4.期待と興奮の狭間に
注文のパンを焼き上げたカリンは、グレンに店番を任せて配達に向かった。
店から出て通りを歩けば、前日より遥かに多い人の姿に驚く。まだ午前の早い時間であるにも関わらず、公爵様のパレードを見ようと、場所取りの人々が列を成し、その間を縫って、冷たい飲み物や軽食を売り歩く、売り子さんの姿もあった。
人々の声が重なり合って、とても賑やかで。
期待と興奮を胸にパレードを待つ皆の姿は笑顔でいっぱいだった。
そんな人達の様子をにこやかな気持ちで眺めつつ、カリンはパンの入ったカゴを抱えるように持ち替えた。浮かれる足をそのままに、少しだけ小走りで。目的地の会場を目指す。
早くパンを届けて、少しでも早くお祭りに参加したくなったのだ。
主催者会場に到着すると、すぐにコストナーがこちらへとやってきた。
「カリンちゃん! 来てくれたんだ」
「気がつくの遅くなってごめんなさい!」
「いいんだよ! 分かりにくかっただろう?」
コストナーは嬉しそうにカリンのカゴを受け取る。
周りには忙しく動き回る運営スタッフさんの姿。パンは彼らの軽食になるのだろう。
「奥で会計するね」とコストナーが会場の中を進んでゆくので、カリンもついて行く。
普段なら入る事のない建物の中はまだ新しく、そう言えば最近、会議用に新しく建設されたものだと思いだした。
しばらく辺りをキョロキョロしながら歩いていると、長テーブルがいくつも並んだ部屋へと辿り着く。コストナーはそのテーブルの一つにカゴを置いた。
「注文書、しっかり読んでくれた?」
「ええ。もちろん」
背を向けたまま尋ねられ、カリンは即答する。
コストナーが言葉を続けた。
「……モミジ集めは、たのめるかな?」
「いいですよ。お店が休みの時なら」
笑顔で答え、振り返ったコストナーと視線が合う。
カリンはきっとニッコリほほ笑まれるだろうと思っていた。……なのに。
「……そう、助かるよ」
気落ちしたような、元気のない声。
カリンは違和感を覚えた。
言葉では助かると言っているのに、全然そんな風に聞こえない。
ほんの一瞬だけど、コストナーの瞳が不安そうに揺れたのも気にかかる。
彼はすぐ「品物の確認をしよう!!」と声を上げた。
ニコニコ顔でカゴの中からパンを取り出してゆく。「どれもおいしそうだね~」なんて言いながら。
それはまるで、今見た表情が見間違いだったかのように。人好きする笑顔をこちらに向け、「カリンちゃんも手伝って」と穏やかな声を出す。
カリンは返事をしつつも、心に残った引っ掛かりを見失わないようにと意識する。
品物を確認している間、コストナーはずっとこちらを見ていた。
カリンが顔を上げればニコッと笑い、下を向けば少しだけ重い雰囲気を漂わせる。
雰囲気。そう。直接今、険しい表情を見たわけではない。
――思い過ごしならいい。パンの数の心配しているのだと思えれば。
カリンは下を向いたまま検品を進める。
数は多いけれど、種類はたったの四つと飲み物だけ。検品はあっという間に終わってしまった。
「――これで全部です」
「そうだね。ありがとう」
コストナーはメモを差し出した。
それを受け取ったカリンは、未だこの違和感の原因が分からないでいる。
気落ちしたような声。
不安そうに揺れた瞳。
思い返せば、返答の前も躊躇うような間があった。それなのにカリンには笑顔を向ける。
――おかしい。
自分と彼と決定的に何かが噛み合っていない。そんな気がする。
そもそもなんで、こんな面倒な注文をしてきたのだろう?
パンの種類だって、普段店に置いていないパン――けらっとパンが入っていたことも、今思えば不思議だった。
「――聞いたよ、刺繍の練習してるんだって?」
ハッと気付けば、コストナーが白いハンカチを手にしていた。
カリンは一瞬言葉を探して、「そうなんです。セシリアちゃんに教えてもらってます」と笑みを浮かべた。
お客様を前に、こんな鈍い反応はいけない。
それでもカリンが気にしたのは振られた話題だった。
コストナーは祭りの主催関係者で、今日はもっとも忙しい誕生祭の当日。
ただの世間話をするほど、彼は暇ではないはずだ。
そもそもパンの納品だって、重要な事ではないだろう。
となれば、彼の部下が行えばよい事。何故、コストナー自らが行ったのだろう?
考えれば考えるほど不自然さはそこらじゅうに転がっている。
気になった。
見過ごしてはいけない。そう直感で思った。
「僕も練習しているんだ」
コストナーがハンカチを広げた。
真っ白なハンカチに飛び石のように刻まれた文字。そして、何かのモチーフが縫いつけられている。
「コレ、パンの刺繍なんだ」
指差された刺繍は、真ん丸の円とその中に緩いカーブが描かれている。
円の色は美味しそうに焼けた小麦色で、緩いカーブは赤茶色だ。
「何か分かる?」
ニコニコと笑いながら尋ねるコストナーに、カリンは頷く。
「けらっとパン、ですよね?」
「正解!!」
指をパチンと鳴らし、コストナーはそのハンカチをコーヒーの一つに巻いた。
「これは君の分」
普段なら遠慮をするところ。
しかし、差し出された手が少し震えているのに、それに気付かないほどカリンは鈍くない。
「ありがとうございます」
明るく、好意を受け取っただけのように。カリンは笑顔で受け取る。目はしっかりとコストナーを見る。自分が何かに気付いたと伝わるように。
彼は少し安心したように、ニコリと笑った。
「これからもよろしく頼むよ、カリンちゃん」
「いつでも御用命くださいませ」
配達を終えたカリンは、足早にその場を立ち去る。
何が起こっているのか、すぐに確認する必要があった。
変化はしばらくして訪れた。
アイスコーヒーに巻いてもらったハンカチ。そのハンカチが水滴で濡れはじめ、模様が浮き出てきたのだ。これは最近流行り出した『秘密のハンカチ』シリーズ。
模様は花束。人気の柄の一つだ。
そして気になるのは、不自然に散らばった刺繍の文字と、存在感のあるパンの刺繍四つ。
確実になにかあると思いながらも、カリンにはまだ糸口が捕まえられない。
店に到着すると、カリンは看板を裏返した。
クローズ。お客様には悪いけど、少しだけ時間が欲しい。
「お帰り、カリン」
「ねえ、グレン。手伝って」
開口一番。カリンはグレンに状況を話した。
「……言われてみれば、意味の分からない手紙だったもんな」
「注文書だと書いていたわりには、雑談が多かったし」
パンの関係ない話も多かったよね。とカリンが苦笑すれば、グレンもそうだよなと頷く。
「つまるところ、これは注文書じゃないんだ。そう思ってもう一回読んでみよう」
小さな紙に額を寄せて。カリンとグレンはメモを読み始めた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!(*^_^*)




