53.牧 由貴ですが、何か?④
俺が声をかけると、バツが悪そうな顔をした片野さんが
『あ。いや…別に話し込んでた訳ではないから、ごめん。久しぶりだったから。いいよ。俺はこれで』と、その場を離れた。
呆気なく二人の会話が途絶えると、車内の彼女は思い出したように、ハンドルから離した手を握ったり開いたりしている。
その顔色は、変わらず蒼白のまま。
手を握ったり開いたりしている内に、知らずに力が入っていたと思われる手には色味が差してきた。
二人の間で、どんなやり取りがあったのかは分からない。
恐怖を感じていた生活、一人で立ち向かうには辛すぎた現実…。
それらから脱出した後の彼女を、俺はずっと傍で見てきたはず。
逃げたんじゃない。それは、勇気のいる撤退だった…と俺は思っている。
ただただ…「すごいなぁ…」と、尊敬とも、憧れ?とも取れる、何とも言えない気持ちで彼女を傍で見てきた。
いつからだろう…
果敢に、独りで立ち向かおうとしている彼女の姿を目の当たりにして、気持ちが動いたのは。
初めて彼女に告られた時、俺には好きな人がいた。その後、その人と付き合うことが出来たのも、実は彼女のお陰なのかもしれない。
自分自身に自信が(ややこしいな…)持てなかった俺でも、好きになってくれる人がいるんだ…と。
俺に告白する勇気をくれたのは、紛れもなく彼女だ。結局、その時の人とは別れてしまったけれど感謝している。
そんな彼女に…俺は思わせぶりな態度をとったり、ハッキリとした返事をせずに卑怯な立ち位置を利用していた。
たぶん…
彼女はまだ俺のことが好きだ。
それは表情や感情表現が豊かな彼女からは、有りありと感じられる。
曖昧なまま、緩々とこの関係性を保って浸っていたのは俺だ。
ごめん。
パッと顔を上げ、振り返って俺は片野さんを追いかけた。
「片野さん!」呼び止めた声に、不思議そうに彼が振り向き立ち止まる。
駆け寄った俺は彼と話した…というよりは、一方的に宣言した。
「…さんは、俺が傍に付いて支えますから。心配しないでください。だから、あなたはあなたのコトだけを考えて。体を大事にしてください」
この人は、これだけ言えば分かる人だ。それだけで充分…。
真っ直ぐに片野さんを見つめて、俺は言った。
「もう彼女を見かけても、声をかけなくて大丈夫ですから。彼女は…大丈夫ですから」と。
最初は驚いた顔をしていた彼も、察してくれたのかホッとした表情になり、何も言わずにコクン…とうなづいてくれた。
俺はアタマをぺこんっと下げて、車で待っている彼女のもとへと戻った。
彼女は車の外に出て心配そうな顔で佇んでいて、傍に歩み寄った俺を見上げた。
そんな蒼白な顔色をして…
「大丈夫ですか…?」と言った俺に彼女は、無表情で反応がない。
「だから、大丈夫ですか?」と、焦ったが冷静なふりをして、もう一度彼女に呼びかけた。
『あっ…あぁ!』こくんこくん…と、時間を呼び戻した彼女が、焦ったようにうなづいた。
まったく…人の気も知らないで…
思わず彼女のアタマに手をやって、柔らかな髪に驚きつつ…。
「驚かせないで下さいよ。そんな蒼白な顔色して…心配になるでしょ」と、ちょっとイラっとした口調になって、ポンポンとアタマを叩いた。
そんな俺に気付いたのか、
ハッ…とした顔になった彼女に、イラついていたのが可笑しくなって笑ってしまった。
『どこから見て…?』と、下から見上げて不思議そうに言った。
「あそこの応接スペースから見えたのでね…」と、後ろを振り返って俺は、彼女にネタばらしをした。
別に用事はなかった…と告げた俺に、ビックリしたような彼女。
面白い顔!クスクス…と笑いながら、さぁ俺も仕事に戻らないと。
彼女を先に見送って、俺も所長の待っている社屋へ戻るべく足を向けた。
ふと顔を上げると、片野さんがこちらを見ていて、俺と同じように彼女を寂しげに見送っているのが見えた…。
あぁ…彼女から見えないような場所で見てたのか。
つくづく、色々な人から心配されるヒトだな…ホント。
まっ。これからは、俺がいるから大丈夫だけどね。
しっかし…どうやって落とそうかなぁ。
一筋縄ではいかない、この先の展開に途方に暮れそうになる…。
牧くんの気持ちが明るみになりましたね。やれやれ…これからラブモードになるのやら。心配になってきましたわ…。←あんたが進めるんだろー。




