その8
未明に大臣認証式があった朝。
祭祀は一時間後にずらした。高齢の皇帝の睡眠時間を確保するためだ。
何か不測なことがあれば、そのくらいのことはしてもらわないと満八十二歳の身体が持たない。もちろん、祭祀の時間の変更は好ましいことではないが、時には止むを得ない。
それでも、政治家の我儘勝手よりはマシだ。
昨日に続いて今日もマクドナルドにいる。昨日と同じJR東京駅店だ。
メニューも昨日と同じだ。すなわち、私はグランドビッグマック、そして妃はビッグブレックファストデラックスだ。
私たち夫婦と同じテーブルには、トヨトミ侍従長と皇帝警察の若い警察官が座っている。
若い警察官は、自分がオーダーした分をガツガツと呆れるくらいの速さで食べ終わり、今は、私が食べないマックフライポテトを何の遠慮もなくつまんでいる。この警察官は190センチ近い剛の者だが幼く可愛い顔をしている。それ故か、妃のお気に入りであり、彼はいつも私たち夫婦に一番近いところにいる。
今日の公務は一件しかない。だから、一行の皆がやや、のんびりムードだ。そんな日もないと身が持たない。ましてや、今日の未明は、マナベ総理に叩き起こされたのだから。
妃のコチミが私の寝不足を気遣ってくれた。
「上様、今朝はあれから眠れましたか?」
「うん、コチミちゃんのホットミルクのお陰でしっかりと眠れたよ。ありがとうね」
「あら、当然のことですわよ。今日は公務が一件だけだから、ゆっくりとしましょうね」
「そうだね。で、コチミちゃんは、あれから眠れた」
「ええ、ぐっすりと眠りましたわ。ところで、トヨトミさん、今日の公務は特別養護老人ホームの慰問でしたわね」
「はい、さようです。高齢者の慰問に続いて一緒にフラダンスのパフォーマンスを観ることになっています。同じ系列の老人ホームの高齢者が披露してくれるそうです」
またフラダンスと聞いて、私は少し驚いた。
「また、フラダンスなの。そんなに流行っているの?」
「はい。フラダンスは動きが緩やかですから高齢者に適しているのですよ。中年以降の御婦人の間でも大流行しているそうです。衣装が華やかですしね。本場ハワイへの研修旅行もあるそうですよ」
「ほお、そうなの。まあ、身体を動かすことだから、悪いことではないけどね。妙な利権さえなければ、健全だよ」
「さようですね。ところで、オカミ、今日は踊らないでくださいましね」
「踊らないから安心しなさい。昨日のは、ユキエ夫人への当てつけだから」
ここまではノンビリムードだったのだが、店内にちょっとした緊張が走った。
店内のテレビにニュース速報のスーパーインポーズが表示されたのだ。
トヨトミ侍従長が口を開いた。
「また、ミサイル発射ですね。え! 十発も発射したようですね。キタコウライは、このところ、ミサイルを毎週発射していますが、十発とは、いったいどういう了見でしょうね」
十発だと! もちろん、私も尋常ならぬものを感じた。
「十発かね。イ・ドンドン第一書記は何を考えているのだろうね。気が知れないよ。というか、気でも触れたのかな。どこに落下するのだろう? トヨトミさんのタブレットはテレビも視れたよね」
「はい、THKのニュースにしますね」
トヨトミ侍従長は、早速、そのようにしてくれた。
トヨトミ侍従長がタブレットをテーブルの真ん中に置き、私たち四人は画面に見入った。
テレビをつけてから五分が経過した。
すると、コチミが驚きの声を上げた。
「なんでしょうね、これ。どういうことでしょう。十発の内の六発が太陽国の排他的経済水域に落ちたそうですわよ」
六発も! 私も当然、少なからず驚いた。
「そのあたりの水域には、ハメリカの空母がいるはずだよね」
トヨトミ侍従長が答えた。
「はい。それも二隻展開しています。空母プレスリーと空母モンローです。今後の進展が気がかりでございますね」
「そうだね。これは並大抵ではないね。そうだ、明日は総理大臣から内奏を受ける日だったね。トヨトミさん、今日のミサイル実験について特に詳しく説明するよう官邸サイドに申し入れてくれないか」
「はい、かしこまりました。皇帝庁長官からそのように伝えます」
内奏とは、皇帝に対して国務大臣などが国政の報告を行うことだ。
皇帝は国政に干渉しないが、報告だけは受けることになっている。不定期の報告なのだが、たまたま、明日はその日だ。明日は、総理大臣がその内奏をすることになっている。
今や皇帝は太陽国の象徴に過ぎないので、国政の報告を受けても仕方がないのだが、戦前の大太陽帝国以来の習慣として今も残っている。
しかし、ただの習慣とはいえ、キタコウライがミサイルを十発も発射したのだ。詳細を聞いておくに越したことはない。
=続く=




