信仰
オフェンは迷っていた。ミリマ市を出てから高原都市プレサン市に向かうまでの経路についてである。直線距離にして東北東に800キロ。大きく2つの候補があった。
1つはもともと予定していた陸路。北上して古都ロングリ市を経由し、そこからは東進する、ひたすら人通りの少ない裏街道を通る経路だ。亜怪獣や猛獣を存分に狩ることができるはずであった。
もう1つは大河ロンバーを船で上って東進し、タキュ帝国最大都市マルセレ市を経由して北進する経路。ミリマ市からマルセレ市のロンバー川は風光明媚で知られ、1週間ほどかけた船旅は原生人のあいだで大人気の観光コースになっている。ゆえにこの区間、ヒト種に危害を及ぼす猛獣、野獣は徹底的に駆逐されている。
普段であれば考えるまでもなく前者の経路を選択するのだが、ショウが蒸し暑さに相当堪えていた。すべての古代人拠点が原生人を泊められるわけでもない。さすがのオフェンも見かねていた。
ディフェンと古代人拠点を出ると。ショウは午前中に受け取ったベストを着込んで待っていた。オフェンが「船旅にしても良いけど」とショウに経路の選択を預けると――
「へえ、オフェンさんでも他人を気遣うことがあるんですねー 僕、昨日の氷魔法の繰り返しで、冷風魔法を会得できました。陸路で大丈夫です」
ショウは爽やかな笑顔でそう答えた。
爆笑するディフェンのウロコ頭を2本の杖で叩き、オフェンは北へとパッカランを進めた。
……
「ディフェン、ジャヨーテを引きつけて!」
オフェンの指示を受け、ディフェンがその重装備をものともせず前へと走る。そこへ4頭の猛獣ジャヨーテが、足元の悪い岩肌の中をしなやかに跳ねて迫ってくる。ついにはその前足の鋭い爪がディフェンを捉えるが、大盾や鎧には傷一つつかない。
「ショウ、足止め!」
すでにモールに吊られ3階建ての建屋ほどの高さで待機していたショウが両腕を伸ばす。するとジャヨーテたちの足下が沼のようにぬかるみ始め、次々と足を取られていく。
「ディフェン、おどき!」
真打登場とばかり。オフェンは古代人の身体能力を引き出してジャンプ、ショウの横を飛び抜く。
「フレーム・ラディエイション!」
2本の杖を突き出し、炎をジャヨーテたちに撒き散らす。そしてくるっと1回転しひざまずいて着地。垂れた髪を振り上げ立ち上がると、爆発音とともに4つの炎が爆ぜ上がる。爆破演出は事前にモールに指示していた。
「決まったわね」
4つの炎を背にして悦に入るオフェン。ミリマ市を出て2日目。狩りをしながらの道中だが、オフェンの人使いが一段と荒くなっていた。
怪獣や猛獣を倒すとその強さに応じたポイントが戦いの貢献度に応じて分配され、ユーザーごとの戦闘スコアに加算される。当然原生人や妖精は、この分配の対象にはならない。ショウの戦闘力が古代人並になった今、猛獣程度は相手にならない。モールが倒してしまうと、システムがチームの一員と見なさないため、ポイント加算されない点は注意が必要だったが、とても効率の良い狩りができるようになっていた。
「姉さん、急ぐよ」
余韻に浸っているオフェンに構うことなく告げるディフェン。行く手の空には黒い雲が垂れ込めていた。
「もう、いいところなのに」
オフェンとて雨はうっとうしい。パッカランを呼び寄せ、再び北へと走らせた。
……
「これは、どういうことですか」
古都ロングリ市近郊の古代人拠点に着き。ショウは目の前の状況に唖然とした。多くの古代人拠点は100メートル四方の工場のような巨大な遺跡なのだが、そこだけ暴風雨に見舞われていた。空は辺り一面黒い雲が覆っているのだが、拠点あたりだけ漏斗のように雲が降りて、風を巻き、滝のような雨を降らせ、ときどき稲光も走っている。そして目の錯覚かと思ったが、建屋全体が揺れている。拠点だけが地震に見舞われているのだ。
「古い土地柄だと古代遺跡はたまにこうなるんだ。理由は分かっていない」
ディフェンは事もなげに言う。
「なんだ、局地気象だったのね。急ぐ必要はなかったわ」
オフェンも同様。この異常気象を前に少しも慌てた様子はない。2人とも拠点に入ったらすぐログオフするので、揺れていようが風雨がうるさかろうが問題ないのだ。拠点が天変地異程度で被害を受けることもあり得なかった。これが原生人の建築物なら全壊するであろうが。
ショウも冷風魔法を自在に使えるようになり、昨晩から原生人向けの宿に泊まっていたので問題はない。当事者2人が気にしないのなら問題はないのだろうが、それにしてもこの非常識な状況を前にしての2人の落ち着きぶりが不可解だった。
「この街は魔素が濃いねー」
モールもどこかのどかだった。
……
翌朝。
ショウはいつものように早起きをして外出していた。蒸し暑くなる前に訓練をするためなのだが、この日は訓練場所を探すついでにと古代人拠点に寄ってみる。心配はしていなかったが、昨日の局地嵐は何事もなかったかのように収まっていた。建屋にも何ら被害は見受けられない。オフェンたちの様子も確認したかったが、朝早すぎるし、何事もないのでは迷惑になるであろう。素通りして空き地を見つけ出し、訓練を始める。
剣の素振りを終え、魔法の練習を始めると。ショウは違和感を感じた。とても魔法の通りが良いのだ。炎も電撃も、槍や盾の現出も、いつもよりもスムーズにできる。モールが昨日言っていたことはこの事なのかと、遅まきながら実感した。
一通りの訓練を終え宿へ戻る道すがら。街の人々の朝の活動が始まり、行き交う人も多くなっていたのだが、そこかしこに不思議な人だかりを見かける。大木に向かって手を合わせ祈っている人々。いくつもの家族が総出をしているのだろうか、子どもから老人の男女が数十人集まっている。池のほとりにもいた。街の中でもっとも高かろう小山のふもとにもいた。数分の儀式らしきものを終えては、次の家族たちと入れ替わって帰っていく。
宿に戻ってシャワーを浴び朝食を取り終えたショウは、宿の主人夫妻に街の様子のことについて尋ねてみた。
「海外の方には良く聞かれますよ。あれは大自然に感謝を捧げとるんですわ」
「私たちはずっとこの町で暮らしているから、不思議とも思わないんですけどね」
もしかしたら常識的なことなのかもしれないと、ショウは少し緊張して質問したのだが杞憂だった。安心して「この地方独特の信仰なんですね」と精算のお釣りを受け取り、宿を出ようとした、ら。
「いえいえ。本当に礼をしとるんです。願い事を叶えてくれる礼を」
ウサミー種の主人が長い耳をピクと動かし、真顔で訂正する。とまどうショウ。
「あなた、それではわからないでしょ。もう、何度も言っているのに」夫人が補足する。「日照りが続くとき雨を降らせて欲しい。祭りの日は晴れにして欲しい、今みたいな暑い日が続くときは風を吹かせてほしい。こんな願いをここら一帯の自然は聞き届けてくれるのです」
ショウの戸惑いは増すばかり。
「ほら、丁寧に説明したって分からないって、何度も言ってるだろうに。すみません、お客さん。でもこいつの言っていることは本当なんです。街の皆でお願いした天候は、必ずその通りになるんです」
……
「……って、ご主人はおっしゃっていたんですよ」
ロングリ市を東に向かう裏街道。ショウはオフェンに昨日のその後の様子を確認し、自分が宿で聞いたことを話した。
「だってよ、ディフェン」
オフェンは、ショウを挟んで反対側にパッカランを並べているディフェンに、話をパスする。この惑星では天候制御は行われていないことは知っている。原生人たちの宗教や信仰については詳しくはない。こういうことは弟に任せるに限る。
「うーん。自然崇拝の地域があるというのは聞いたことがあるけど、それともまた違う感じだね。昨日の局地気象もお願いされたものなのかな?」
ディフェンは答えながらも、この件を調査隊は把握しているのかなと気にした。局地気象の絡みで調査しているだろうなとは思ったが。
「あ、それ、僕も聞きました。あの局地気象だけはやめるようにお願いしても、止まらないそうです」
ショウは地元の人も困惑しているようですよと伝える。
「では、必ず願いが叶うわけではないんだね」
その程度の話かと天候制御の信憑性を疑い、興味を失うディフェン。
「普通の原生人が天候を操れるって言うなら、ショウなら一人で雷くらい落とせるんじゃない?」
こちらも「なあんだ」と、からかうように言うオフェン。
ショウは原生人たちが小馬鹿にされているようで、気分を害す。
「サンダー!」
右腕を天に上げ、斜め前の大木へ振り下ろして唱えると。
雲一つ無い青空の一点が急激に黒く曇り。轟音とともに稲光が落ちて、大木は二つに割れた。
……
「ぷんすかしてるー」
白い空間。
雷で燃え始めた大木を慌てて魔法で消火しているショウを眺めながら、ローリーが言った。
ショウを指してではない。古都ロングリ市は市民たちの毎朝の慣習もあって、自然の霊素の自我が強かった。その霊素は原生人からすれば土着神と呼んでもいい存在で、異星から入り込んできた古代人に対して昔から怒っていた。
「良いように星をイジられていますからね。でも彼らがいなかったら、この星の生命体は死滅するんですけどねー」
相槌を打つ翔一。神のような存在といっても、1つの惑星のある狭い領域に超常の力を振るうことができるだけの存在だ。宇宙規模の事情など知りはしない。翔一やローリーから見れば、土着神も生命体の一種にしか過ぎなかった。
ショウのいる宙域の主要な構成要素は3つ。古代人、原生人ともに存在を認識している「物素」、存在を推測している「魔素」に加え、せいぜいが創作物上の存在である「霊素」である。自我の濃い霊素と物素が結びついた存在が生物、魔素と結びついたのが妖精である。魔法とは、ある霊素が想いを魔素に載せ、受け取った霊素がその想いを叶える現象である。濃淡の差は大きいが、空気にも地面にも人工物にも霊素は宿っていた。ただ個数という概念を霊素に適用するのはそぐわない。ヒト種1人がいたとして、細胞ごとに薄い霊素が宿っているとも捉えられるし、全体に濃い霊素が宿っているとも捉えられる。1惑星に1つ、1銀河に1つとだって捉えられる。霊素は一にして全、全にして一である。
ファー銀河連邦は、霊素については何も解き明かすことなく、歴史から姿を消す。ショウが過ごした時代から数万年先の話である。霊素の真相に最も近づいていたのは、一部の神話、宗教の経典、ハイファンタジーに分類される小説たちであった。




