1.お祭り前のパン屋
いよいよ三日後に迫った祭り、誕生祭。
メイブリック公爵様の第一子、ユフィ様の一歳の誕生日を祝うお祭りだ。
夏、行われるお祭りの中では最大級。よそからも沢山の人が来ると予想される。
商店のみんなも祭りを楽しんでもらおうと準備に忙しかった。もちろんカリンも一緒。
店にお客様がいないのを良い事に、カリンはカウンターに頬杖をつき、考え事をしていた。
頭の中は新作パンの材料やら、デザイン。コストや仕入れ先の事などが、すべてごった返したようになっていた。
「やっぱり切り目を入れて、ねじった方が可愛いかしら? それとも……」
そんな風にひとりごとを言いながら、考えをまとめていると、カランコロンとドアベルが鳴った。
少し身を屈めるようにして入ってきたのはアルベリックだ。
「よう……」
「こんにちは、アルベリックさん」
珍しい来客にカリンは笑顔で迎える。
彼の顔を見るのはあの日以来。元気そうで何よりだった。
アルベリックが店内をゆっくりと見回した。
品ぞろえを見ているのかなって、カリンがドキドキしながら待っていると、彼は急に真面目な顔をしてこちらを見た。
「……カリン」
「は、はい!!」
気合を入れて返事をするカリンにアルベリックが続ける。「この間は悪かったな、その、いろいろと……」って。へ??
パンの話だと思い込んでいたカリンは目をまたたく。そしてすぐ会話の方向を理解した。
「……いえいえ、もう十分ですって。アルベリックさん」
「いや、しかしな……」
「十分って言ったら、十分です!!」
まさかの謝罪開始に、カリンはアルベリックの言葉を遮る。
あの日、カリンはすでに十分すぎるほど謝罪の言葉をもらっている。しかも、そもそもカリンは何もしていない。謝られる理由など全くないのだった。
アルベリックが苦笑を浮かべつつも、「ありがとう」と言った。だから、本当に何もしていないのに。
ちなみに彼は商店総会の時に、自分の罪を皆に告白したい言いだし、全力でメイリーさんに止められていた。気持ちは分かるけれど、不要な火種をわざわざ撒く必要はないと。
『わたしの顔を立てて、ここで二度としない事を誓って、終わりにしてくれないかい?』
メイリーさんにそう言われてしまえば、アルベリックも拒否できない。
カリンは思う。彼は気真面目すぎるのだ。
そんな彼は手にさげていた袋をカリンに差し出した。
空いたままの袋から、香ばしくてジューシーな香りが漂ってくる。中身は見ずとも分かった。
「祭り用の揚げものだ。楽しみだと言っていただろう?」
「ありがとうございます!! まさか、お祭り前に食べられるなんて!」
わたしの話をちゃんと覚えていてくれた。
カリンはアルベリックの誠実さを改めて感じる。
「これが完成品だ。だが、意見があればぜひ教えてくれ」
「試食係、お任せを!」
胸をトンと叩き、カリンが笑えば、アルベリックも少しだけ笑う。
「頼もしいな。よろしく頼む」
これからも。と、躊躇いがちに続いた言葉に、カリンは大きく頷く。
「もちろん! 同じクラエス商店街の仲間ですから!」
彼はホッとしたように表情を緩め、パンをいくつか買って店を出てゆく。
お代はいらないと言ったカリンの言う事は全く聞いてくれなかったけれど。そこにまた、彼の真面目な性格を見た。
再び一人になった店内にて。カリンはそわそわと袋の中を覗き込む。
特大の紙コップに収まった、黄金色の唐揚げ。まずはしっかりと味わいたい。
ほふほふ。
もぐもぐ。
カランコロン。
ベルと同時に入ってきたのは小さなお客様。
つまみ食いをしているカリンを見た彼は呆れ顔を浮かべた。
「カリン。リスみたいになってるぞ」
「むぐ! むぐぐぐ!」
「何言ってるかわかんねえよ」
小さなお客様、ミランがげらげら笑う。
お坊ちゃんなのに、そこらへんの子供と同じ笑い方。
彼が商店に溶け込んでいる証拠でもある。
カリンはみられちゃあ仕方ないと、ミランにも唐揚げを差し出す。
彼はニヤリと笑いながら「これはワイロか? つまみ食いを秘密にする?」と、冗談めかして言ってくる。賄賂。七歳なのに、よく言葉をご存じで。
共犯となったミランと共にもぐもぐ唐揚げを食べる。
どうやら彼も気に入ったらしく、「パンの間に挟んで、唐揚げバーガーにしたらどうだ?」と新作提案までしてきた。検討の余地ありである。
そうして二人で唐揚げを平らげ。最後の一つはカリンが食べる事になった。
じゃんけんパーは勝利の秘訣。ミランは「卑怯だ!」と叫んでいたが。
その仕返しなのか、ミランが食べ終わる前に話しかけてくる。
「そう言えばカリン。万年筆は使ったか?」
「ぐっ!!」
唐揚げを喉に詰めそうになり、慌てて胸を叩いた。
ミランがちょっとしたり顔で見てくる。
「その様子だと、まだ使ってないな?」
「ご、ごめん! ちょっと、手紙を書く余裕なくって」
「それでも。せめて試し書きをして、感想ぐらい言うだろう?」
反論できない。
たしかに贈り物を使いもせず置きっぱなしにしているのは失礼だ。それはカリンにも分かる。
「父上が気にしていたぞ。使い心地はどうだったかなあって」
「うう。す、すぐに使ってみます」
「今は止めろよ。ぐるぐる円を書かれて、ハイおっけーなんて言われたらヘコむから」
「いやいや、そんな失礼な事しないよ!」
「手紙を書く予定ないんだろ? どうだか」
ミランの溜息に、カリンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
図星すぎて時々コワイ。この七歳。
「まあ、次に俺が来るまでには使ってくれよ?」
「ミランが来るのは明日じゃない?」
「んーん。しばらくこれねえんだ。残念ながら」
祭りが終わるまでかな。と、ミランは言う。
どうやら彼は祭りの主催側の用事があるらしい。子供だとはいえ、やはり街の有力者は忙しいようだ。
「ま、そういう事で。よろしくな」
「ミランもお疲れ様。がんばってね!」
おう。と返事をしてミランが店を出てゆく。
両手にパンの包みを持っているから、カリンが扉を開けてあげた。
ミランは「ありがとさん」と言いながら、自前の馬車に乗り込む。
その後ろ姿を見ながら、自分も頑張ろうとカリンは思っていた。
――こうして始まるお祭り三日間。
街中は賑やかで、楽しくて。とても忙しい三日間になるだろう。
カリンはこの時、そうなる事を疑いもしなかった。
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