最後の戦い
「そうか……」
アストラが聞こえないほどの声量で呟いた。
溜め息混じりに語り出す。
「やはり分かり合えないのか……
産まれは同じでも、育った環境でこんなにも変わるのか。
憐れだな……」
そして、不適な笑みを浮かべ皆を見下ろす。
「……では始めるとしよう」
アストラが手を上げると、兵士数人が広間の奥へ移動する。
暗くて気付かなかったが、奥には石で造られた戸があるようだ。兵士が立てる音でその戸の鍵を開けているのがわかった。
奥が暗くなっていて、まるで闇のようだ。
戸が開けられた瞬間に闇の中を大きな黒い影が蠢き始めるのが見える。
兵士数人のうめき声が聞こえたので、目を凝らしてそこを見る。中から出て来たその生き物が兵士に襲いかかり、音を立てむさぼり食い始める。鍵を開けに行った数人の兵士たちはあっという間に動かなくなった。
数十匹の生き物がうようよと動いている。
広間の兵士たちにどよめきが広がるが、命令がないためその場から去ろうとはしない。
「むごいな……」
トニーが小さく言った。
その生き物がこちらにゆっくり近付き、それに光が差し姿がはっきり見えてくる。
「あれは……!!」
毛に覆われた巨大な身体、四本の腕、長い爪で兵士の身体を引きずっている。口周りには生々しく血がべっとりと貼り付いている。
「野獣……」
アーシュが目を見開きその姿を捉えている。
剣を持つ手が小刻みに震えているのがわかる。
ゼインが大きな剣を抜きながら口を開く。
「なんだこれは。
このくらい簡単に片付けられるぞ」
「駄目!!」
ゼインに慌てて声を掛ける。
アストラがその光景を見てほくそ笑んでいる。
「見覚えがあるだろう?
隣の国にちょうどいい実験台がいて良かった。
薬を作る魔力で作らせた、化け物になる薬のな。
どうだ、いい戦力になるだろう?
まあ、敵味方の区別がつかんが、味方を失っても敵を殺せるならいいだろう」
隣の国……?
まさかこの野獣は……
今にも斬りかかりそうなゼインの腕を強く掴む。
「絶対駄目!! 傷つけないで!
あれは子供たちなの!!」
「は……? いやどう見ても化け物だろ……」
野獣たちは、ゆっくりだが確実に目をギラつかせながら次の獲物を探してこちらに近付いてくる。
「ではどうするのだ? このまま殺られるわけにはいかんだろう」
「どうするって……」
ふと、一匹の野獣が目に止まる。
長い爪には青いミサンガが巻き付いている。
もしかして……!?
考えるより先に身体が動いてしまう。
野獣の群れの中へ走り出した。
「メアリー!!」
ゼインの声が背へ投げかけられるが止まれない。
「あのミサンガに見覚えがあるの!」
そう答え足を進める。
「ミサンガ……」
ゼインの声が遠のいていく。
野獣たちの中心部にいる、ミサンガを持つ野獣を目指す。
他の野獣が私に気付き、長い爪のある腕を持ち上げて襲いかかろうとしてきた。
が、目の前に突然アーシュの姿が現れ、その爪を打ち飛ばす。
「ここは俺たちが援護する!」
見るとトニーもすぐそばにおり、私に向かって来る野獣に剣を向けている。
「行け!」
その野獣は私に気付き近寄って来る。
だが呼吸は荒々しく、大きな牙の生えた口からはよだれが流れ落ちている。
「リオール!!」
剣をその場に投げ捨て野獣の懐に飛び込む。
しかし、すぐさま待ってましたとばかりに肩に噛みつかれる。鋭い痛みが走り思わず声を上げる。
横目で爪に巻かれたミサンガを見るが、やはりこれを知っている。
「ごめんねリオール……
私が戻って来るのが遅かったから……」
言いながら涙が溢れる。涙が頬を伝っていくのを感じた。
野獣の毛は冷たく、触れると少し硬かった。
どんなに怖い思いをしたことか。
どんなに痛みを感じたことか。
それに比べれば、今の私の痛みなんてどうでもよくなってくる。
野獣は噛み付いたまま、それ以上深く牙を進めてこない。それどころか、赤い瞳から涙がうっすら見てとれた。
まだ僅かにでも理性があるのだろうか。
もしあったとしてもどうすれば……
「メアリー!! そのミサンガを切ろ!!」
ゼインが遠くから叫ぶのが聞こえた。
「え……? でもこれはリオールが持っていた……」
唯一の母からの贈り物かもしれない……
「いいから切るんだ!! お前の剣なら切れる!!」
考える暇もないことはわかっている。
ゼインの意図はわからなかったが、素早く体勢を低くし剣を拾う。牙からはすんなり抜け出すことが出来た。
そして爪とミサンガの隙間に剣を差し込む。
力を入れた瞬間にミサンガがスッと切れた。
と、同時に眩しい光が放たれ目を閉じた。
次に目を開けた時、野獣がリオールの姿に変わっていた。




