襲撃
「午前の調査はどうだったのよ?」
旧都ノスキャ市の郊外に出て。モールもどこからともなく合流し。
オフェンはパッカランをショウの横につけて尋ねた。なんだかんだ言って、魔法向け素材調査の結果が気になるオフェンである。ディフェンが吹き出したのには、一睨み。
「アスタリウムが物素変換しやすいのでは、という結果になりました。分からなかったこともありますが」
モールが送ってくれる冷風が心地よい。一息ついたショウは説明を続けた。蒸し暑さはこの昼過ぎからの数時間がピークである。
ショウがタルスの鍛冶場におもむくと、武具の評価をするために使用しているという裏庭に案内された。そこには多数の秤が並べられ、さまざまな素材が載せられていた。魔素講習会の後、アキン国際商会の協力も得て急遽用意したのだという。そこで魔法を行使して、どの素材の重さが軽くなるのかを調べるという寸法だ。
「アスタリウムねえ。ふーん……」
オフェンは怪訝そうに相槌を打つ。古代人の調査結果とは異なるからだ。もっとも、使う魔法によって、変換されやすい物素が異なることは分かっている。固体を生成するなどという魔法はショウ以外に使える者はいないので、一致する結果がなくても不思議はない。
「分からなかったことっていうのは、何なんだい?」
ディフェンもショウの横、オフェンと反対側にパッカランをつける。「あんただって興味があるんじゃない」とオフェンが毒づくが、素知らぬ顔。一行は主街道を外れ、竹林に囲まれた裏街道に入っていた。3騎が横に並ぶには、やや窮屈な野道である。
「重量の変化が一致しなかったんです」
現出させた武具の重量に比べて、各素材から減った重量の和がけっこう少なかったと、ショウは説明する。地面や空気の物素も素材になっていると考えられるが、物素のどのような状態が変換に影響しているのかまでは、突き止めることができなかった。
「なーんだ、まだぜんぜんじゃない」
「時間もなかったですからね。でもミリマ市で、この実験を踏まえた装備を用意してくれるそうですよ」
ミリマ市というのはタキュ帝国の一大工業都市で、旧都ノスキャ市から東北東に400キロのところにある。タルスが自身も所属する鍛冶一派に連絡を入れ、魔法支援装備を試作する手はずを整えてくれた。アキン国際商会も、内陸方面の支社はノスキャ市までなのだが、費用の面で協力してくれている。
苦笑して、ショウがそう説明すると――
「変な奴らがいるよ!」
モールが3騎の前に飛び出るや振り返り、止まれとばかりに手足を大の字に伸ばして、パッカランたちを制した。
……
竹林から武装した2人が現れ、道を塞ぐ。ショウはその姿に驚いた。頭につのが、そして腕が4本ある。
「パフタジー!」
パッカランを降り、すぐさま2本の杖を構えるオフェン。
「怪人がこんな中央まで侵入しているのか!」
同じくディフェンも降りるや、パッカランの前に出て。左肩のジョイントから外れてずり落ちる大盾を器用に左手で掴み取り、背からは右手で槍を外して握り締める。
ショウも降りようとしたが、ディフェンにさえぎられた。
「古代人が最強の1人、ディフェンとその仲間とお見受けした。我はパフタジーのビトル。2人にはここで死んでいただく」
1本角の男が、2本の大剣を構えて宣言する。腰辺りから生えた腕は、小槍と小盾を持っている。体全体は黒光る装甲を装備して、いや、装飾のたぐいが見当たらない。その装甲は外骨格のように見えた。
「同じくスタグ。逃げられはしないわよ」
2本角の女は、2本の小剣に杖と小盾。ビトルと同じく黒い装甲に覆われているが、胸部は女のように膨らみ、はたして話し方は女のそれであった。
「あー、頭にくる。私は大魔導師オフェンよ。何よ、そのディフェンのおまけみたいな扱い。丸焦げにしてあげるわ!」
両方の杖の先に、火の玉が灯る。
「ショウ、あいつら怪人は、原生人は襲わない。主街道に戻ってミリマ市に向かってくれ。必ず追いつく」
ディフェンはビトルとスタグから目を離すことなく、ショウに淡々と語りかける。受けるショウは、またこのパターンかと、釈然としない。
「その通り。我々パフタジーは、遺跡を古代人の独占から開放すべく活動する結社。いわば原生人の味方だ。おい、道を開けてやれ」
ショウのための説明ゼリフを語り終えると、ビトルはその視線を、ショウたちのさらに後ろへと向ける。ショウが振り向くとそこには4人のアカイ種らしき男たちがいた。装備こそまちまちだが、一般的な原生人の兵装だ。「ハッ!」と声を上げ、2人ずつ端に寄って、道を開ける。
「行け、ショウ!」
ディフェンはそう言い、さらに一歩前に出る。怪人たちへの牽制だ。しかし。
「僕は支援します」
モールと視線を交わすやショウはそう言い、上空に飛び上がった。
……
「くっ、原生人を盾にするとは卑怯なっ」
言いながら焦るビトル。怪人を前にして立ち向かってくる原生人など聞いたことがない。殺したら死んでしまう。しかも空を飛ぶとか。
「盾になんてしてないんだけど」
空を見上げながらも、無粋に突っ込むオフェン。怪人も困るだろうな、とは思っている。こういう面倒な状況はディフェンに丸投げだ。
古代人は死んでも復活できる。ただその際には重い罰則を課せられるのだが、いくつか免除されるケースがあった。代表的なものが戦争イベントでのプレイヤー対プレイヤーの戦い(PvP)による死亡。先のサスコ国とノスコ国の戦争も、そうしたイベントの1つである。そしてもう1つが、今繰り広げられている結社活動イベントによるPvPでの死亡。タキュ帝国のような大国、特にその内地では戦争は起こり難い。そうした地域では結社が組織され、怪人対古代人という形でのPvPの舞台が用意されていた。
そして結社活動イベントの場合、ユーザースキルも勘案された上で、標的の古代人の戦闘力に応じた怪人に扮することができた。普段は古代人として冒険しているユーザーでも一時的に結社に参加することができ、怪人イベントの人気はとても高い。オフェンのような最強クラスの古代人への襲撃ともなれば、超一級の怪人になることができるのである。
なお古代人プレイヤー側は結社襲撃イベントのオン・オフを選択でき、デフォルトはオフ。戦闘狂のオフェンは無論、オンに変更している。弟ディフェンは、戦術が重要になるPvPを戦術幅皆無の姉と組んで行いたくはなかったが、オフ設定にすることなど許されるはずもなかった。
「ショウ、無茶はするなよ」
ディフェンは上空のショウに声をかけつつ、このイベントの扱いがどうなるのか気にしていた。ディフェンといえど、戦力調整されている対怪人戦の戦績は五分五分だった。ショウが加われば勝ちは硬い。だが原生人が戦いに加わるケースは、経験したことがない。後ろのAI操作のアカイ種4人が、どういう行動を起こすものなのかは、読めなかった。
「お、おのれ、こちらが古代人を攻撃できないと知って利用するか」
スタグも罵るが、内心は別の件でひどく焦っていた。彼女はリアルでオフェン同様に自身の分泌物を提供する仕事をしているのだが、その格はBクラスだった。そんな彼女がゲームの中とはいえ襲撃した相手の1人が、あのオフェンだというのだ。それはアマチュアスポーツ選手が、レジェンドの中のレジェンドなプロスポーツ選手に遭遇したような状況。畏れ多くて、どう振る舞えばいいのか分からない。
四者四様の思惑が交錯する中――
「ボクたちは後ろの4人を抑えるよー」
モールの声が空から降ってきた。
……
モールの声に安堵する4人のプレイヤー。一陣の暑い風が、野道を吹き抜ける。
「任せたっ」
ディフェンは言うが早いか、一気に間合いを詰めビトルに槍を繰り出す。
「ファイヤー!」
オフェンも、スタグに火の玉を放つ。
ディフェンは最初の数撃で、怪人ビトルに勝てると踏んだ。補助腕の動きが綺麗で、AIによるオート操作に任せていることが分かったからだ。4腕怪人の補助腕を自在に動かすには、相当のプレイヤースキルが必要。それをこなせるユーザーが相手となると、ディフェンも苦戦を免れない。しかし高性能怪人の力を引き出せない相手であれば。
「急所三段突き!」
ディフェンの槍が、ビトルの右肩関節を襲う。最初の一撃が規定のクリティカルポイントを捉え、後の二撃も寸分違わず追撃する、ディフェンの得意技。この技が有効判定になると。
「ぐっ、右腕が動かない」
ビトルの右腕がだらんと下がり、剣を落とす。システムルールが適用され、ビトルの右腕が一定時間操作不能になったのである。
「怪人の性能だけでは、僕には勝てないですよ」
補助右腕による小槍の突きを軽々と交わす、余裕のディフェン。手動に切り替えても、リアルとは可動域の異なる補助腕を、早々に使いこなせるものではない。左腕の大剣も、補助左腕の小盾と干渉して振るえていない。
「これほどとは……」
ビトルとて事前に、過去の怪人対ディフェンの戦闘ログは研究していた。当然、難度Hの「急所三段突き」も警戒し、早速来たかとかわしたつもりであったのだが。
ディフェンのプレイヤースキルが高いのには、持ち前の運動神経以外にも理由があった。フルダイブシステムは、脳の神経パルスを読み取ってボディを遠隔操作する。その際プレイヤーは少なからずリアルの身体も動かそうとしてしまうため、システムは中和する神経信号をリアルの四肢に送る。この信号は脳にも若干逆流し、脳に不要なフィードバックを返すことになってしまうのだ。しかし現在右半身に麻痺があるディフェンには、右半身の動作についてはこの副作用がほぼ生じない。僅かな差ではあるのだが、「急所三段突き」のような精緻な動きを要する技で、この違いは大きかった。
……
「そっちから襲っといて何よ。やる気ないの?」
オフェンは苛立っていた。スタグの動作が緩慢で、手応えが無いからである。怪人の強固な外骨格がなければ、すでに勝負はついている。
「ぐぬっ。いい気になりおって」
返すスタグだが、その声は弱い。憧れのオフェンの不興を買いたくはないのだが、緊張で体がすくんで思うように動かせない。魔法一辺倒、すなわち遠距離攻撃一辺倒のオフェンに対して、スタグはその機動力を生かして接近戦を仕掛けなければ勝機はない。しかし今は、AI動作による補助左腕の小盾で、魔法を防ぐのがせいぜいの有り様だった。同じくAIによる補助右腕が魔法を放っているが、オフェンは★5アイテムのバリアで弾いて避けようともせず、牽制にもならない。
ディフェン襲撃に際し、ビトルとスタグはともに超一級の怪人になれたことが不思議であった。自分たちの技量が中級レベルであることは、自覚している。そうであったとしても、二人とも超一級怪人にならないと対抗できないほどディフェンは強いのかと感嘆したのだが、それは違った。能力評価がディフェンに数段劣っていたので精査を怠っていたが、このオフェンもアイテム込みなら最強の一角なのだ。どれだけ課金しているのかとドン引くのは置いておくとして、尽きぬバリアを前に戦う術が見えない。手が詰まり、こまねいていると――
「こっちも手伝おうかー」
モールの声が再び降ってきた。
……
モールの声に動きが止まる4人のプレイヤー。一陣の暑い風が、またも野道を吹き抜ける。
「なっ」「えっ」「やるわね」「やるな」
4人がパッカランの後ろを見やると、アカイ種たち全員が武器を取り落とし、互いに縄で縛られてもがいていた。アカイ種4人はパッカランでの逃亡を阻止する足止め要員でしかなかったが、それでもそれを倒すでもなく無力化するというのは並外れている。ショウとモールが古代人級の力を持っていることは明らかだった。
最強クラスの古代人2人に加えて、空飛ぶ原生人、喋る妖精。ビトルとスタグは顔を見合わせる。もはや勝ち筋が見当たらない。思わず後ずさりすると――
左右の竹林が騒々しくざわめき、大きく薙げ始め。
上空に2台の乗り物が現れ、土煙を上げながら地表に降りてきた。
……
それはオープンカーの四方にプロペラを取り付けたような、マルチコプターであった。
「ここは引きましょう!」
怪人側でマルチコプターをホバリングさせている、ウサミー種の女が声をかける。
アカイ種側も、同じくウサミー種の男が、こちらはマルチコプターを飛び降りて刃物で縄を断ち切り、アカイ種を開放している。
「逃さないわ!」
オフェンが怪人側のプロペラを狙って、火の玉を放つ。しかしそれはバリアで弾かれた。ディフェンはもうこのイベントの収拾をつけたいので、手を出さない。
「今日のところは引き下がりましょう」
そう言って、マルチコプターに飛び乗るビトル。
「だが、我々はいつか古代遺跡を開放してみせる」
スタグも言うが、マルチコプターには乗らず、逆にオフェンににじり寄ってくる。
「何よ」
再度杖を構えて警戒するオフェン。
「(ワタシ オフェンサン ノ ダイファン ナンデス。コンド リアル デ サイン ヲ クダサイ)」
ショウだけは聞き取れない言葉を発すると、スタグはペコンとお辞儀をして、今度こそマルチコプターに飛び乗った。
再び竹林をざわつかせ、高々と飛び去っていく2台のマルチコプター。
ショウは唖然として、ディフェンとモールはホッとして、オフェンは仕方がないわねとどこか上機嫌で、それらが空に消えていくのを見送った。




