み合わせて名を付けているのは、よくあることだ。ファー銀河連邦に加盟する際はたいてい新たな星名を付けてもらうことになる。まあ星の名については、まずは良いのだが。
「『ある日気づいたら』、か…… 宇宙船に乗っていたらとか、転送装置で転送を待っていたら、ということはなかったのかな?」
詳しい状況を求めるマドサイ。例に挙げた状況であっても、知らない惑星にたどり着くなどということは起こりえないことなのだが。
「いえ、そのようなものは地球には存在しません。月にようやく行けるようになった段階なのです。その、ここに来る直前の記憶はないのですが、学校に通う生活をしていました。それで……」
ショウは一旦言葉を区切る。ショウにとっては、きっかけの話は重要ではない。
待つ6人。
「『地球』という星は、ファー銀河連邦にはあるのでしょうか?」
……
月裏のドーム、危機管理センター。
「シダサのパトロール艦4隻、到着しました」
「よし、ドームの上空警護を依頼しろ」
「はい、こちらとの情報リンクを進めます」
合同対策本部の面々は一息つく。襲撃に異文明保護団体ミドクスが関わっていると判った時点で、プレイヤーたちが攻撃される可能性は著しく下がった。だが民間レベルとはいえ対宙監視網で索敵できないステルス艦の存在は脅威であった。もっとも民間警備団体シダサのパトロール艦も、ステルス艦となると太刀打ちはできない。月の対宙防御網と連携して警護するのが、やっとである。
「銀河連邦軍のほうは?」
「間もなくのようです」
もともと情報は限られていたのだが、軌道エレベーター側で内通者の存在が明らかになったことで、銀河連邦軍の到着予定時刻や規模は秘匿情報となっていた。
……
「それ聞くなら、その『地球』という惑星の海の有る無し、有るなら陸との比率、自転速度、衛星の数、分かるなら太陽系の惑星の配置とその特徴とかを説明したほうが良いなあ。ああ、夜に見える星の配置ならいくらか覚えているだろ?、それもだ、シャアア」
ガラガが彼にしては優しい口調で助言する。ニシキ隊長を原生人市街地に送り届けた今、ガラガとしてはあとは捕まるまで、ショウという特異な原生人の話を聞くだけだった。最後まで聞けそうにないのは残念だったが、それは詮無きこと。
「ええ、それはその通り」
マドサイも不本意ながら同意する。
ショウはしっかり勉強しておけば良かったと後悔しながら、覚えている限りのことを伝えた。不確かな情報は不確かだと伝えることも忘れない。うろ覚えの情報で混乱させるのは、自分にとっても大きなマイナスだ。……やや経って。
「はい、まず単純に惑星の特徴で絞り込んでみると、ファー銀河連邦の探索済み宙域内でも数万の候補があります」
頭部の透明フード内に映し出された情報を確認しながら、エンティスが答える。ショウの顔がぱっと明るくなる。エンティスはそんなショウから目をそらし。
「ここからが簡単ではありません。今現在、ショウさんのようなヒュマン種に近い知的生命体が活動している惑星は、ゼロです」
血の気が引く。
ショウは膝から崩れ落ちた。
……
月裏のドーム、フルダイブセンター。
「はあ、復旧してもしばらくシンガル地区ではプレイできないようね」
今しがた、運営から出されたばかりの告知を見て、オフェンが嘆息する。
「ショウと会うのはもう難しいのかなあ。あれから科学者とは会えたのだろうか」
襲撃者がシンガルの原生人たちに古代人の秘密を暴露していることは、プレイヤーたちにも知らされていた。そうした状況下でAIが、オフェン、ディフェンの意図を汲み取ったロールを継続できているかどうかは疑わしい。
「運営には科学者と会わせるようメッセージを入れておいたわ。こんな大障害なんだから、それくらいはしてもらわなくちゃ」
AIの行動ログを確認してから要望したほうが良いと思いつつも、オフェンには待てなかった。
オフェンとディフェンはフルダイブ装置から離れ、休憩コーナーに移動していた。退避指示は解除されていたが、FWOはまだプレイできない。まわりでは多くのプレイヤーが手持ち無沙汰にしている。
「……姉さん、これを区切りにイステヨンに帰るのもありだと思うんだけど?」
ポツリと言うディフェン。イステヨンとは2人が住む、ゲムスキー文明の主要な星の1つである。
「……そうよね」
それはオフェンも思ったこと。大スクリーンに映し出されている惑星ファンランを眺める。青くて、これほど美しい星はなかなか無い。ちょうど雲の切れ間からオーア大陸が見えた。
あの半島の先に、ショウとモールがいる。
「……そうしましょう」
しばらくして。オフェンは寂しげに同意した。
……
ショウはかけよってくれたヤンに「ありがとう」と小声で返事をするも、まだ膝をついていた。動悸が収まらない。
「今現在は、ですよ」
まだ話は続くとエンティス。
「時間のズレか、シャアア」
ガラガが補足する。もっと丁寧に説明してやれよと言いたい。
「仮に、あくまでも仮にですが、転移をしたということでしたら、この惑星ファンラン周辺の知的生命体が発生しうる惑星分布からしても、最低で数万光年は移動していることになるのです。そして空間軸上を転移したとするのでしたら、時間軸上で転移している可能性も想定すべきでしょう。それも数万年、数十万年以上という範囲で。しかも過去から現在とは限りません、未来から過去ということもありえます」
エンティスは心の中ではありえないと思っているが、彼女なりにショウの気を取りなすために仮定の話をしている。マドサイもその調子だと頷く。妖精に会うまで話をつなげなければならない。2人の思惑を知らず、顔を上げるショウ。
「文明ができたり滅んだりするには充分な時間だな。星の見え方だって変わる、シャアア」
励ますように付け足すガラガ。ガラガも転移の可能性について考えてみていた。宇宙船であれば、ファー銀河連邦のどの文明の科学体系とも合致しない船体と推測される漂流物が、連邦のかなり内域で発見された事例はある。未知の文明から漂着した可能性もゼロとは…… いや、そうだとしても。
「そうした可能性まで考慮すれば、その『地球』に合致する惑星が存在する可能性はまだあります。さすがに今この場ですぐに調べきるのは難しいですが……」
説明を終えるエンティス。ショウはヤンの手を借り、立ち上がっていた。
……
月裏のドーム、危機管理センター。
「銀河連邦軍、到着しました。連邦警察の特殊部隊も一緒です!」
「シンガルの軌道エレベーターにも伝えろ」
担当の高揚した声に、上司が指示を返す。
ステルス艦による襲撃ということで、軍と警察は合同で部隊を派遣していた。一方ミドクス側は、すでに宙域側ポートを襲撃した部隊を撤収させている。内通者だったと思わしき職員も一緒だ。次元跳躍固有の時空歪は観測されていない。艦を隠し続けて、距離を取ってから跳躍するのであろう。地上に降下した部隊と内通者は捨て駒扱いなのであろうと見られていた。
「ミドクスにしっかり損害を請求しなければ」
「頼みますぞ。調査資金が減るようなことがあってはかなわない」
事態が収束に向かいはじめ、FWO運営と惑星調査隊の上層部は余裕を見せ始めていた。
……
「探すのをお願いできないでしょうか!?」
ショウは掴みかからんとする勢いでエンティスに迫った。思わず後ずさるエンティス。
「それは我々もやぶさかではないが。転移したとするには、1つ解決しておきたい大きな謎がある。ショウくん、きみの身体はあまりにもこの惑星ファンランのヒュマン種そのものだ」
エンティスを助けるように、マドサイのほうが言う。
「そうだろうな。あの魔法はすげえ、シャアア」
ガラガも惑星ファンランの魔法については話を聞いていた。ファンランの種が、惑星ファンラン上でのみ現出させることができる特異な現象。他の星の種がファンランに来ても使えないことはもちろんのこと、ファンランの種も宙域外では使えないことも拉致実験によって確認されている。
「……えっと、どういうことですか?」
ショウは自分の身体が地球にいたときのままだと思っている。翔一がイジったことは知る由もない。
「きみの身体はこの惑星の生物固有のものだということ。具体的には魔素を扱う――ああ、これについてはまだ推測の域の話もあるが、細かいことはともかく――この惑星の生物特有の魔素を扱う器官を持っていて、少なくともファー銀河連邦の中ではこの星の生物にしか見られないものなのだ」
マドサイは、ショウが理解できているかどうか表情をうかがいながら説明する。そして話の内容は理解できているように見えた。だが。
「調べもしないで、どうして分かるんです!?」
それは、反論というよりは、切望。
「いいえ、調べています。私たちの科学力では遠隔からでも、骨格や臓器を透過して調べることは造作もありません。それだけではありませんよ、あなたの毛髪や排泄物、血液、汗、……精液も宿泊施設などから取得して調べています」
今度は身体調査を担当したエンティスのほうが説明する。最後の例示については、ショウの知識なら決定的な情報であることが分かるだろうと、強調して言ってみた。決して悪気はない。決して。
「え゛っ」
割とナイスバディな宇宙人からの不意打ちに、固まるショウ。アキンとバスはそっと顔をそらす。お年頃の女子、ヤンは、顔を真赤にしているのだが、リザド種は分かりづらい。ガラガは「シャアア」と、尾でショウの足をペシペシ叩く。サパン種の「ドンマイ」の仕草だ。
「もっともあなたの知識がファンランの文明のレベルを越えているのも確かです。転移は考えづらいですが、転生というか、そうですね、憑依という線はあるのかもしれません」
ショウらの反応に構わず話を続けるエンティス。自分がショウの尊厳をおとしめたことは分かっていない。
「この惑星でのキミのもっとも古い記憶は何かな。最初は何があった?」
空気を察しないのはマドサイも同様。やっとこの話につながったと、誘導の質問をする。
「目を覚ましたときは林の中で寝ていて、ボロボロの服を着ていました。モール――モールというのは妖精なのですが――僕を叩いて起こしてくれたんです」
顔を見合わせるマドサイとエンティス。フード越しには見えないが、2人とも先ほどとは違い、笑みがこぼれるのが止められない。
そして。
マドサイのほうが、念願のセリフを切り出す。
「なるほど。その妖精からも話を聞いてみたいものね」




