2.お祭りスタート
お祭りは三日間に渡り取り行われる。
前夜祭、誕生祭、後夜祭。メインはもちろん誕生祭。
日中には公爵様夫妻とユフィ様を乗せたパレードもあるので、大通りはきっと超満員になるだろう。
カリンはもちろん全日パン屋の営業だ。祭りは店の中から楽しむつもり。
飾られた街中や人々の笑い声が聞こえると、それだけでカリンも楽しくなる。きっとお店に来るお客様もみんな笑顔のはず。今からとても楽しみだ。
ただ唯一残念なのは公爵様のパレードが見られない事だった。
「グレンに頼んじゃえば? 店番」
「それはちょっと……」
「だって仲良しだし。誕生祭の日は非番だって言ってたじゃない」
祭りに向けた準備を終えたカリンはシルビアの元へ来ていた。
明日からは忙しくて、多分話をする暇もないだろうから。
「お休みの日に店番たのんでどうするのよ」
「店番のあいだ、パン食べ放題って言ったら、絶対やってくれるよ」
「やってくれる……って、思うけど。多分パンは全滅よね」
間違いなくそうなるとカリンが言えば、「パンが完売! お祭りに行ける! 一石二鳥!!」とシルビアは言う。腰に手を当て、人差し指を突き出して。これは決めポーズだ。
「いや、それだと赤字」
「めっずらしー!! カリンが赤字とか言ってる!!」
「失礼ね。ちゃんと計算ぐらいしてるわよ」
サービスをすると、よく売り上げを心配されてしまうが。カリンはこれでも考えている。
たまに儲け度外視でパンをあげちゃう事もあるけれど、その辺は良しとしている。臨機応変というやつだ。
シルビアは「ふ~ん」と、疑わしげな声を上げた後、「まあ、いっか」とけらけら笑う。楽しそうな笑い声が森の中へと吸い込まれてゆき、少しだけ辺りの雰囲気が明るくなった気がする。
「いよいよ明日、か~」
「そうだね」
「沢山の人がクラエスに来るのかな?」
「お祭りだから。きっとそう」
わくわくしているのは二人とも同じ。
「ちょっぴり、見に行こうかな?」
カリンはいいよ。と言いたい。だけど。
「だめよシルビア。大人しくしてて?」
「えー!! 人間に見られるようなドジはしないよー?」
「それでもダーメ。ほんと、見られたら大変なんだから」
「むむー!! あたしを誰だと思ってるの!」
むくれる妖精をなだめると、「いーもーん! 森の奥でひっそりとしてるんだから!」といじけたような事を言う。
「どんな風だったか、話してあげるから」
「その時に、おいしいミルクティーと、パンを所望します! あと、お土産でクッキーも!!」
「はいはい。ご要望のままに」
「やったー!!」
クルリとまわりご機嫌なシルビア。
この調子なら森で大人しくしていてくれそうだ。
「カリン! お祭り楽しんできてね!」
「その前に! 沢山の人にわたしのパンを食べてもらうんだ!」
「カリンのパンはクラエス一番! お土産、忘れずに!」
ついでに褒められている気がしないでもないけれど。カリンはまあいっかとシルビアと笑った。
そしてついに始まった、前夜祭。
前夜、といいながらすでに朝からお祭り状態の街中は、人、人、人。メイブリック領の中心クラエスといえど、こんなに人が集まるのは珍しい。パンも飛ぶように売れた。
「いや、これを一人で切り盛りって。無理なんですけど」
「だろうと思って、手伝いに来てやったんだよ」
店内最後のお客様を見送った垂れ目の男性――アルノーはふんと、鼻を鳴らした。
「何を言ってるのアル。お世話になったから、是非店へ行きたいといったのは貴方じゃない」
「リィ! 余計な事を言うな」
「全く貴方は。素直に、ありがとうって言えばいいのに」
強気にアルノーへ意見するのは、亜麻色のロングヘアが良く似合う、背の高い女性。
引きしまった細身の体と大人の包容力を兼ね備えた微笑み。右目の下にあるホクロも魅力的な美人さんだ。
彼女には、誰、なんて確認する必要もない。アルノーがこの時期に連れてきただけで、例の恋人だとすぐに分かった。
リィと呼ばれた彼女、リリアーナはカリンに向かってニコリと笑う。
「今日はこれで完売かしら? カリンちゃん」
「はいそうです。ありがとうございました、リリアーナさん」
「お役に立てて良かったわ。ねえ、アル?」
「……ああ。そうだな」
そっけないアルノーの返事にまたリリアーナの言葉が飛ぶ。
すでに尻に敷かれている感満載。もちろんお似合いである。
「本当に助かりました! あの、少ないんですけど、お礼……」
「いいのよ、カリンちゃん。アルがお世話になったんですから」
「いや、指輪が見つかったのは妖精様のおかげですし」
「カリンちゃんがパンを作ってくれたおかげでもあるでしょ?」
「ええっと。ウチはパン屋だから、パンを作るのは平常運転というか……」
「遠慮は良いの。結果、おドジな彼が落とした指輪がこうして戻ってきたのだから」
白くて長い指をぴんと伸ばし、リリアーナはその薬指に光る指輪を眺める。
とても柔らかで、幸せそうな眼差し。こういう顔を見られるカリンは幸せ者だ。シルビアの手伝いをしていて、良かったと思う瞬間でもあった。
カリンの笑顔に気がついたリリアーナは、今度はこちらを見て笑った。
「じゃあ、明日も来るわね」
「へ!? いやいやいや!! あ、明日はメインですよ!! リリアーナさんっ!!」
「三人で売れば、少しは早く完売できるでしょ? その後、お祭りに参加すればいいのよ」
夕方でもいいじゃないというリリアーナに「昼! 昼のパレードがメイン!!」とカリンは叫ぶ。
最早何を言っても無駄と思っているのか、アルノーは口を挟んでこない。
このままではせっかくの旅行が店番だけになってしまう。それではアルノーがあまりにもかわいそうだ。
なんとかリリアーナを説得せねば。
そんな使命感に燃えたカリンの元へ、一人の救世主が現れた。
息を切らし、必死の様子で店に入ってきた彼は、店内の棚を見回して、肩を落とした。
「……もしかして、完売?」
「うん。ごめんね、グレン」
仕事を終えて走って来たらしい彼は、目に見えてがっかりした。
「マジかー……カリンのパンを楽しみに、このくっそ暑い中、警備を頑張ったのに……」
「ごめんね」
明日、来ると思っていたから。
そう続くはずの言葉をカリンは飲み込み、はっと閃いた。
「リリアーナさん!! 明日はお祭り楽しんで来て下さいね!! もちろん朝から!!」
「え? お店、手伝うわよ?」
「大丈夫です! 明日はグレンがいてくれるから」
ねっ? グレン? と目配せをすれば、彼は何かを察してくれたようで、こくりと頷いた。
「ああ。明日は非番だから、その予定だったんだ」
「だから大丈夫ですよ! アルノーさんと一緒に、二人で楽しんでください!」
ダメ押しでカリンが言えば、リリアーナはふふっと笑う。
「あら。恋人とお店番なのね? それは邪魔してはいけないわ」
一瞬、店内から全ての音が消えた。
こ!?
「「恋人!?」」
二人の声は重なり。思わず隣のグレンを見上げる。
すると彼も同じようにこちらを振り返ったようで。まるで、鏡のようにお互いの顔が赤くなっていくのが分かる。
「あらあら。可愛いお二人さん。じゃあ、また寄らせてもらうわね」
カチコチに固まってしまったカリンを他所に、リリアーナはアルノーと共に店を出て行ってしまう。
お店に残ったのはカリンとグレン。二人はどちらともなく視線を泳がせ、横を向いた。
しばらくの間、二人は何も話さなかった。
外はいつも以上に騒がしいのに、お店には誰も入ってこない。多分、リリアーナさんが扉のプレートを掛け替えてしまったのだ。どうしよう。
カリンはどうしたらよいかぐるぐると考えて。
思わず、あはは……と笑いだしてしまっていた。
「ご、ごめんね、グレン。なんか、巻きこんじゃって」
「い、いや。別に。謝られるような事はないし」
恋人だって勘違いされたままだよ? なんて、カリンは言い出せずに。また「ごめんね」と繰り返した。グレンは「もういいって」と、カリンの謝罪を流す。
そうしてまた沈黙が流れ。
それに耐えかねたのか、グレンが思い出したように声を上げた。
「さっきの人達、カリンの知り合い、だよな?」
「う、うん! そうだよ!」
「ふーん、見かけない顔だけど、クラエスの人?」
「ううん。アンバーから来たって言ってたよ」
アンバーはクラエスから遥か南。
アスタシア王国の最南端にある港町の名前である。馬で駆けても数日かかるらしく、もしカリンが行くなら馬車の旅になるだろう。いつかは行ってみたい、街の一つでもある。
「へぇ、アンバーか。俺も数年前に行ったきりだな。たしかあの時は――……」
そのまま二人は雑談に突入した。
グレンは何もなかったかのように話をする。時折見せる表情にカリンがドキリとしても、本当にいつも通り。その様子にカリンはちょっぴり寂しいような、切ないような気持ちになった。なんでって、やっぱりそれは。……それは?
ふと、グレンを見れば、彼はニカッと笑う。
少年のような子供っぽさを残した笑顔。
頼りがいがあるというよりは、気さくなお兄ちゃんという方がピッタリだ。
カリンもあれこれ悩む性格ではない。
結局のところ、グレンとは些細な事で気まずくならない友達。という事で落ち着いた。
「……で。明日は朝から来ればいいのか?」
「え、朝って、どうして??」
「店の手伝い。するんだろ?」
「いやいや! あれは一芝居打っただけで!」
「成り行きとはいえ、俺は嘘をつくのは嫌いだ。ちゃんと手伝う」
「そ、そんな……。折角のお休みなのに」
しょんぼりするカリンに、グレンが手を伸ばした。
「二人で売って、早く完売させよう。そんで、祭りを見に行こうぜ」
ポンポンと頭を撫でられる。
トクンと、心臓が鳴った。
「……パレード。間にあわないよ?」
「いいよ」
「ユフィ様のお披露目なのに?」
「来年もある。それよりか、報酬の先払いを希望。カリンのパンが食いたい」
気を使っているのか、素なのか。
グレンは相変わらずパン好き過ぎる。
カリンはおかしくなってクスクス笑った。
「少し待ってて。サンドイッチ作るから」
――数分後。
ありあわせの材料で作ったサンドイッチを頬張るグレン。
その幸せそうな顔を見て。カリンも幸せな気持ちになる。
この笑顔を見られるなら、毎日でも作ってあげるのに。
何故そう思うのか。
その理由には気付かぬまま。カリンはにこやかにグレンを眺めていた。
お読みいただきましてありがとうございました!!




