閑話3:グレンの探し人
「――そうか、見つかったんだな」
「うん! ありがとう、グレン!! 名推理だったよ!」
カリンから話を聞き出した翌日。グレンはその結末を聞いた。
詳しい事は何一つ語られなかったけれど、晴れ晴れとした彼女の顔を見てグレンは満足した。
特徴が滲み出ていたとはいえ、証拠品はメモ一枚。色々と心配していたのだった。
「お礼は何が良い?」
「じゃあパンで」
「ホント好きだね~」
「おう。ってか、俺もらいすぎじゃねえか?」
パン屋の売り上げを気にするグレンに、カリンは「大丈夫大丈夫」と笑って答える。
商売っ気のない彼女。経営の事はまるっきり分からないが、カリンが純粋にこの仕事が大好きなんだという事は分かる。きっと天職というやつだ。
お客が入ってこない事を良い事に、グレンは会計を済ませた後も店に残った。
そうする事で始まる雑談の時間を、とても気に入っていたからだ。
話す事は他愛もない世間話。
騎士の仲間に彼女が出来たとか、商店の菓子屋に新作が並んだとか。
妖精様がまた失くし物を見つけてくれたらしいという話は、カリンがムキになって無関係を言い張るので、グレンもさらりと流す。前と同じく、案内係になればなんて言ってしまえば、彼女がへそを曲げるだろうと思ったから。
そんな雑談の中でグレンが気になったのは肉屋の話。
今まで話題にのぼった事のない店主をカリンがやけに褒めちぎるのだ。
これじゃあ何かあったのだと言っているようなもの。
グレンは肉屋の店主、アルベリックを思いだした。
背丈は自分と同じぐらいの、すらりとした男。髪は黒色で、瞳はエメラルド。
歳はニ十ニ、三で、ここ数年のうちに店を継いだのだとか。たしか病床のおやじさんの為だと聞いている。ちなみに髪はおやじさん、瞳はおふくろさんから受け継いでいるとの事。あと、唐揚げがうまい。これだけはグレンの感想。
シーズ出身のグレンがここまで詳しいのは、巡回中の雑談のおかげである。
情報元は主に商店の店主や話し好きのメアさん達。彼らに聞けばこの街の事は大体わかってしまう。
思い起こした内容にカリンが絶賛する理由を見出した。たしかに好青年だと思う。
ただ彼女があまりにも褒めるので、少し面白くなかった。つい、余計な事を口走る。
「そんなに好きなら肉屋になればいいのに」
「え? 肉屋に?? なんで??」
「だから。……好きなら、さ」
後半、いじけたような声が出た事にグレンは気付いていない。そしてその理由にも。
悩まない性格が故の落とし穴。決断は早いが見逃す事柄もある。特に、不慣れな感情には。
そしてカリンも分かっていなかった。
彼女は頭にハテナマークを浮かべながら、「グレンだってパン屋にならないクセに?」と続ける。
「? なんで俺の話?」
「肉が好きなら肉屋にっていうグレンが、パンが好きなのにパン屋にならないんでしょ? わたしが肉屋になる意味が分からないよ。たしかに、アルベリックさんの唐揚げは美味しいけれど」
ずれている。
直感的にグレンはそう思った。ただ、自分が欲しい答えがなんなのかも掴めていない彼は、カリンの言葉を正論として受け止めた。
「そうだな。カリンが肉屋になったら、パンが食えなくなって困る」
「肉屋にはならないよ。わたしはあくまでもパン屋さん」
その言葉に何故かホッとするグレン。
面白くないと思っていた気持ちはどこかへとゆき。これからもずっとカリンのパンを食べられるのだと勝手に気分を持ち直した。
店にお客は来ず、雑談は続く。
街の中に流れるウワサ話は、迷子になりやすい子供の話やいつの間にか消える果物の話、危険物の密輸が行われているらしいなど、のんびりしているモノから少々物騒な話までいろいろ。
あくまでもウワサなので情報の信頼性は低め。それは誰も妖精様の姿を見た事がないのに、失くしモノが見つかれば妖精様が届けてくれたのだとウワサするのと同じぐらいである。
まあグレンとしては、妖精様はいて欲しいと思ってはいるが。
――こうして穏やかな時間が流れ。グレンの出勤時間が近づく。
元々そこまで時間があった訳ではないので、あっという間に終わってしまった感覚だ。
そんな中、カリンが思いだしたように声を上げた。
「そういえばグレン。今回の探し人で思い出したのだけど……」
切り出されたのはグレンの探し人の話。
彼女は前につぶやいただけの事を覚えてくれていたのだった。
単純に嬉しかった。自分を気にしていてくれていた事が。
ただ――……。
「ああ。一応、探し人……だよなあ」
グレンの歯切れは、どうしても悪くなってしまう。
「なに、その頼りない答え」
「なんて言うか、手掛かり少な過ぎてさ。探そうにも探せないというか」
「一体誰を探しているの?」
カリンはグレンに恩を感じているのだろう。
自分にできる事があればと、話を聞こうとしてくれているのが分かる。
お人よし。だから彼女のところには色んな話が舞い込むのだろうとグレンは思う。
話すかどうか、少しだけ迷った。
赤銅の騎士。
彼はフィリップ殿下の騎士に違いない。
だからきっと公爵様となった殿下と共にクラエスにいるはず。グレンはずっとそう思っていた。
だけど彼はクラエスの騎士隊にはいなかった。
もちろん護衛騎士の皆さんの顔もしっかりと見た。何度も見た。それでも赤銅の騎士は見つからない。
公爵様の騎士ならそのお側を離れたりはしない。
グレンは完全に手掛かりを失っていた。
もう一度会いたい。
少し前、妖精様の奇跡を聞いたグレンが、思わずカリンに尋ねてしまうぐらいには。
「グレン?」
小首を傾げ、カリンが名を呼ぶ。
それで我に返ったグレンは迷いを振り払った。
「俺が探しているのは……赤銅の騎士だ」
「赤銅の、騎士?」
不思議そうな声を上げるカリン。
彼女に話すのは少し照れくさくて。グレンは詳細を省いた。
カリンは考え込むように口元へと手を添える。
「五年前に見かけた、赤銅色の髪を持つ騎士様を探しているのね」
「そうだ。名前も……所属も。なにもかも分からない」
「騎士様の仲間に聞いてみたら?」
「それも考えたんだけど。本人の耳に入ったらと思うと、なかなか」
「伝えたい事があるんじゃないの??」
「そういう訳じゃなくて……」
そう。グレンが表立って探さないのは、会って何をしたいのか、未だに決まっていないからだった。
「ただ、も一回会いたいっていうか、なんていうか」
「用事はないけれど、もう一度会いたい。……憧れの人ってとこかな?」
カリンの図星に、グレンの顔が赤くなる。
だから。こういうのを知られるのは恥ずかしい。
「お、俺。そろそろ行かないと!」
グレンはカリンの視線を避けるように横を向く。
不自然すぎる態度。自分でもよく分かっている。
それでも、赤くなった顔を正面で見られてはたまらない。
そんなグレンにカリンは全てを悟ったように声をかける。
「は~い。お勤め、お疲れ様です」
その口調は、なんだか微笑ましいものを見た後のよう。
グレンはじわじわと熱くなってきて、逃げるように店を出た。
カランコロンと鳴るドアベルの音を背に妖精の泉の前を通り過ぎる。気温の高さを火照りの理由にして、早足で。
子供の頃なら、助けてくれた騎士に憧れたという話は微笑ましい話題。
グレンも友達にカッコイイ騎士になると豪語していた。
だけど、もう十七にもなって、憧れを素直に口にする事もなくなって。騎士になった理由を尋ねられても、どこにでもあるような模範解答をするようになっていた。
そんな中、同じ年の女の子にああいうふうな態度で接せられると――……
グレンは立ち止まった。
沸き起こる思いをぐっと心の奥に押し込み、一呼吸。つい、後ろを振り返る。
視線の先には、森を背景にした木造二階建ての店。
お手製の小さな花壇には生き生きとした花が咲き誇っている。
ぴかぴかに磨かれた窓。木を削って作った看板。
暖かみを感じる店構えに、看板鳥であるアンとクリームが仲良く並んでいる。
その隣には有名すぎる泉があって、彼女は妖精に捧げるパンを作っている。
そういった事情と彼女の性格が合わさり、持ち込まれる様々な話。今回の件もきっとそうだったのだろう。
真面目なお人よし。
そんな彼女が笑顔でいられる様に。俺は。
グレンはカリンの慈しむような微笑みを思い出し、頭を振る。顔が熱い。
「くっそー……なんか、カッコ悪ぃ……」
カッコイイ騎士は、憧れを知られても赤面なんてしない。
グレンは「今日はもう店に行けないじゃないか」と、ポツリ呟き。手の甲で赤くなった顔を隠しながら慌てて地面を蹴った。
【閑話3:グレンの探し人 おしまい】
お読みいただきましてありがとうございました!!
本日が今年最後の更新となります。
第四章は六日、もしくは九日からスタートになるかと思います。
またお時間がある時にでも読みにいらしてくださいね(*^_^*)
お付き合いいただきましてありがとうございました!




