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失せモノ妖精と隣のパン屋  作者: 大鳥 俊
第四章:ユフィ様の誕生祭
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2.お祭りスタート

 





 お祭りは三日間に渡り取り行われる。

 前夜祭、誕生祭、後夜祭。メインはもちろん誕生祭。

 日中には公爵様夫妻とユフィ様を乗せたパレードもあるので、大通りはきっと超満員になるだろう。


 カリンはもちろん全日パン屋の営業だ。祭りは店の中から楽しむつもり。

 飾られた街中や人々の笑い声が聞こえると、それだけでカリンも楽しくなる。きっとお店に来るお客様もみんな笑顔のはず。今からとても楽しみだ。


 ただ唯一残念なのは公爵様のパレードが見られない事だった。


「グレンに頼んじゃえば? 店番」

「それはちょっと……」

「だって仲良しだし。誕生祭の日は非番だって言ってたじゃない」


 祭りに向けた準備を終えたカリンはシルビアの元へ来ていた。

 明日からは忙しくて、多分話をする暇もないだろうから。


「お休みの日に店番たのんでどうするのよ」

「店番のあいだ、パン食べ放題って言ったら、絶対やってくれるよ」

「やってくれる……って、思うけど。多分パンは全滅よね」


 間違いなくそうなるとカリンが言えば、「パンが完売! お祭りに行ける! 一石二鳥!!」とシルビアは言う。腰に手を当て、人差し指を突き出して。これは決めポーズだ。


「いや、それだと赤字」

「めっずらしー!! カリンが赤字とか言ってる!!」

「失礼ね。ちゃんと計算ぐらいしてるわよ」


 サービスをすると、よく売り上げを心配されてしまうが。カリンはこれでも考えている。

 たまに儲け度外視でパンをあげちゃう事もあるけれど、その辺は良しとしている。臨機応変というやつだ。


 シルビアは「ふ~ん」と、疑わしげな声を上げた後、「まあ、いっか」とけらけら笑う。楽しそうな笑い声が森の中へと吸い込まれてゆき、少しだけ辺りの雰囲気が明るくなった気がする。


「いよいよ明日、か~」

「そうだね」

「沢山の人がクラエスに来るのかな?」

「お祭りだから。きっとそう」


 わくわくしているのは二人とも同じ。


「ちょっぴり、見に行こうかな?」


 カリンはいいよ。と言いたい。だけど。


「だめよシルビア。大人しくしてて?」

「えー!! 人間に見られるようなドジはしないよー?」

「それでもダーメ。ほんと、見られたら大変なんだから」

「むむー!! あたしを誰だと思ってるの!」


 むくれる妖精をなだめると、「いーもーん! 森の奥でひっそりとしてるんだから!」といじけたような事を言う。


「どんな風だったか、話してあげるから」

「その時に、おいしいミルクティーと、パンを所望します! あと、お土産でクッキーも!!」

「はいはい。ご要望のままに」

「やったー!!」


 クルリとまわりご機嫌なシルビア。

 この調子なら森で大人しくしていてくれそうだ。


「カリン! お祭り楽しんできてね!」

「その前に! 沢山の人にわたしのパンを食べてもらうんだ!」

「カリンのパンはクラエス一番! お土産、忘れずに!」


 ついでに褒められている気がしないでもないけれど。カリンはまあいっかとシルビアと笑った。



 そしてついに始まった、前夜祭。

 前夜、といいながらすでに朝からお祭り状態の街中は、人、人、人。メイブリック領の中心クラエスといえど、こんなに人が集まるのは珍しい。パンも飛ぶように売れた。


「いや、これを一人で切り盛りって。無理なんですけど」

「だろうと思って、手伝いに来てやったんだよ」


 店内最後のお客様を見送った垂れ目の男性――アルノーはふんと、鼻を鳴らした。


「何を言ってるのアル。お世話になったから、是非店へ行きたいといったのは貴方じゃない」

「リィ! 余計な事を言うな」

「全く貴方は。素直に、ありがとうって言えばいいのに」


 強気にアルノーへ意見するのは、亜麻色のロングヘアが良く似合う、背の高い女性。

 引きしまった細身の体と大人の包容力を兼ね備えた微笑み。右目の下にあるホクロも魅力的な美人さんだ。


 彼女には、誰、なんて確認する必要もない。アルノーがこの時期に連れてきただけで、例の恋人だとすぐに分かった。


 リィと呼ばれた彼女、リリアーナはカリンに向かってニコリと笑う。


「今日はこれで完売かしら? カリンちゃん」

「はいそうです。ありがとうございました、リリアーナさん」

「お役に立てて良かったわ。ねえ、アル?」

「……ああ。そうだな」


 そっけないアルノーの返事にまたリリアーナの言葉が飛ぶ。

 すでに尻に敷かれている感満載。もちろんお似合いである。


「本当に助かりました! あの、少ないんですけど、お礼……」

「いいのよ、カリンちゃん。アルがお世話になったんですから」

「いや、指輪が見つかったのは妖精様のおかげですし」

「カリンちゃんがパンを作ってくれたおかげでもあるでしょ?」

「ええっと。ウチはパン屋だから、パンを作るのは平常運転というか……」

「遠慮は良いの。結果、おドジな彼が落とした指輪がこうして戻ってきたのだから」


 白くて長い指をぴんと伸ばし、リリアーナはその薬指に光る指輪を眺める。

 とても柔らかで、幸せそうな眼差し。こういう顔を見られるカリンは幸せ者だ。シルビアの手伝いをしていて、良かったと思う瞬間でもあった。


 カリンの笑顔に気がついたリリアーナは、今度はこちらを見て笑った。


「じゃあ、明日も来るわね」

「へ!? いやいやいや!! あ、明日はメインですよ!! リリアーナさんっ!!」

「三人で売れば、少しは早く完売できるでしょ? その後、お祭りに参加すればいいのよ」


 夕方でもいいじゃないというリリアーナに「昼! 昼のパレードがメイン!!」とカリンは叫ぶ。

 最早何を言っても無駄と思っているのか、アルノーは口を挟んでこない。


 このままではせっかくの旅行が店番だけになってしまう。それではアルノーがあまりにもかわいそうだ。


 なんとかリリアーナを説得せねば。

 そんな使命感に燃えたカリンの元へ、一人の救世主が現れた。

 息を切らし、必死の様子で店に入ってきた彼は、店内の棚を見回して、肩を落とした。


「……もしかして、完売?」

「うん。ごめんね、グレン」


 仕事を終えて走って来たらしい彼は、目に見えてがっかりした。


「マジかー……カリンのパンを楽しみに、このくっそ暑い中、警備を頑張ったのに……」

「ごめんね」


 明日、来ると思っていたから。

 そう続くはずの言葉をカリンは飲み込み、はっと閃いた。


「リリアーナさん!! 明日はお祭り楽しんで来て下さいね!! もちろん朝から!!」

「え? お店、手伝うわよ?」

「大丈夫です! 明日はグレンがいてくれるから」


 ねっ? グレン? と目配せをすれば、彼は何かを察してくれたようで、こくりと頷いた。


「ああ。明日は非番だから、その予定だったんだ」

「だから大丈夫ですよ! アルノーさんと一緒に、二人で楽しんでください!」


 ダメ押しでカリンが言えば、リリアーナはふふっと笑う。


「あら。恋人とお店番なのね? それは邪魔してはいけないわ」


 一瞬、店内から全ての音が消えた。


 こ!?


「「恋人!?」」


 二人の声は重なり。思わず隣のグレンを見上げる。

 すると彼も同じようにこちらを振り返ったようで。まるで、鏡のようにお互いの顔が赤くなっていくのが分かる。


「あらあら。可愛いお二人さん。じゃあ、また寄らせてもらうわね」


 カチコチに固まってしまったカリンを他所に、リリアーナはアルノーと共に店を出て行ってしまう。

 お店に残ったのはカリンとグレン。二人はどちらともなく視線を泳がせ、横を向いた。


 しばらくの間、二人は何も話さなかった。

 外はいつも以上に騒がしいのに、お店には誰も入ってこない。多分、リリアーナさんが扉のプレートを掛け替えてしまったのだ。どうしよう。


 カリンはどうしたらよいかぐるぐると考えて。

 思わず、あはは……と笑いだしてしまっていた。


「ご、ごめんね、グレン。なんか、巻きこんじゃって」

「い、いや。別に。謝られるような事はないし」


 恋人だって勘違いされたままだよ? なんて、カリンは言い出せずに。また「ごめんね」と繰り返した。グレンは「もういいって」と、カリンの謝罪を流す。


 そうしてまた沈黙が流れ。

 それに耐えかねたのか、グレンが思い出したように声を上げた。


「さっきの人達、カリンの知り合い、だよな?」

「う、うん! そうだよ!」

「ふーん、見かけない顔だけど、クラエスの人?」

「ううん。アンバーから来たって言ってたよ」


 アンバーはクラエスから遥か南。

 アスタシア王国の最南端にある港町の名前である。馬で駆けても数日かかるらしく、もしカリンが行くなら馬車の旅になるだろう。いつかは行ってみたい、街の一つでもある。


「へぇ、アンバーか。俺も数年前に行ったきりだな。たしかあの時は――……」


 そのまま二人は雑談に突入した。

 グレンは何もなかったかのように話をする。時折見せる表情にカリンがドキリとしても、本当にいつも通り。その様子にカリンはちょっぴり寂しいような、切ないような気持ちになった。なんでって、やっぱりそれは。……それは?


 ふと、グレンを見れば、彼はニカッと笑う。

 少年のような子供っぽさを残した笑顔。

 頼りがいがあるというよりは、気さくなお兄ちゃんという方がピッタリだ。


 カリンもあれこれ悩む性格ではない。

 結局のところ、グレンとは些細な事で気まずくならない友達。という事で落ち着いた。


「……で。明日は朝から来ればいいのか?」

「え、朝って、どうして??」

「店の手伝い。するんだろ?」

「いやいや! あれは一芝居打っただけで!」

「成り行きとはいえ、俺は嘘をつくのは嫌いだ。ちゃんと手伝う」

「そ、そんな……。折角のお休みなのに」


 しょんぼりするカリンに、グレンが手を伸ばした。


「二人で売って、早く完売させよう。そんで、祭りを見に行こうぜ」


 ポンポンと頭を撫でられる。

 トクンと、心臓が鳴った。


「……パレード。間にあわないよ?」

「いいよ」

「ユフィ様のお披露目なのに?」

「来年もある。それよりか、報酬の先払いを希望。カリンのパンが食いたい」


 気を使っているのか、素なのか。

 グレンは相変わらずパン好き過ぎる。


 カリンはおかしくなってクスクス笑った。


「少し待ってて。サンドイッチ作るから」


 ――数分後。

 ありあわせの材料で作ったサンドイッチを頬張るグレン。

 その幸せそうな顔を見て。カリンも幸せな気持ちになる。


 この笑顔を見られるなら、毎日でも作ってあげるのに。

 

 何故そう思うのか。

 その理由には気付かぬまま。カリンはにこやかにグレンを眺めていた。







お読みいただきましてありがとうございました!!

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