余波
シンガルにある古代人が大拠点の、ある一室。
「AIからのエスカレーションかあ。こんなのいつ以来だろ?」
「ちょっと覚えないねえ。『戦力調整仕様の見直し要請』とな」
珍しいシステムメッセージの発生に、当直の運営担当者たちが盛り上がっていた。
「ふみふみ。……これは『怪人イベントで普通じゃない原生人が現れた、今後どうするか決めれ』って言ってますね」
「映像ログを見てみるべか」
遠隔操作されているかAIにより自律動作しているかを問わず、ボディの――古代人であったり、原生人であったり、怪人であったりするのだが――五感情報などは、すべて運営に記録されている。
「あー、これはないわー」
「想像を遥かに超えていた件」
ディスプレイには、妖精に吊られて空を飛ぶ原生人が映し出されていた。その原生人が腕を伸ばすと、アカイ種たちの足に泥がまとわりついて動きを鈍らされ、電撃で武器を手放させられ、どこからともなく現れた縄に拘束されていった。
人一人を持ち上げる妖精など見たこともないが、こちらはまだなんとかあり得るように思える。といってもかなり苦しいが。しかし、対象に直接、物体を複数現出させる魔法を駆使する原生人、これは無い。これまで魔法で現出されてきた現象の範囲を、大きく逸脱している。
「企画担当は頭痛いだろうなあ、この原生人の扱い。さすがに怪人の襲撃対象に加えるわけにもいかないでしょ。戦闘中は拘束するってのが手っ取り早そうだけど、空飛ぶんだもんなあ」
「それもあるけど。調査隊、どうしてこの原生人を捕獲しようとしないんだろ?」
ファー銀河連邦では特定の宙域にのみ偏在する様々な「素」が発見されている。魔素もそうした「素」の1つなのだが、魔法で実現できることに経済的、産業的な価値が見出されていないため、その調査研究は細々とした規模で行われていた。その費用はオフェンたちが興じているゲームの収益から拠出されているという程度の扱いである。もっとも学者たちの取り組みは真摯であり、彼らは必要とあれば魔素を扱う野獣、猛獣、そして原生人を捕らえて実験材料にし、場合によっては解剖することも辞さない。ショウもその対象となる可能性は十二分にあった。
「あー、原生人を捕獲するのは気が進まないっすよね。彼はどこに向かってるんだろ?」
「姫との会話ログで分かると思われ」
瞬時に「芳香姫」オフェンの音声ログが分析され、シンガルに向かっていることが判明する。
「それで観察に留めているってところかなあ」
調査隊と運営とではアラート通知基準が異なる。彼らの推測どおり、調査隊はとっくの昔にショウをマークしている。
運営の彼らは、嫌な仕事が発生するにしても先になるとみて、ひとまず安堵した。
……
白い空間。
「どうしようかなあ。まあ放っておくか」
翔一はショウの存在を中の人たちの記憶や記録から抹消するかどうか一瞬迷ったが、放置することにした。ショウの能力は向上しており、この先もその目をかい潜って活動し続けるのは窮屈だ。何が起こってもどうにでも対処できるしと、未来の自分に先送り。今はそんな些細なことよりも――
剣呑に対峙するローリーとワタカシ雄。
ローリーは腰を落とし、中段に長槍を構え。
ワタカシ雄は前に屈んで、嘴で器用に剣を咥え。今宵の大きさは人間サイズ。
「きゅうしょ、さんだんづきー!」
地を蹴り、胸を弾ませ、ローリーが槍が瞬時に三閃!
しかし。
三度響く、金属音。
事もなくいなしたワタカシ雄は、口角を上げ目を細める。
ローリーの突きはディフェンよりも遥かに速い。それでも躱す、ワタカシ雄。縮小されていても、さすがは大怪獣である。
「ピィーヒュルルー」
ワタカシ雌も、惚れ直したわ、と鳴いている。今夜はバサバサと激しく営まれる予感。
翔一は何気に見ごたえのあるチャンバラごっこに、惹きつけられていた。
……
「怪人は遺跡の技術で身体強化した古代人なんだ」
竹林を抜けて、山間の田園地帯に入り。15時を回ったがこの季節の日はまだまだ高い。
ディフェンはショウとパッカランを並べ、結社や怪人についての質問攻めに答えていた。オフェンは先頭に立って、獲物がいないかときょろきょろしている。このような人里近くで野獣、猛獣のたぐいが出るわけ無かろうにと、ディフェンには姉の仕草が滑稽に映る。
「結社は古代人の組織なんですね?」
「そうだろうね、分かってはいないけど。少なくともやつらの拠点は、奪われた古代人の拠点だ」
ゲーム運営のAIが仕切っているなどとは、ショウには説明できない。加えてディフェン自身は結社側についたことがなく、具体的な設定を把握していない。魔法が強力な怪人になれるのなら姉から強制的に結社活動イベントに参加させられていただろうが、姉のデラ・ヒュマン種以上に魔素を扱える怪人種は存在しない。
「あの空飛ぶ、くるま?、も、古代の遺物ですか?」
「マルチコプターのことだね。大抵の拠点に数台はあるんだ。もう生産技術は失われているんじゃないかな」
言いながらディフェンは先ほどの戦闘イベントを振り返る。怪人戦で戦闘不能という形で決着が着く前に、運営が介入してきたのは初めてだった。明らかにショウとモールの存在が原因であろう。今後の怪人イベントは、どう戦闘バランスが取られるのであろうか。パラライザー――麻酔銃――が持ち込まれることもあり得るか。逆にショウたちと同行している間は、襲われなくなるのかもしれない。
「言いづらいですが、怪人の言い分も分かるところがあるんですよね。その、もっと古代人の技術を原生人に提供すれば良いのにと思うことはあります」
「提供できるものは全部提供していると思うんだけどなあ。確かに、もう生産できない施設や機械は独占しているけれど。乗り物とかは、貸与できるほどの数はないんだよ」
これもまた嘘。実際は調査隊とゲーム運営の都合で、さじ加減は調整されている。
例えば、糞尿にまみれた路地を通りたいユーザーなど稀なので、どの国も上下水道は整備され、公衆衛生は高い水準に保たれている。一方で武具などは、魔法が有力な攻撃手段であり続け退化しないようにと、発展が抑制されている。ヒト・モノ・情報の流通も同様。ゲームイベントに不確定要素が入り込まないように、またプレイヤーである古代人の収入元になるようにと、管理されている。魔素石の採掘など原生人に任せたほうが効率的な作業もあり、古代人側も現地通貨を稼ぐ手立てが必要であった。
「怪人も死んでも復活できるんですか?」
「どうなんだろう。僕は同じ怪人に襲われたことはないけど、できると思うよ。……何だかショウは結社側に共感しているようだね?」
「いえ、殺人集団に共感するなんて、そんなことあるわけありません」
「それは良かった。ただ危険だから、今後は逃げるようにして欲しいんだけど」
そうこう話をしているうちに宿泊予定の古代人拠点に着き、ほっとするディフェン。ショウの追求は妙に理知的で、サスコ国の浮浪児だったとは思えない。神経がすり減らされる。今回もなんとか誤魔化せたかなと、大きく伸びをした。
……
「3、2、1、……」
4機のドローンカメラに囲まれた2人の女子が、笑顔で手を振る。
「ありがとうございました! これ一生の宝ものにします!」
オフェンは慣れた手付きで人差し指を動かし。多要素生体サインを付加した立体動画データを渡す。これ以上あるだろうかという笑みを浮かべて、スタグはそれを受け取った。
立体動画などカメラ1つあれば撮れるが、スタグはそんなAI推測の混ざったフェイクデータでは満足できない。この撮影のためだけに、プロ御用達のカメラを購入している。
ログオフした後、オフェンとディフェンは数ある休憩コーナーの1つでスタグと待ち合わせをしていた。フルダイブセンターには数万人のプレイヤーが出入りをする。休憩コーナーだけでも数百とあった。なおビトルは来ていない。スタグ曰く、普段は同じチームのメンバーで一緒に旅をしているが、リアルでの面識は無いとのことだった。
その話に続けて。あの怪人戦もビトルがディフェン襲撃イベントに応募して当選し、軽戦士である自分が牽制役に適任とチームの中から選ばれただけだと、熱弁を振るう。彼女にとっては、姉弟を襲撃したことについての重要な弁明であった。
会ってみるとスタグは、オフェンも採取ルームで見かけたことがある、一回り年上の女性だった。それがこうも低姿勢プラス憧れの視線で見つめられると、慣れているとはいえオフェンも調子が狂う。
「それにしてもさすがオフェンさんです。ゲームでもあんなレアイベントをこなしているなんて」
「えっと、なんのことだっけ?」
あえてタメ口のオフェン。装備が極レア揃いである自覚はあるが、イベントには心当たりがない。
「あの喋る妖精と、すごい魔法を使う原生人です。どういう発生条件だったんですか?」
「あ、ああ。モールとショウのこと? 正しくは分からないけどノスコ国で大怪獣ワタカシに襲われて、攻撃をしのいでいたら助けに入ってくれたの」
イベントではないのだが、オフェンはあったことを正直に話して取り繕う。レアイベントの発生条件など、通常は軽々しく他人に話すものではないのだが。
「ええ!? 大怪獣の攻撃を何度もしのぐのですか? そんなことオフェンさんとディフェンくんじゃなきゃ、できるわけないじゃないですか!」
そう、この場合は発生条件が厳しすぎて、公開しても違和感を持たれることは無かった。
スタグはまだまだ話を続けたかったが、車椅子に座るディフェンの疲れた様子に気づき、動画データを抱きしめ、深々とお辞儀をして別れを告げた。
そうしてのち。
ノスコ国側の古代人傭兵たちが次々と戦線を離脱し、大怪獣ワタカシに挑んではその餌食になった。ついにはこれが原因で戦争イベントはサスコ国側の勝利に終わるのだが、それはオフェンのあずかり知るところでは無い。




