回復魔法
ショウはパッカランに乗って、寂れた街道を進む。
いつしか前にオフェン、後ろにディフェンという並びになっていた。横にはモールが飛んでいて、ずっと涼しい風を送ってくれている。魔法を使っているのだろう。オーア大陸に入ってから蒸し暑さが増しており、その気遣いがありがたい。アプシー市支店長ブラマの話によれば、高原都市プレサン市に入れば過ごしやすくなるとのことだったが、まだ1000キロ以上先であった。
一行は主街道よりずっと人通りが少ない裏街道を通って、旧都ノスキャ市に向かっていた。オフェンたちが狩りを行うためである。ここまでの道中では、チェリ本島で猛獣ジャヨーテの群れを蹴散らして以降、狩りらしい狩りはしてこなかった。タキュ帝国は強大な軍事力を保持しているが国土も広大、都市を数キロも離れれば野獣や猛獣は生息している。モールがいればショウはいつでも空に退避できるので、オフェンは心置きなく狩りをする気でいた。
ショウが1人でのパッカラン騎乗に慣れた頃。路肩に止まっている1台の荷馬車が、目に入った。2人の男が荷馬車を後ろから押している。
「どうしたのかしら」
先頭を行くオフェンがパッカランを止め、男たちに話しかけた。ショウとディフェンもならって止める。
「私はこのあたりで商いをしているワンエと申します。それが突然現れた野獣にパッカが驚いて道を外してしまい、往生しているところでして」
そう御者台から降りてきた男が答えた。後ろの2人より身なりが良い。近隣の町に行商に出向くところの商人ワンエ、使用人のピソードン、護衛のリイという一行だった。3人ともアキンのように顔や手足が毛で覆われていたが、全体的に丸っこい。グリン種だ。以前ショウはアカイ種のアキンを目にしたときにキツネのようだと思ったが、このグリン種はタヌキのようであった。
「しょうがないわね。ディフェン、押してあげて」
オフェンはそう言って手綱を操り、道を開ける。「はいはい」とディフェンはパッカランを降り、荷馬車の後ろについた。古代人の力は、原生人よりはるかに強い。ワンエは「助かります」と再び御者台に戻って、パッカの手綱を握る。ディフェンの左右にピソードンとリイがついて、3人が掛け声をかけると――
「ショウ、危ない!」
商人たちから身を隠していたモールが現れ、ショウに体当たりをした。
……
パッカランの上でバランスを崩し、のけぞるショウ。その頬を何かがかすめ、オフェンに突っ込む。
「亜怪獣カーカ!」
とっさに右腕で身を隠し、叫ぶオフェン。カーカがそのくちばしでオフェンを襲うが、衝突際に光が輝き弾き飛ばされ、そのまま宙に舞い上がった。
「オフェンさん!」
オフェンはパッカランから転げ落とされたが、しかし。起きざますぐに2本の杖を構え、空を見上げる。その無事そうな様子を確認したショウも、パッカランを降りて空を見上げると、そこには十数羽の黒い鳥が、どれも体長は50センチ以上はあろうか、弧を描いて舞っていた。
「みなさん、荷馬車の下に隠れて!」
ディフェンがワンエら3人に声をかける。パッカが怯えて暴れているが、荷馬車が路肩にはまって動かないのが、この場面では幸いしていた。
カーカが散って二手に分かれたかと思うと。次々にオフェンとディフェンを襲う。亜怪獣は古代人しか狙わない、のだが。
「ピソードン、早くもぐれ!」
護衛のリイが使用人ピソードンをかばいながら、向かってくるカーカに火の玉2つを放ち、牽制する。
「攻撃してはだめです!」
ディフェンが慌ててリイに大盾をかざし、矛先を変えたカーカの攻撃から守る。自身は無防備にカーカの攻撃にさらされる。重装備が鈍い音をたて続ける。
「ぐぅ」
リイは手傷を負ったようだ。3人はなんとか荷台の下に潜り込んだが、血しぶきが飛んでいた。亜怪獣は攻められれば、原生人であろうとも攻撃をする。ただでさえ乱戦のため巻き添えになりかねないのに、状況を悪化させてしまった。
「なっ、よけられる!」
ショウは、というと。オフェンの周りに、ワタカシ戦同様のとりもちを生成していたのだが、ことごとくカーカに避けられていた。カーカは片翼の空間を歪ませたかと思うと、クッと飛行軌道を変えるのだ。魔法なのだろう、何かを放ってその反動を利用している。
「ファイア・ストリーム!」
オフェンが自身の周辺に炎を上げて振りまく。炎がかすめたカーカは鳴き声を上げて空に舞い戻る。当たれば効果はある。
「姉さん、距離を取るぞ!」
商人ら3人の避難を見届けたディフェンはオフェンに駆け寄り、荷馬車から距離を取る。単体では亜怪獣の中でもかなり弱い部類に入るカーカといえど、荷馬車への避難は気休めにしかならない。これ以上巻き添えにしては危ない。
「分かってるわよ」
オフェンはカーカの攻撃を★5アイテムのバリアでしのぎつつ、弟に従う。
……
「今だ、姉さん!」
「ジェット・ファイアァァァ!」
ディフェンが構えた大盾と、ショウが現出させたとりもち壁の隙間を縫って、オフェンの2本の杖から放たれた炎が激流となってほとばしる。
瞬時に飛行軌道を変えてみせるカーカに、攻撃を当てるのは簡単ではない。そこで3人はカーカの侵入経路を狭め、誘導する作戦に出た。
3羽のカーカが地に落ちる。しかしがら空きの方位からは、カーカの攻撃を許してしまう。オフェンのバリアは絶え間なく光り続け、ディフェンの防具も傷だらけになっていく。この姉弟2人だけのチームは、数で攻めてくる敵とは相性が悪い。それでもなんとかカーカの数を減らしていくと、カーカの群れは退散していった。
離れた場所から支援していたショウが2人に駆け寄ると、ディフェンは体中のそこかしこに血をにじませていた。
「ヒール……」
片膝を着いたディフェンが、右手を傷口にかざして治療を行う。
「ディフェんさんも魔法を使えるんですね?」
意外そうに声をかけるショウ。ディフェンとは魔法や魔素について話をしたことがなかった。モールから魔素鑑定を受けたこともない。
「あ、ああ、これは古代人固有の魔法でね」
目をそらして治療を続けるディフェン。
「その魔法、魔素を使わないんだね」
モールがショウに補足してみせた。もちろんディフェンの回復魔法の正体を分かっている。この魔法は所定の手順を踏むことで、ナノマシンによるボディ修復をうながしているだけだ。同様のからくりで、古代人はアイテムによる疑似回復も行うことができる。オフェンなどは★5級の回復アイテムを多数保持している。
そうこうしていると。
「申し訳ありません。護衛のリイの傷が思いのほか深くて、手を貸していただけないでしょうか?」
戦闘が終了したと見て荷馬車の下から抜け出てきたのであろう商人ワンエが、助けを求めてきた。
……
ショウらがパッカ車に戻ると、ピソードンに見守られる中、リイが苦しげな顔で横たわっていた。応急処置をされたのであろう、右手を布で吊っていたがそれはすでに真っ赤に染まっている。
思わずショウはディフェンに振り返る。
「古代人の回復魔法は、原生人には効かない……」
ディフェンは首を横に振って、そう言う。
「急いだほうが良さそうね。パッカランで近くの町まで連れて行きましょうか?」
オフェンがワンエにそう提案すると――
「ショウなら魔法で回復させられると思うよ」
ワンエたちは妖精が喋ったことと、その言葉の内容に驚いた。
……
布を外し現れた患部から、思わず顔を背けるショウ。思いのほか深く肉がえぐれている。医療の知識は何もないが、むしろこの程度の出血で済んでいるのは、致命的な血管が無事なのだろうなと思えた。
「奥から順に傷を塞ぐよう、リイさんの体に働きかけるんだ。ごめんね、ボクはヒト種の体をうまくイメージできない。でもヒト種のショウならきっとできるはず」
モールの話にあいまいにうなづくショウ。自信はないが、やってみる価値はあるだろう。ワンエとピソードンもすぐに妖精の物珍しさなど忘れて、祈るように見守っていた。
「ヒール……」
ショウは患部に両手をかざして、傷の回復をイメージする。炎や、とりもちや、水や、槍と、きっと同じだ。魔素がイメージを相手に伝えてくれる。相手は意を汲み取って結果を現出させてくれる。回復も同じだと信じ、魔素を送る。すると。
動画を逆再生するかのように。リイの傷口がふさがり、出血も止まった。




