フラム・デ・オフェン
「おはよう、モール」
ショウは古代人拠点近くのちょっとした空き地で、短剣の素振りをしていた。アキン国際商会のバスから教わった剣の型を、旅のあいだも時間を見つけては練習をしている。ただこの日も朝からとても蒸し暑く、つぎからつぎへと汗が吹き出て、その不快さには閉口していた。
「今日も熱心だねー」
どこからともなく現れたモールが冷風を送る。ショウ自身は冷風のイメージができていないのか、この魔法を現出させることが思うようにできなかった。
昨日はあれから商人ワンエらのパッカ車を最寄りの町まで見送ったあと、ショウはこの古代人拠点に寄って宿泊していた。道中、アプシーの宿は蒸し暑く思うように寝られなかったとこぼしたところ、オフェンが古代人拠点に泊まると良いわと勧めてきたのだ。古代人拠点にも緊急用なのだが原生人向けの部屋が2、3あるのよと、泊まれるよう掛け合ってくれた。当初フロントは難色を示していたようにみえたが、オフェンがリングを提示するとあっさり認められたのが印象的だった。そして案内された部屋は空調が効いていて、とても快適だった。涼しいのはもちろん、空気が美味しい。残念ながらこの空調設備の製造方法は失われており、原生人に展開するのは困難だという。
剣の練習を一通り終えると、ショウは続けて魔法の練習を開始した。出発は昼過ぎ。船のように便数の少ない交通機関を利用する場合は例外として、旅中はずっとこの日程で行くとオフェンから告げられていた。ショウとしてもどうしてもと急ぐ旅ではなかったが、このスローペースぶりは不思議であった。毎日所用があり午前はその時間に充てたいと言われれば、そういうものかとは思う。ショウも空き時間があればあったで、やりたいことはある。いつまでも狩りで2人の足手まといにはなりたくなかった。
ショウは温めている魔法のアイデアを、いくつか試し始めた。
……
「おはよう、ディフェン」
「おはよう、姉さん」
家族長期滞在者向けスイートルームの一角。ディフェンが朝食を取り始めていたところ、遅れてオフェンがやってきた。あちらこちらに小さな孔が付いた特殊なシャツとレギンスを着ている。オフェンがルームサービスロボに、仕事用に成分調整された朝食の用意をオーダーしていると。
「あっ……」
ディフェンが植物粉を練り固めて焼いた食べ物を、バスケットから取り損なって落としてしまう。
「拾うわ」
しゃがんでテーブルから落ちたそれを拾い、寄せるオフェン。ディフェンを咎めたりはしない。
「すみません、姉さん」
「いいのよ。ずいぶんと回復したじゃない」
ディフェンの右手は――その手はウロコで覆われてなどはいない――少し震えている。試合中の事故で首から背骨を痛めて以来、右半身を思うように動かせない。発達した医学をもってしても神経系の外傷は、容易には治療できなかった。成長しきった中高年であれば短期に治療可能なのだが、ディフェンはまだまだ成長期、身体の成長に合わせた神経系の回復が必要でどうしても期間を要する。現在ディフェンはようやく脳神経から直接制御する介護機器を身体から外し、現在は生身でのリハビリに取り組めるようになったところ。移動は今も座っている車椅子に頼っている。
「それじゃ、お仕事してくるわ」
仕方がないとはいえ、あまり美味しくはない調整食を食べ終えたオフェンが席を立つ。そのスタイルはボディと違って、大きくて控えめだ。長身コンプレックスを公言するオフェンがボディの背を低くカスタマイズしたのは理解できるが、胸部を大きくしたのはなぜだろうか。まあ、まだまだ、成長の余地はある。ディフェンは突っ込んで良いことと悪いことを弁えている、文武両道の優等生アスリートであった。
「いってらっしゃい」
ディフェンも午前中に受講を進めておきたい。今日取り組む講義は「HYH理論の実用例 銀河間通信と跳躍航法」だ。
……
オフェンは部屋を出ると、同じ建屋に併設されている採取ルームに向かった。すれ違う人々からときどき憧憬の視線を向けられるのは、彼女にとって日常である。
最後のエレベーターを降り廊下を少し歩いてルームに着くと、何人かがランニングをしている。オフェンにとっては朝だが、地域によって時差がある、1日のサイクルはプレイヤーによってそれぞれだ。軽くストレッチをして体をほぐす。
オフェンは空いている小部屋に入り、衣服の孔にチューブをつなげる。接続チェックは正常。二本のハンドルを握りペタルを漕ぎ始めると、小部屋に蒸気が立ち籠め湿度が増す。やがて肌から浮き上がった、ファー銀河連邦でも超々最高級と格付けされている汗は、次々とチューブから吸い取られていった。
……
「ショウ、行ったぞ!」
先行するディフェンをすり抜け、猛獣ピューターがショウに向かう。しなやかな身体に電気を帯電させた、四足の俊敏な猛獣だ。ショウたちは予定通り昼過ぎに古代人拠点を出立して、旧都ノスキャ市へと東進していた。
「飛ぶよっ」
ショウの背後に控えたモールが声を掛けるが、「待って」と止めるショウ。
「フロー・シールド!」
飛びかかってきたピューターの目前に、突然、銀色に輝く盾が現出する。鈍い音を立て突進を止めるや、消滅していく。頭を打ちつけ着地したピューターは、低く唸り声を上げ、再び飛びかかる。
「キャプチャー・ネット!」
今度は頭上に網をかぶせる。動きは封じたものの、しかし勢いは殺しきれず。ぶつかるすんでのところで、ショウは飛び下がる。もがきながらも、網を食い破るピューター。その隙にと、次の魔法を放つべくショウが構えると――
「ファイア・ストーム!」
オフェンの火炎放射がピューターを包み、焼き尽くした。
至近で火炎魔法を使われ、輪をかけた蒸し暑さに汗が噴き出るショウ。
「古代人は汗をかかなくていいですね」
つい嫌味が口をつく。
「んっ……」
少しの間をおいて。
「いいでしょー。原生人は身体のつくりも原始的で、気の毒なものねえ」
オフェンは嫌味に嫌味を返しながらも、涼やかに微笑んだ。
翔一 「ローリーの香水って……」
ローリー「そうよ。お気に入りなのー」




