3.誕生祭
お祭り二日目、誕生祭。
今日は公爵様夫妻とユフィ様のパレードがある。一番の賑わいになるだろう。
カリンもそのつもりで、いつもよりも早くに仕込みを始め、どんどんとパンを焼き上げてゆく。
「クロワッサンは常温発酵中、食べ歩き用はすでにオーブンの中。クリームは完成。後は……」
メモにチェックを入れながら、作業工程を確認する。
今日みたいに違う作業を同時に行う時は、しっかり確認しないとごちゃごちゃになってしまうからだった。
「あっ! グレンの仕事も考えなきゃ! せっかく来てもらうんだし!!」
目一杯働いてもらおうと、カリンは作業内容を書き出す。
「力仕事と、接客と……。あ、計算は苦手って言っていたような?」
文字に横線を引き、他の仕事を書き出す。……と、急に文字が書けなくなった。インク切れだ。
「……インクの予備は二階か。戻るのメンドクサイな」
かと言って、書かずに指示は難しい。
カリンは少し考え、ミランからもらった万年筆を思いだした。たしか、一階の引き出しに入れていたはず。
手を洗い、引き出しを開ける。ケースはすぐに見つかった。
仕事の走り書きに使うには上等過ぎる代物。だけど、日ごろから良い物を使えって言われたんだし。いいよね?
誰に聞かせる訳でもない言い訳を頭の中で並べつつ、カリンはケースを開ける。
シュッとしたシルエットが美しい黒の万年筆。アクセントに入っている金色と、キャップの上部分に施されたワンポイントのお花。細字で入れられた自分の名前すら、元々あったデザインのよう。途端、自分が出来る女になった気分。
「大切に使うね、ミラン」
ミランのお父様もありがとう。
心の中でお礼を言いつつ、カリンは文字を書き始める。
……が。
「ええー!? なんで書けないの!?」
まさかの展開である。
保管の方法が悪かったのだろうか。
カリンは慌てて胴軸部分を捻ってみる。すると。
「え、なに??」
するりと出てきたのは細く丸められた紙切れ。
紙が広がらない様にか、ご丁寧に封蝋までついている。
まさかごみではあるまい。多分手紙だ。
カリンは急かされた理由に気付き、あっと口元に手をやった。
お茶目な性格。とは聞いていたけれど。まさかこんな細工がしてあるだなんて。
「一体何が書いてあるんだろう??」
全く予想のつかないまま紙の端っこをつまむ。
しゅるしゅると思っていた以上に長い紙を伸ばしながら、カリンはゆっくりと手紙を読み始めた。
◆◇◆◇◆
誕生祭、午前六時。
街は昨日行われた前夜祭の熱気を漂わせたまま、束の間の休息に入っていた。
グレンは通りを歩いていた。
非番ではありえない程の早起きをして、カリンの店に向かっている。今日は彼女を手伝う約束だ。
カリンの店は大通りから一本ずれた、五番街通りの一番隅にあった。街の建設当時からあった森をそのままに、店がちょこんと建っている感じ。隣には妖精の泉があり、街の中にありながら不思議な感じのする場所だった。
店に到着するとアンとクリームが出迎えてくれる。
「おはよ。アン、クリーム」
「「ぴよ!」」
息の揃った返事に思わず笑ってしまう。
常連であるグレンの事を二羽は覚えてくれているのだろう。嬉しい事だ。
「カリンは……厨房、だよな」
正面の扉が閉まっているのを察したグレンは、そのまま建物の裏手へと向かう。
手入れのされた下草を踏みながら、一つ目の窓で静まり返った店内をチラリと確認し、奥へと進む。
――たしか、厨房の窓は一つだけ。
グレンは一番奥の窓を覗いてみる。
予想通りカリンがいた。
彼女はくるくると踊るように動き回っていた。こんなに朝早くから、一人きりで。とても忙しそうだった。
前から気になっていたのだが、店を一人で切り盛りするのは大変だろうと思う。朝もこんなに早いし、粉類は重いだろうし。自分が休みの日であれば手伝えるけれど、それではきっと足りないと思う。仕事量は毎日同じだろうから。
あ。パンが焼けたのか、カリンがミトンを掴んでオーブンへと走ってゆく。
彼女はグレンに全く気がつかない。
邪魔をするのは気がひける。それでも他に方法はないとグレンは思いきって窓をノックした。
カリンが振り返って、笑ってくれる。
ドキリと心臓が跳ねた。可愛いと、思わず見惚れた。
パタパタとこちらへと走って来た彼女は窓を開けてくれる。
「おはよう! グレン!」
大好きなパンの香り。同時に向けられた嬉しそうな声。
寄せられた無垢な好意にグレンの体温がじわりと上がる。
「お、おはよ」
少しどもったグレンに気付かず。すぐに扉を開けるねと、カリンは店の中へと戻って行く。
それが何故かもどかしくもあり。思わず伸ばしかけた手を見て、グレンはその手を頭に乗せる。
何を考えているんだ、俺。
心をくすぐった想いに戸惑いつつ、グレンは元来た道を引き返した。
カリンの招きで店内へと入る。
薄暗い、開店前の店の中。ぐるりと辺りを見回し、空っぽの棚を見てちょっぴり寂しくなる。完売後の商品棚。今まで何度か肩を落とした事がある。
「早くからありがとうね、グレン」
早々とお礼を言うカリンにグレンは首を振る。
「いや。ぜんぜんへーき。逆に今からどんどんパンが出てくるのかと思うとわくわくする」
「あはは! グレンらしい!」
笑いながら、カリンは戸棚を開ける。
エプロン、バンダナ、清潔なタオル。
カリンに促されるまま、グレンはパン屋の格好になった。
「もうじき『けらっとパン』が焼けるから、このタオルを使ってオーブンから出して」
「ああ。わかった」
返事をしたものの、グレンは言葉を続ける。
「『けらっとパン』なんて、めずらしいな」
けらっとパンは丸い平らなパンに、細長のウインナーをのせただけのシンプルなパンだ。
ちょうど弓なりになったウインナーが、口角を上げて笑っているように見えるから、『けらっとパン』。実に分かりやすい名前である。
珍しいと言ったのは、カリンの店の定番ではないとグレンが記憶していたからだった。
何故急にそんなパンを焼く事にしたんだろうと思いながら、パンが焼けるのを待っていると、カリンがテーブルのメモを確認しているのが見えた。
作業工程が書いてあるのだろうと思って近づくと、そこには両端に重りが乗せられたメモ紙があった。
メモにはこう書いてあった。
『万年筆をつかってくれてありがとう! 気に入ってくれた?
インクが出ない? そりゃそうさ。これは注文書入れだからね!
フタの上、天冠に描いたお花はフィソステギアというお花だよ。きれいだろう? 花言葉、調べてみてね。
そして本題! 注文を頼むよ。
(カートリッジは今度渡すから、怒らないで!!)
スィートブレッド。6個~4個
たまごサンド。3個~2個
テーブルロール。8個~1個
けらっとパン。7個~5個
最大注文数の少ない順から食べるので、そちらを上にしてほしいな。
飲み物の注文は、アイスコーヒーを四つで。
商品とメモと照らし合わせたいので、必ず持ってきてね。
配達場所は主催者準備会場。祭り中の配達になったのなら、主催者テントの青を目印に。
早めに持って来てくれるとうれしいな。よろしくね。
そうそう。我が家にあるモミジの木、今年も綺麗に色づくかな? って、家人と話をしているよ。実はカリンちゃんにはモミジ集めをしてもらいたいなと思っていてね。騎士の制服に使う染料の試作を作りたいんだ。まだ発表前だから騎士達には内緒だよ。怒られてしまうからね。
モミジ集めなら、ミランにたのめばいい? それがね、意外とあの子も忙しくて。
あの子は気付かずシャクナゲの側に行ってしまうから、心配なのもあるんだけどね。親ばかで大変申し訳ない。良い返事、期待している。ミランの父、コストナーより。』
「…………」
なんだこりゃ。グレンは呆れた。
その様子に気がついたカリンがそばに寄ってくる。
「あ、読んじゃった!? 染料の話!」
「読んだけど、内緒にしとく」
焦るカリンとは温度の違う反応。
制服の色が変わろうと、グレンには興味がなかった。
「これね、万年筆に入ってたんだよね」
「ああ。そう書いてあるもんな。注文書入れだって」
正直、半分以上雑談で注文書と言えるのか謎だが。
しかも後半、パンの関係ない用事になっているし。
「気付かないフリしても……、って、それは嫌か」
「もちろん。おかしな方法でも注文だし」
カリンはせっせと準備を進める。
そういう真面目なところも好感が持てる。グレンはお茶目を通り越して、もはや迷惑のような注文書をチラリと眺め、フッと笑った。
「配達中、店番は任せとけ」
「ありがとう! 助かる!!」
グレンが来てくれてよかったと、ニッコリ笑って言われれば、グレンも悪い気がしない。
ちょっと照れ臭くなって頬をかいた――。途端、カリンが「あっ」と声を上げる。
「顔触ったら手を洗ってね!!」
衛生管理には余念がない。
グレンは「お、おう。悪い」と言いながら、手を洗いに行く。背後で何かのメロディが流れた。しかも、いくつか同時にだ。
「グーレーン!! けらっとパン焼けたよ~!」
「わかった! すぐいく!!」
急ぎながらもしっかりと。
グレンは手を洗い、厨房へと引き返す。
大好きなパンの香りに包まれた、忙しい一日の始まりだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました(*^_^*)




