アーシュの戦い
「あれ? 逃げられたら勝負出来ないじゃないか」
また剣を兵士たちの方へ向ける。
「やめて!!」
頭で考える前に動き、その兵士たちの前に両腕を広げ立ちはだかった。
アストラの向けた剣から先ほどのように鋭く尖った水流が吹き出され、目の前まで来ると冷たい水しぶきを感じた。
が、私を避けるように方向を変え背後の兵士たちへ。うめき声が聞こえた方を振り返ると、無残にも水に突き刺されたまま動かなくなった兵士たちの姿が目に映った。床が真っ赤に染まり私の足元まで水で薄まった血が流れてくる。
アストラが落ち着いた口調で笑みを浮かべ話す。
「血が流れている所を水に浸すと血が止まらなくなるんだよ。だから普通に殺されるより早く死ねるんだ。
優しいだろ? 苦しむ時間が少なくて済むんだよ」
「こんな……」
その場にへたり込んでしまう。
頭がグラグラする。目の前の光景が歪んで見えた。
現実なのかこれは。人間がいとも簡単に殺されていく。
……現実か。夢ならこんなに心が窒息しそうになるほど苦しまないだろうから。
血の生臭さと鉄の鎧の匂いが混ざり合い、身体を蝕んでくるような感覚すらある。
アストラの声が聞こえてくる。
「あれ? 俺の力の凄さで驚かせちゃったかな?
剣と違って魔力だとあんな風に曲がったり自由自在に動かせるんだよ」
アストラの言う通り驚いた。
けれどそれは力の強大さにではない。
アストラの残酷さに、だ。
死んだ兵士たちに目をやる。
まただ。また救えなかった。
私なんかに人を救うことが出来るのか。
アーシュの声が耳元で聞こえた。
「立てるか?」
私が表情を無くしたままゆっくり頷くと、アーシュが腕を引っ張り立ち上がらせてくれる。
「……私たちは何をしたらいいの?」
アーシュは何も答えずアストラを見ている。
「兄さんを殺せばいいの?
殺しを止めるために殺しをすればいいの?」
アーシュは視線を変えずに答える。
「……兄さん一人を殺せば数え切れない多くの人が救える」
「そうかもしれないけど……殺せないよ。
たった数日だったけど、兄さんと過ごした日々は楽しかった。兄さんがいるって知って嬉しかった。
あんな日がずっと続けばいいと思っ……」
「メアリー!」
アーシュの突然の大声に驚き、思わず口を閉じる。
アーシュが振り返り、やっと目が合う。
「俺もだ……どうしたらいい?」
瞳に今にも溢れそうな涙が見える。
わからない。
ヒーローが悪い敵を殺して街に平和が訪れる。
こんな今まで見てきたありふれた物語。
それが出来ないなら?
平和は訪れない?
「おしゃべりなら俺も混ぜてくれよ」
遠くからアストラの言葉が聞こえたと思った次の瞬間、アーシュの目の前にアストラの顔が現れる。
アストラが左下から右上に向けて剣を振るう。それをアーシュは身体を反り返らせ避けた。
その後も四方八方から斬撃が続く。
アーシュはギリギリの所で避け続ける。だが剣を抜かない。
笑顔のまま攻撃を続けアストラが口を開く。
「どうした? 今は魔力使ってないぞ。
逃げるだけなんて何にもならんだろ」
アーシュの背が壁につく。
「な? 逃げ続けても終わりが来るだけだ」
アストラが剣をアーシュの顔を目掛けて突き刺す。
あまりの速さに声すら出せなかった。
突き刺された壁から小さな欠片が音を立てて崩れる。
アーシュの頬のすぐ横にそれはあった。
アーシュが避けたのか、アストラが敢えてずらしたのかわからない。もしくは両方かもしれない。
「ああ、ごめん」
アストラがそう言いながらアーシュの髪を掴む。
「この美しい髪を数本切ってしまった。
手加減はむずかしいな」
言い終わるより前にアストラがアーシュを左へ蹴り飛ばす。アーシュは軽く吹っ飛びゴロゴロと転がった。
立ち上がろうと手をつくアーシュの方へアストラが微笑みながら近付いていく。
「人は苦しみを感じたほど強くなる。
だから俺は、兄として君たちに沢山の苦しみを与えなくちゃならない。
君たちのために」
「アーシュ!」
声を掛けながら近寄る。
「俺は大丈夫」
あぐらをかき、ヘラヘラ笑ってアストラを見上げている。
「兄さん、また飲みに行こうよ」
アストラがピタッと足を止め、笑顔を消した。
そしてアーシュへ剣を向ける。
「兄さんやめて!!」
アストラへ足を進める。
剣を抜き構える。だが攻撃するためじゃない。
アーシュを守るため。
魔剣ならばもしかすると魔力を跳ね返すことが出来るかもしれないと思った。
アーシュの顔が輝く。
「そうか! 今度はメアリーが相手になってくれるのか!」
そう言い、アーシュから私へ剣先を変える。




