電撃
タキュ帝国最大の工業都市であるミリマ市は、大河ロンバーとその支流の合流地点を中心に発展した水の都である。湖や湿地が多くて道路は入り組んでおり、陸路での移動は不便なところがあった。一方で物を運ぶ小舟が多数行き交い、水路は活気がある。原生人が製造できる乗り物だけで重量物を運搬できるという点で、この都市は都合が良かった。
すでに蒸し暑くなり始めた早朝。ショウとモールはミリマ市内の、湿原に囲まれ木が覆い茂った小高い丘に来ていた。そこは古代人拠点に近いながらも人の行き来がない場所で、魔法の実験をするのに都合が良かったからだ。足場が悪いのでショウもパッカランで来ることはできず、モールと一緒に空から来ている。
前日夕方にミリマ市に到着したショウは、鍛冶師タルスに紹介された鍛冶場に向かい、試作装備を受け取った。それは縦に深いポケットが多数縫い付けられたベストで、それぞれアスタリウム合金の延べ棒が差し込まれていた。全体で5キロ近くあってなかなかに重い。その鍛冶場にも武器評価の裏庭があって早速魔法を試してみたのだが、結果は思わしくなかった。シールドや槍を現出させたところ、魔法の行いやすさは変わらず、ベストもほとんど軽くならない。ただショウにはちょっとした心当たりがあり、試してみたいことを思いついて、この丘に来ていた。
「まずはベストを着た状態で。シールド! スピアー!」
ショウは両手に盾と長槍を現出させ、すぐに消滅させた。続いてベストを脱いでモールに数十メートルほど離れた場所に運んでもらい、再度盾と長槍を出す。
そして今度はモールに自身を100メートルほど上空に運んでもらって、同じ魔法を繰り返す。ただこれほどの高さまで飛んだことはなく、ショウは身体がすくんでしまった。魔法を行使するまでに一苦労、である。最後にまたベストを着込んでから空に上がって魔法を試す。以上、地上か空かと、ベストが有るか無いかを組み合わせて4条件。
「ショウ、よく気づいたね。最後は魔素がベストに流れていたよ」
地上に降りて、モールが声をかける。
「うん、やっぱり空だとこのベストは効果があるんだ。まわりに空気しか無いからなんだろうね」
高さの恐怖への慣れを差し引いても、ベストを着ていたほうが盾や槍を現出させやすかったし、ベストが軽くなるのも感じることができた。ただ。
「空で武器を使うことってあるのかなあ。その服、重いでしょ」
モールの言う通りであった。火の玉や電撃の魔法では、ベストの有無はあまり違いがないのだ。今のところ効果を感じるのは、物体を現出させる魔法だけ。空から槍を投げたり剣で戦うことは想像しづらい。盾で身を守ることはまだあり得るかもしれないが、そのためにこの重いベストを運び続けるのは気が進まない。
「そうなんだよね。投槍や小盾くらいはすばやく現出できてもいいかな」
返品するのも気が引ける。ショウは修正案を考えて、鍛冶場に向かうことにした。
……
「ディフェン、しっかり漕ぎなさい。あんたはそれしか役に立たないんだから」
「はいはい」
姉さんも似たようなものだろと思いつつ、ディフェンは船を漕ぐ。古代人の力はオール一漕ぎで、船を何メートルも進ませた。オフェンはというと、リングが写す映像を目を皿のようにして見つめている。
3人と1妖精は、原生人から小舟を借りて、ミリマ市最大の湖に来ていた。周辺どこも複雑に入り組んでいる湖で、広さはざっと5キロメートル四方はある。
鍛冶場に出向いたショウは早朝の実験結果を説明したのだが、それならば改修するのでもう一日ミリマ市に滞在してほしいと、職人たちに懇願された。ショウは延べ棒を数本抜いて調整すれば良いのではと軽く考えていたのだが、試作といえどそのような雑な仕事をしては重鎮タルスに顔向けができないと言われてしまう。
ショウはそのような状況を、いつものように午後一で待ち合わせをしていたオフェンに、どうしたものかと恐る恐る相談したのだが。
「じゃあ、出発を一日遅らせましょう。……そのかわり」
オフェンはニマっと不吉な笑みを浮かべ。
「野獣ロンバイルクジを捕まえるのを手伝いなさい」
ロンバイルクジというのは大怪獣オルクジと同系統の、ミリマ市近辺にしかいないレア野獣である。淡水に棲み、大きさは2メートル程。水中野獣ゆえに捕まえるのが大変で、オフェンも嫌がるであろう男どもをどう巻き込もうかと思案していたので、ショウの話は渡りに船であった。すぐさまオフェンはちょっと待ってと古代人拠点に戻り、フロントに特急の依頼をし、小一時間ほどして2つの道具を手にして現れ、小船を手配し。そして現在に至っていた。
「これが魚ですか」
「そう。凄いでしょ」
「どれがロンバイルクジか、分かるんですか」
「大きいのを片っ端から捕まえればいいの」
オフェンとショウが見ているのは魚群探知機の映像であった。オフェンが借りてきた古代人の遺物は、半径数百メートル内の水中の様子を捉えてみせた。探知機の出力をリングに無線転送して投影している次第である。実は探知機の出力は直接ボディで受信して見ることができるのだが、ショウがいる手前、いちいち投影して見ている。
「ずいぶん大雑把ですね」
ショウは持たされているワイヤの束を見下ろして嘆息した。ロンバイルクジを見つけたらこのワイヤを湖に入れて電撃を流すように指示されている。感電するのではと指摘したが、そこは魔法で工夫してと返された。そうして。
「これ、2メートルある! ショウ、モール、よろしく!」
オフェンが声を張った。
「ディフェンさん、1時の方向に50メートルほど寄せてください」
「任せろ!」
言いながらショウは魔法により1メートルほどの石棒と、先端にワイヤを通した樹脂の輪を現出させる。船が寄せられるとワイヤを湖に投下。石棒で船から遠ざけて、水面から出ているワイヤに電撃を放つ。すると。
水面に一匹、二匹と魚が浮かぶが、どれも小さい。探知機にあった2メートルの魚影は、別の方向へと泳ぎ去っていた。
「これ、ものすごく難しいです……」
ショウは早くも弱音を上げた。
……
3時間が経過した。夏の日は長いが、岸に戻ることも考えると残り時間は少ない。
最初の失敗から数度の実践を経て。大きな魚影を見つけたら、モールがショウをその上空まで運ぶ手順にとなっていた。魚の泳ぐ方向を予測して船を寄せるのは難度が高く、モールを誘導して追いかけたほうが確実であった。そしてワイヤは湖に投げ入れたまま。投げては巻き上げて、を繰り返していては時間がかかるからだ。この方法では魚が逃げ出すが、その前に電撃を加える。あとたまに空飛ぶショウを他の荷船から目撃されて目を丸くされたが、どうせ翌日にはミリマ市を離れると、そこは開き直りを決めた。オフェンの雑な作戦が、逆に3人と1妖精の団結を深める。
「あー、また違う!」
オフェンの上げる声がヒステリックになって久しい。浮かんだ2メートルの魚にはウロコが付いていた。ロンバイルクジは正確には魚ではなく、ウロコは無い。だがついに――
「モール、あと10メートルだ!」
「ショウ、今よ!」
姉弟の悲鳴めいた指示に従い。モールはショウを運び、ショウは電撃を放つ。次々浮かんでくる魚たち。しかし2メートル級の魚はいない。
「えっ、そんな……」
オフェンが魚群探知機を確認すると、2メートルの魚はまだ泳いでいた。近くにワイヤが垂れ下がっているのも確認できる。
「ちょっと待てよ」
ディフェンは顔を曇らせて、何やらリングを操作する。
「いったん戻ります」
ワイヤは15キロ以上あり、ずっと持ち続けるのは辛いのだ。ワイヤを湖に引きずり、ショウとモールが船に降り戻ると。
「姉さん! ロンバイルクジは電気に強いみたいなんだけど」
ディフェンが恨めしげに告げた。
……
「……ということはこの魚は、きっとロンバイルクジなのね」
ディフェンの恨み言は、歯牙にもかけず。オフェンは探知機の映像を見つめて唇を噛む。水深150メートルあたりをゆうゆうと泳いでいる。すると。
「試してみますね。アイス!」
突然ショウが湖に右手を伸ばして魔法を行使する。しばらくして湖からパッカぐらいの――直径5メートルほどの――巨大な氷が浮き上がった。その余波で小舟が激しく揺れる。「きゃっ」「おっと」と声を上げる姉弟。2人ともライフジャケットを着てはいるが、基本的に水に浮かないので落ちたくはない。
「やるじゃない。ロンバイルクジを氷で捕獲するのね」
声を明るくするオフェン。
「そうなんですが、距離感がつかめません。今のがどれくらいの深さを凍らせたのか、さっぱり」
思案げに氷を見つめるショウ。狙ってみたのだが、氷は空だった。
「あー、それなら」
オフェンが何やら探知機を操作し、もう一度とショウに促す。
「アイス!」
すると、探知機の映像に白い塊が現れるや、みるみる上昇を始めた。
「温度情報を追加したのか。今ので120メートルだね」
ディフェンがなるほどと声を上げる。
そうしてショウの氷がロンバイルクジを包み、オフェンが魔法で氷の一部を溶かしてリングに認識させハンティング図鑑への登録を確認する頃には、すっかり日は沈んでいた。




