金切り声(2)
マイカの言葉は、他の二人にとっても予想外のものだったのだろうか。暫しの沈黙の後、男子生徒が口を開く。
「……そういう思惑で、第六班に加入したのか」
男子生徒の声は冷静さを失ってはいなかった。彼が第六班の先輩、ゾーイであることを今更ながら確認する。シラーの傍に影のようにひっそりと佇む、そんな男子生徒だ。
「いいや」
即座に、ゾーイは先の自身の言葉を否定する。
「それなら、リシアの側にずっとついていれば良かったんだ。君はただ、誘惑に駆られた自身を正当化しようとしているだけだ」
あまりにも冷静で、残酷な言葉だった。他でもないリシアまでも、息を一瞬止めてしまう。
その声音には、どこか引導を渡すような覚悟のようなものも秘められているように思えた。
「そんなことは」
マイカが震えた声で告げる。
以前はその声を聞いて、哀れだと思ったのだろう。今はただ、動揺の表れとしか思えない。
リシアにとっても、マイカは「幼馴染」で「聖女」だった。その化けの皮が、色眼鏡が、共に剥がれていく。
「私は、ただ」
マイカは呟く。
「リシアのために」
息が詰まる。
「リシアをまた、舞台に立たせたかっただけなのに」
杖をつく音が響く。
講師が踵を返したのだ。
「以前と変わらぬ話をするようなら、私も同じ返答をする他ない」
いつもよりも低く冷たく、講師は告げる。
「君の話に、君の思いはあってもリシアの思いは一切表れていない」
俯くマイカの瞳が、髪に隠れて見開く。その視線の鋭さも、リシアは知らない物だった。
「本当にリシアを思っているのなら、こうして引き止めることもないだろう」
微かな視線を感じた。
書架の裏で固まる。
「……今後の方針を、相談しなければならない」
再び杖の音が一つ、響く。
「今のリシアに『今後』があるんですか」
鋭く声がつんざく。
「聞きました。リシアは声を失ったと。そんな子に、迷宮科の生徒としての今後があるのかと」
「おい、マイカ」
激昂する聖女を見て、流石のゾーイもいつもの冷静さを引っ込め宥める。しかし、焼け石に水のようだ。
「リシアに冒険者としての道は、もう無い。なら残るのは一つしかないでしょう」
「それは傲慢な考えだ」
図書館が、いつもの静けさを取り戻す。薄氷を渡るような、凍てつく静けさだ。
静寂が突如終わる。杖の音と共に、講師の姿が書架の間から現れた。
灰の隻眼が、リシアを一瞥する。
その視線がすぐに、図書館の出入り口に向いた。
杖を突く音が遠ざかる。
「……どうして……」
なおもマイカは呟く。既に言葉に耳を傾ける講師はいない。ゾーイも真剣に聞くつもりは無いのだろう。周囲を気にするように視線を泳がせている。
「どうして誰も、リシアのことを助けてくれないの」
声を失う直前の、スペサルティン卿との茶会が脳裏をよぎる。
迷宮科に入る時……いや、それ以前の歌を辞めた時に、覚悟は決まっていた。誰も助けてはくれない。手を差し伸べてはくれない。だから迷宮科への入学を決めた。その判断をしたのは確かに、リシア自身だ。
今のリシアなら、スペサルティン卿への言葉は幼稚な八つ当たりだとわかる。
だがその言葉に似た発言をマイカが溢しているのが、理解できなかった。
マイカは、ずっとリシアの側にいた。リシアの覚悟を知っているのだと、思っていた。
視界が、頭の中が、穴だらけになっていく。
マイカは「誰」の話をしていたのだろう。マイカはこれまで、誰を親友と思っていたのだろう。
マイカにとって、リシアとは何だったのだろう。
他者にとって、リシアとは何だったのだろう。
ここまで自分に「何も無い」とは、思わなかった。それも、かつての親友の言葉によって思い知らされるとは。
マイカの言葉にも一理ある。今のリシアに、具体的な未来は見えない。これから先どうなってしまうのか、希望的観測すらできない。
真っ暗だ。
書架を離れる。音だけは立てないように、細心の注意を払った。
ここに話が出来る人間はいない。
そう思った。




