表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
422/425

金切り声(1)

 奇異の視線にさらされるのも慣れてきた。そんな経験が何度もあるのも、おかしなことだが。


 舞台上で浴びる賞賛の視線とはまるで異なるソレを背に受け、机の上に数学の教科書を広げる。長期間休んだわけでもないが授業に追いつけるだろうか、などと考え講師が来るのを待つ。


 ふと、視線ではなく別のものが気になって周囲を見渡した。


 かつての幼馴染の姿が見えない。いつもは綺麗な所作でかけている席は、空いたままだ。


 休んでいる間に長期遠征にでも出たのだろうか。多少気になりはしたものの、教室に入ってきた講師の姿を目で追い、マイカのことはひとまず意識の彼方に投げる。


 淡々とした挨拶の後に始まった眠気を誘う数学の講義に耳を傾け、次の時間のことを考える。昼休みを挟んで午後一番の講義は迷宮学だ。どんな顔をして講師に会えば良いのか、どんな話をすれば良いのか、見当もつかない。そもそも今のリシアには「話」など出来ないのだけれど。


 既にリシアの容体は知られているのか、数学講師は一度視線を向けたものの、質問もせず授業を進める。手帳と教科書と黒板を追う流れが、鐘の音で断ち切られた。


 教科書を閉じる。


 まずは講師。それからアキラ。


 一人頷き、席を立つ。


 執事が持たせてくれた弁当を手に教室を後にする。未だ、背に視線は絡みついたままだ。


 職員室へと向かう。変わらず渡り廊下に立つ衛兵に会釈をして、扉を軽く叩く。


 返事はない。


 少し悩んで中を覗く。目的の迷宮科講師の姿は無い。代わりに、見知った衛兵長の姿があった。リシアの気配に気づいたのか、鋭い視線と共に衛兵長はこちらを向く。


 続いて、少しだけ気まずげな表情を浮かべる。


 リシアの「声」について、彼もまた耳に入れたのだろう。だとしてもこんな表情を見せるとは。


 意外なことだとリシアは思う。


「いかがなさいました」


 衛兵長に隠れて、学年主任が問う。即座に首人に向き直り、衛兵長は何かを囁いた。


 わずかなやり取りだったが、話は終わったらしい。一礼のち、衛兵長はリシアの佇む出入り口に向かった。リシアは扉の傍に身を寄せ、衛兵長が過ぎ去るのを待つ。


 しかしあろうことか、長靴は俯くリシアの視線の下でぴたりと止まった。


「公爵閣下とアルミナ様から話を聞いた」


 衛兵長は変わらず高圧的に告げる。


「養生しなくて良いのか」


 続く言葉は、意外なことにリシアの身を案じるようなものだった。顔を見上げ、呆気に取られる。その顔が気に入らなかったのか、衛兵長は以前と同じ怒気を帯びた視線を向けた。しかしその視線もすぐに、憐れむようなものに変わる。


「お前達の講師は居ないようだ」


 そう告げて、衛兵長は普通科に繋がる渡り廊下へと向かう。


 ああいうことを言う人だったのか。


 あんな表情をする人だったのか。


 予想外の出来事の連続に、リシアは立ちすくむ。同時に、憐れみの視線を思い返してなんとも形容し難いものが込み上がってきた。


 今のリシアは「可哀想」なのだろう。


 気持ちを切り替えるように息をついて、職員室から離れる。ここに居ないのならば、他に思い当たる場所は一つしかない。


 昇降口を出て、図書館へと続く小径を行く。


 今の自身なら司書に怒られることもないだろう、などと考えながら重厚な扉を開く。


 人の気配が多い。そんな直感があった。思わず高椅子の上に目を向けると、すこぶる不機嫌な様子の司書と目があった。


「私、納得できません」


 甲高い声が響く。その声が聞き覚えのある元親友の声であることに気づき、リシアは一瞬思考を止めた。


 元親友は、なぜ歌をやらないのか不思議なくらいに、人を魅了する甘い声を持っていた。今響いた声は甘さのかけらもなく、ただ金切り声のように耳に響いた。


「アンナベルグ先生が、班長に何か言ったのでは」

「おい、マイカ」

「急に退班を勧められるなんて、絶対におかしい。それもリシアがあんなことになった途端に……」


 喉が収縮する。浅く息をつき、人の気配で混み合う書架の合間を覗く。


 顔を赤く上気させたマイカと、彼女を宥めるように側に立つ男子生徒、本を携え二人を見下ろす講師。


 三者は身動き一つ取らず、互いを見据える。


 リシアもまた、書架に隠れたまま動けずにいる。


 マイカがあのように激情に駆られているのを見るのは、初めてだ。


 どんな時も笑顔を絶やさない。月並みな言葉だが、そんな子だったのに。


「私は、シラー様のそばにいないといけないのに」


 マイカが、熱気を吐くように告げる。


「シラー様がリシアを『歯車』にするのを、防がなきゃいけないのに」


 続く言葉を聞いて、視界の縁が薄暗くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ