華やか哉
古都ロングリ市から高原都市プレサン市までは700キロほどあるが、その間にこれといった大都市はない。ショウの雷魔法の後始末が終わると、オフェンは原生人の天候制御の話について、信憑性がありそうねと詫びを入れた。電撃ではなく、自然現象そのものにしかみえない現象を引き起こされては、その可能性を認めざるを得ない。
そんな騒動で始まったプレサン市への東進は、狩りを優先にして寄り道に寄り道を重ね、日没が迫ると都合の良い古代人拠点を探してはそこに向かって泊まるという、まるで計画性のないものであった。加えて一行は平野地帯を抜けて山間地帯に入っており、街もまばらになっている。時には原生人向けの宿がなくて、ショウがまたもや古代人拠点に泊まらせてもらうということもあった。そんな日々の中、この日は特にひどかった。
「あー、拠点まで行ってたらもう間に合わないっ」
「自業自得だろ」
オフェンとディフェンが言い合いをしながら、パッカランを急がせる。
この日は外見が可愛らしい猛獣ジャンダとツーショットの立体動画を取りたいと、オフェンが言い出し。高地の竹林に分け入って探索を続け。結局願いはかなわず、日没を迎え。ただ疲れだけが残った3人と1妖精は、最寄りの古代人拠点へと急いでいた。日が落ちると、襲われても撃退はできるものの、移動はかなり不自由になる。ショウも枝に引っかからぬよう神経をすり減らしながら、林の木々を縫うようにして走り続ける2人を追った。足場も斜面であることに加えて根が浮き出ていたりして相当に悪いが、これは賢いパッカランがさばいてくれた。
「もうダメ。ディフェン、後はよろしく。(エーアイ オート パイロット ニ イコウ。モード ハ ニュートラル。ログ オフ)」
「なっ! なにしてんだ。この馬鹿姉!」
叫ぶディフェン。オフェンは普通に騎乗しているのに何を慌てているのだろうと、ショウは不思議に思う。
そうして一行は日が沈み切る前に何とか宿のある街にたどり着いた。道なりで手前に位置していた原生人向け宿に寄ると。
「明日は朝から移動するよ。ただ姉は別件があって、何日か別行動にさせてもらう」
「しばらくご一緒できませんが、またお会いするのを楽しみにしております」
珍しくディフェンのほうが予定を告げ、オフェンが妙に丁寧な別れの挨拶をする。
ファー銀河連邦の技術水準であればAIは本人と見分けのできないレベルでなりすましができるのだが、このAIは「私、こんな粗雑な話し方はしない」とオフェンの修正が入り、別人になっている。
「ではさきほどの街道で9時に落ち合おう。もう暗いから今日は急がせてもらうよ」
ディフェンはショウの返事を待たず、オフェンを引きずるようにして古代人拠点へと向かっていく。
ショウは呆気にとられて2人を見送った。
……
「間に合ったようね」
ドームの外は真空。天には星空が、地には無機質な岩肌が延々と広がり、そこに小さめのドームがいくつか点在している。そのうちのいくつかのドームの天が開き、数機のランチ艇がロケットの火をほんのり灯して着地しようとしていた。
オフェンはショウのいる惑星を周回する月の裏、数万人を収容する巨大なドーム施設にいた。
「オフェン、ここよー」
オフェンが展望フロアから到着ゲートに移動して待っていると、4人の女子が手を振って近づいてくる。
「ちょっ、はずかしいじゃない」
オフェンは抗議の声を上げながら、自分も手を振る。
「ファンランって、綺麗な惑星ねえ」
「疲れたわー。直通宙路、無いんだもの」
「あれ丸ごと、ゲームフィールドなの? イベント密度やモンスターとの遭遇率はきちんと調整されているのかしら。ただ広いだけのマップというのも逆に新鮮だけど」
「ええっ、ディフェン君は来てないのー」
思い思い、好き勝手に喋る4人。
「愚弟は要領悪くて、まだ『FWO』してるのよ」
FWOとは『Fantasy World On‐planet』、オフェンたちが2ヶ月ほどプレイしている惑星ファンランを全て利用したテーマパークの略称である。
「そういうことにしてあげるわ。要領の良いお姉さまっ」
「うっ」
「目の保養、したかったのにー」
「食事は? ニテン料理が良いかしら。スチムも捨てがたいわね。通好みのイクロソ風料理もあるのかしら。それともここオリジナルの料理があって?」
「先にチェックインしよー」
オフェンの説明がすぐに嘘だと見抜けるほどには、この友人たちは姉弟と親しい。
5人は嵐のようにスペースポートを賑わせ、宿泊施設へと向かった。
……
「綺麗な羽ねー」
「なにこれ、可愛い」
「どうやって浮かんでるの?」
「あなた男の子?、女の子? それとも無性なのかしら? まさかマニアックに両性だったり?」
翌朝のロングリ市とプレサン市を結ぶ裏街道。モールは古代人女子4名に囲まれ、チヤホヤされていた。
白い空間では「私という女がありながら。きー」とハンカチを咥えて悔しがっているローリーに、「汚いですよ。どこでそんな仕草を覚えてくるんですか」と翔一が流している。遠隔操作ロボットたちに囲まれたって嬉しくはない。
「ねえ、オフェン、私、この妖精と一緒に狩りをしたい」
「私も」
「この男子も格好いいじゃない」
「3人に賛成。ここはありきたりの体験ではなく、希少な体験を優先するべき」
4人ともチュートリアルは済ませてある。短期プレイ用のキャラなので成長タイプは固定。そのかわり性能は初めから古代人の平均レベル、猛獣には何とか勝てるが、亜怪獣相手だとかなり危ういという強さだ。
「ちょっとあなたたち、なに勝手なこと言ってるのよ」
オフェンはショウたちと完全に別行動を取るつもりだったのだが、妖精を見てみたいと押し切られてこの有り様だ。妖精のことを漏らしたのがいけないのだが、ディフェンが同行しない事情を説明する流れで話をしてしまった。
ショウはというと、たじろぐオフェンという貴重なものを見られて、何だか楽しい。浮かれて「オフェンさんが4人増えたみたいですね」とディフェンに軽口を叩くと、「まったくシャレになっていないよ」と真顔なウロコ顔でムッとされた。ディフェンは、女5人の話の帰趨は見えているので、さっさと出発したいなと悟りを開いていた。
はたして。
「彼はショウ。で、この妖精はモール」
投げやりにオフェンが紹介すると。
「ハアルです。よろしくう」
ピンク系の出で立ちのウサミー種。ゆるふわ系。可愛い外見と裏腹に、武具は大鎌だ。
「ナッツだ。よろしくなっ」
オレンジ系衣装のべエア種。姉御肌か。ショウはべエア種を初めて見た。グリン種に近い丸っこい外見だが筋肉は隆々で、いかにも力が強そう。武具は大剣。
「アキーである。苦しゅうない」
真紅の装備で決めたアカイ種。高貴な出、というノリなのだろう。杖と小盾を持っている。
「名前……フーユ」
青紫系アーマーと、女子の中では唯一重装備のリザド種。無謀にも無口キャラ。武器は大槍に大盾と、ディフェンと同じ。
4人とも名前はリアルと同じにしているが、外見は変えている。キャラ作りも急遽始めた。
こうして7人と1妖精という大所帯で、狩りをしながら東進することになった。先頭にオフェン、しんがりにディフェン、あいだに古代人ルーキーの女子4人が2列の体制、その中央にショウとモールが入り込む、という布陣である。女子4人が騎乗しているのは★3パッカラ。頑丈が取り柄でフル装備の古代人1人を乗せても長距離移動をこなすが、歩みは★5パッカランよりずっと遅かった。
……
「猛獣ジャヨーテ、3頭以上! どうするの?」
オフェンが左前方に猛獣を発見したと合図をしながら、後ろを振り返る。
「アタイらに任せてくれ!」
ナッツがパッカラを止めて降り、大剣を鞘から抜く。フーユが横に並び、その後をハアル、アキーと続く。
ナッツとフーユが前衛として敵を引きつけつつ戦い、ハアルも中衛として戦いに加わった。ショウは驚いたがハアルの大鎌の柄は伸縮自在、しかも中程でくの字のように曲がる。ジャヨーテからすれば思いのほかの角度から攻撃が加わるはずだ。前中衛が戦闘中、更に2頭のジャヨーテが加わったが、後衛アキーが火の玉魔法でうまく牽制して側面からの攻撃を許さない。オフェンの魔法より威力こそ数段弱かったが、制御は上だ。初めてとは思えぬ4人の連携、ついにはナッツの大剣がジャヨーテののどを貫く。と――
「これ、本物の血なのよね」
姉御肌設定に似合わぬセリフを上げ、大剣が抜けずにもたつくナッツ。
「きゃあ。やめて。そんなとこ、美味しくないわよ」
できた隙をつかれて2頭のジャヨーテに襲いかかられ、無口設定だったはずのフーユは悲鳴を上げて尻餅をつく。
中衛ハアルと後衛アキーはフーユを助けたいところだが、途中から加わったジャヨーテに懐に入られてそれどころではない。2人とも接近戦は不利だ。
「せや!」
駆けつけたディフェンの大槍が2閃。額を突かれ、フーユにのしかかっていた2頭のジャヨーテは血しぶきを上げて即死した。
「ショウ、今よ!」
モールに吊られ空飛ぶショウに指示するオフェン。
「ショック!」
ハアルとアキーを襲う2頭が2人から離れた瞬間に、ショウの電撃が襲う。
「2人とも離れて! ツイン・キャノン!」
オフェンは高く飛び上がり、降下しながら火の玉を2頭に降り注ぐ。そしてくるっと1回転しひざまずいて着地。モールが爆破演出を付加。道中の練習が見事に実った。
「痺れてる猛獣、私がとどめを刺したかった」
ゆるふわハアルは、鎌を眺めて恨めしげ。
「抜けないっ。ディフェンくん、手伝ってよー」
姉御肌のナッツは、大剣を引き抜くのに悪戦苦闘。
「本当に飛んでる。いいなー」
高貴なアキーは、ショウとモールが羨ましい。
「あー、血でベトベト。サイアク。シャワー浴びたい」
無口設定のフーユは、饒舌に愚痴る。
オフェンは今からでも初心者向けイベントに移行しようかと、真剣に考え始めた。
……
ショウはうつむいてパッカランを進める。後方のディフェンも同じく。先頭を行くオフェンは「私は遠慮していたのに」と機嫌が悪い。
「モールちゃん、もっと高くよ」
「アキー! 下着が丸見えっ」
4人の女子は相変わらずかしましい。今は代わる代わるにモールにせがんで、空を飛んでいる。ショウのような専用装備ではないが、古代人の衣服は人1人をぶら下げても破れるようなことはなかった。
ジャヨーテを退治した後、ショウの魔法をシャワーやドライヤー代わりにしてフーユのウロコ身体を洗い、一行は東進を再開した。「次は上手くやるぜ」「もう醜態はお見せしませんわ」などと4女子に懲りた様子はない。「オフェン、次の猛獣、早く探してえ」といった調子である。
出発の前、オフェンとディフェンはエンカウント向上アイテムの使用をどうするか相談していた。そもそも初心者向けの狩りをするなら、別の国に行ってそれ用のイベントを進めたほうが良い。いま東進している裏街道は、高原都市プレサン市東の山地よりは安全なものの、難度は高い地域であった。それでいてアイテムを使用しなければ、まったく猛獣に遭遇しない可能性もある。けっきょくオフェンは急いでガチャをまわす。こういうときに限って★3が出ない。しかたなく★4エンカウント向上アイテムを使用することにした。そして更に運は続き?
「きゃあ」
悲鳴に構わず、フーユを吊ったモールが急降下。何事かと皆が空を見回すと、数十の黒い鳥が編隊を組んで、一行に向かってきていた。
「あれって……」
「亜怪獣?」
「カーカよ! みんなパッカラを降りて、避難させて!」
オフェンは叫声をあげ、火の玉を何発も放ち続ける。どれも避けられるが、もとより牽制、当てるつもりはない。
モールはフーユを降ろすやショウを捕まえ、低空飛行でパッカランやパッカラたちと後方へと退避する。
「そっか、原生人は死んでしまうのよね」
4人の中の誰かが声をこぼした。
……
場所はこれといったものがない平地を通る野道。カーカの群れが飛んでくる右のほうに背の高い林が見えたが、数百メートルは離れている。飛翔を遮るものは何もない。空を飛び数に物を言わせて襲ってくる亜怪獣を迎える地形としては、最悪であった。
モールの早期発見とオフェンの牽制により、6人が互いに背を預ける陣形を取れたのはせめてもの救い。各自が分担の角度60度を守りきれば良い。しかし。
オフェンを0時の方向として、右側2時は大盾を持つフーユ、4時は小盾を持つアキー、そして真後ろ6時は大盾を持つディフェンと、亜怪獣カーカを最初に迎え撃つ方角は形になっている。しかし左側、10時は大剣のナッツ、8時は大鎌のハアルと、俊敏な相手にはかなり分が悪い。
降下するカーカの群れ。その右側にアキーが火の玉を散発的に放つ。オフェンと比べると大人と子供ほどの違いがある魔法。カーカたちはスッと、その特有のスライドする軌跡を描いて事も無げに避けていく。そこに。
「ファイア・ランチャー!」
オフェンが火の奔流を放射。これだけカーカがいれば狙いを定める必要がない。突然現れた広範囲の炎に、数羽のカーカが巻き込まれ、落ちる。カーカは脆い亜怪獣、当たりさえすれば効くのだ。だが落ちたのは数羽。その程度では。
「来るぞ。手数を出せ!」
ディフェンが叫ぶや、カーカの来襲が始まる。フーユ、アキー、ディフェンと盾を持つ3人に次々くちばしで体当りするや、飛び去るカーカ。盾とぶつかる音、女子4人の悲鳴、オフェンの★5バリアの爆ぜる音が、止めどもなく鳴り響き、そして鳴り止むと。
地面に崩れ落ちる2つの、軽い音。
フーユとアキーが、大槍を、杖を、地に落としてひざまずく。まさに満身創痍、服のそこかしこが破れ、血がにじむ。
「もうだめ」
「これ無理」
弱音を吐く2人だが、誰も反応しない。飛び去ったカーカの群れが上昇し、反転している。
「ウォール!」
ナッツとハアルのあいだに大男が両手を広げたぐらいの――2メートル四方の――分厚い土の壁が現れる。ショウの魔法だ。オフェンとディフェンはその凄まじさに、またしても目を見張る。ショウは数百メートルは離れた場所から、この壁を創出させているのだ。あり得ない。一方で女子4人は、その壁が何を意味しているのか分かってはいなかった。そんなことを気にしている間もなく、カーカの第2波が迫る。
ナッツとハアルは壁を背にして待ち構えたが、それは焼け石に水に。カーカたちは今度は一撃離脱ではなく、まとわりつくように周りを囲むや、6人を突っつき始めたのだ。守りをバリア任せにして炎を撒き散らすオフェン、大盾と大槍を効率的に振り回すディフェン。この2人は最後まで防戦の手を緩めなかったが――
永遠に感じられた、しかし3分に満たない攻撃を終えたカーカたちが飛び去ると。女子4人は、地に伏して動かなくなっていた。




