↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイズクロニクル  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
161/317

第13巻 ネオン雨の情報屋 第4章 反射ログの小路

反射ログの小路へ行く前に、ミャオリンは棚の薄布をもう一度めくった。


四つの木札は、さっきと同じ順番で並んでいる。


`知らせる`


`隠す`


`遅らせる`


`返事待ち`


ただし、その前の空皿は少し場所が変わっていた。四つの皿のさらに手前に、白い細長い皿が一枚、横向きに置かれている。


旅人はその皿を見た。


「増えた」


「増えたように見えるね」


ミャオリンは白い皿の横に、小さな札を立てた。


`見た手`


「反射ログを見る時は、これを先に置く。見たものを、知らせるにも隠すにも遅らせるにも入れない。返事待ちにも、まだ入れない。まず、見た手だけ置く」


ネジリが、白い皿をのぞきこんだ。


「見た手だけで足りますか」


「足りないよ」


ミャオリンはあっさり言った。


「でも、足りないって分かるために要る。足りないまま急ぐと、映像はすぐ、誰かの持ち物に見える」


ククルーの耳が少し下がった。


旅人は、ククルーの耳を見た。見たことだけ、心の中の白い皿へ置く。


「反射ログは、映像なのですか」


教授が聞いた。


「映像に見えるものもある。声に聞こえるものもある。文字のように流れるものもある。ネオン雨が街のいろんな面を通ったあとに、ほんの少し残るもの。残るけど、残ったから正しいとは限らない」


「残るのに、正しいとは限らない」


旅人は繰り返した。


ミャオリンはうなずく。


「雨粒は、通った場所を少し借りる。借りたものを返す時、形が重なる。だから、反射ログは、貸し借りのあとみたいなもの」


「返し忘れではないのですね」


ネジリが言う。


「返し忘れに見える時もある。でも、最初からそう決めると、ログが困る」


ミャオリンは戸口の方へ歩き出した。


「行こう。見た手皿を持って」


白い皿は、旅人が持つことになった。


薄くて軽い。けれど、持ってみると、空の重さがあった。


情報屋の外へ出ると、ネオン雨の音が近くなった。


雨見台の声は遠ざかり、かわりに、細い路地から紙をこするような音が聞こえてくる。ささ、ではなく、す、す、という音。濡れた掲示板を指でなぞる前の、ためらいに似ていた。


小路は、反射路地よりも狭かった。


壁は黒くない。鏡でもない。ただ、濡れた石が細かく光を抱いている。光は雨粒が落ちるたびに遅れて動く。足もとには細い水路があり、水路の底に、読めそうで読めない線が流れていた。


ミャオリンは、小路の入口に手をかざした。


「ここから先は、声を小さく」


「大きい声を出すと、ログが消えるのですか」


ネジリがひそひそ声で聞いた。


「消えない。混ざる」


ミャオリンも小さな声で答える。


「消えるより、混ざる方があとで読みにくい」


ククルーが、旅人の足もとを見た。


「足あと灯も、今日は小さめだね」


足あと灯は光っている。けれど、いつもより低い。旅人の足跡を示すというより、足跡が小路の光へ入り込みすぎないよう、縁だけを細くなぞっている。


旅人は小札を書いた。


`足あとも見えすぎない`


ミャオリンがそれを見て、口の端を上げる。


「いい。ここでは、見えやすさも時々休ませる」


小路の途中に、薄い鏡が立てかけられていた。


鏡というより、水を張った板に近い。板の上を、雨粒がゆっくり転がっている。転がるあいだだけ、板の奥に何かが映る。雨粒が落ち切ると、映ったものも消える。


「雨鏡」


ミャオリンが言った。


「雨が落ちている短い間だけ、通った光を見せる。長く見るものじゃない。長く見たい時ほど、見た手皿に置く」


教授は身を乗り出しかけ、すぐに戻った。


「長く見たい手が出ました」


「出るよ。出ない方が変だよ」


ミャオリンは、雨鏡の横に、丸い小石を置いた。


「これを押さえ石にする。見たくなった手が前へ出たら、小石を一つ動かす。映像は動かさない」


ネジリが、目を丸くした。


「手を動かして、映像を動かさない」


「そう」


旅人は、白い皿を雨鏡の下に置いた。


雨粒が一つ、鏡の上を転がった。


最初に見えたのは、青い線だった。


線は、路地の奥から手前へ走っている。走っているのに、音は遅い。次に、白い棚の角が映った。棚の前に、小さな影がある。影は旅人に似ているように見えた。


旅人は息を止めそうになった。


似ている。


そう思った瞬間、影は棚の角に重なり、棚の影にも見えた。次の雨粒が落ちると、影は掲示板の文字の欠けにも見えた。


「見た?」


ミャオリンが聞いた。


旅人はうなずいた。


「言うなら、どこまで?」


旅人は少し考え、白い皿の横へ札を置いた。


`小さな影を見た`


それだけでは、まだ強すぎる気がした。


もう一枚。


`旅人に似ていると思った`


書いたあと、旅人は手を止めた。


ミャオリンは、その札を四つの木札のどれにも入れなかった。白い皿の上に、そっと乗せる。


「いい。似ていると思った、まで。似ていた、とはまだ言わない」


ククルーは、雨鏡を見ていなかった。


見ていないように見えた。


けれど、鈴は鳴らず、首元の毛だけが、雨音に合わせてほんの少し揺れた。


旅人は、ククルーへ声をかけようとして、やめた。


聞き返せる場所はある。


今は、見た手皿が先だった。


次の雨粒が落ちた。


雨鏡の中で、短い映像が切れた。


切れた、と思うより先に、切れているところだけが見えた。


白い階段の端。濡れた赤い布。誰かの手元。丸い灯り。短く開いた戸。そこへ、細い声が重なる。


「ま……」


声はそれだけだった。


待って。


また。


前へ。


真ん中。


言葉はいくつも続きそうで、どれにも決まらない。


ネジリが小石を一つ動かした。


「続きを見たい手が出ました」


「いい動かし方」


ミャオリンはほめるが、雨鏡には触れない。


教授も小石を一つ動かした。


「意味を一つにしたい手が出ました」


ククルーは、小石に触れなかった。


そのかわり、自分の鈴の下へ前足を添えた。


「ぼくは、音を先に覚えそうになりました」


声は静かだった。


ミャオリンは、ククルーの言葉をすぐには札にしない。旅人を見た。


旅人は白い皿の横に書いた。


`音を先に覚えそうになった、と聞いた`


ククルーは、その札を見て、小さく息を吐いた。


「ありがとう」


それ以上は言わない。


雨鏡の中では、切れた映像片がもう見えなくなっていた。


見えなくなったあとも、見た気持ちは残る。


見えないのに、残る。


だから、持ち帰りたくなる。


旅人は小石を一つ動かした。


「持ち帰りたい手」


自分でそう言うと、白い皿が少し重くなった気がした。


ミャオリンは、皿の端を指で押さえた。


「持ち帰ることも悪くない。でも、持ち帰り方を間違えると、映像が荷物じゃなくて証明書になる」


旅人はうなずいた。


「証明書にはしない」


「うん。今日はまだ、本人未満札も出さない」


ネジリが首をかしげた。


「出さないのですか。あるなら、使った方がよさそうです」


「よさそう、が速い」


ミャオリンは白い皿を持ち上げた。


「本人未満札は、強い札だよ。強い札は、早く出すと、それだけで安心を作る。今日は安心の前を見たい」


旅人は、まだ出さない札の場所を思い浮かべた。


あるのに出さない。


出さないから、なかったことにはならない。


小路の奥から、また紙をこするような音がした。


今度は、雨鏡ではなく、壁の濡れた石の一つが短く光った。光の中に、細い線が三つ見える。線は階段にも、棚にも、誰かの髪にも見える。


ミャオリンが白い皿を差し出す。


「ここへ」


旅人は札を書いた。


`三つの線を見た`


その下に、少し迷ってから書く。


`何に似ているかは、まだ分けない`


ミャオリンは満足そうにうなずいた。


「反射ログの小路は、答えをくれる場所じゃない。見た手が増える場所。見た手が増えると、急いで棚へ入れたくなる。だから、戻れる席がいる」


「情報屋へ戻るのですか」


教授が聞いた。


「戻る。全部は持たない。白い皿だけ持つ」


ネジリは雨鏡を振り返った。


「もう一度見たくなります」


「なる。ならない方が変だよ」


ミャオリンは同じ言い方をした。


「でも、もう一度見る前に、一度戻る。見たまま走らないって約束したから」


ククルーが、ようやく雨鏡を見た。


雨粒はもう落ちていない。鏡はただの濡れた板に戻っている。


「見ていない時にも、見たことは残りますね」


「残る」


ミャオリンは言った。


「だから、残ったものを一人の持ち物にしない場所がいる」


旅人は白い皿を持った。


皿の上には、札がいくつも乗っている。


`小さな影を見た`


`旅人に似ていると思った`


`音を先に覚えそうになった、と聞いた`


`三つの線を見た`


`何に似ているかは、まだ分けない`


どれも、答えではない。


けれど、なかったことでもない。


小路を出る時、足あと灯がもう一度細く光った。


行きの足あととは、少しだけ違う線だった。


同じ道を戻っているのに、同じではない。


旅人は、その線も札にしたくなった。


でも、白い皿の上はもう十分重い。


旅人は札を書かず、ただ手の中で皿を水平に保った。


情報屋の濡れた看板が見えてくる。


黒猫のような看板は、やはり黒くない。


雨の色が重なって、黒く見えるだけだった。


ミャオリンは戸を開け、棚の中央の丸布を指した。


「戻ろう。見た手を、まず座らせる」


旅人は白い皿を丸布の中央へ置いた。


置いた瞬間、速い封筒が少し光った。


遅い封筒も、少し光った。


四つの木札も、布の下で待っている。


でも、ミャオリンはどれにも手を伸ばさなかった。


「今日は、見た手皿のまま」


ミャオリンはそれから、白い皿の横へ、細い黒い布を一枚置いた。


黒いといっても、光を飲む黒ではない。


周りの色を少し休ませる、やわらかい暗さだった。


「抜け間布」


「抜け間?」


ネジリが聞く。


「見えなかった場所を置く布。見えたものだけを並べると、見えなかったところが勝手に埋まる」


ミャオリンは、白い皿の札を一枚ずつ指した。


`小さな影を見た`


`旅人に似ていると思った`


`音を先に覚えそうになった、と聞いた`


`三つの線を見た`


`何に似ているかは、まだ分けない`


「この札と札の間に、見えていない場所がある。そこを急いで結ぶと、話になる。話になると持ちやすい。でも、持ちやすい話は、見えなかった場所を踏む」


旅人は、雨鏡で見た白い階段の端を思い出した。


濡れた赤い布。


誰かの手元。


丸い灯り。


短く開いた戸。


それらの間には、見えなかった場所がたくさんあった。


見えたものをつなぎたくなる。


つなぐと、意味ができる。


意味ができると、安心できる。


けれど、その安心は速い。


旅人は札を書いた。


`見えなかった場所`


もう一枚。


`つなぎたい手`


それを抜け間布の上へ置いた。


ククルーは、その布を長く見た。


「見えなかった場所を、急いで埋めない」


声は、講義のようでもあり、独り言のようでもあった。


旅人は札を取ろうとして、止めた。


ククルーの言葉をすぐ札にすると、ククルーが答えを出したように見える。


だから、旅人は自分の言葉で書いた。


`埋めたくなった`


ククルーは、その札を見て、少しだけ目を細めた。


「埋めたくなった、までなら持って歩けるね」


教授は、写し前の板を出しかけて、またしまった。


「記録したい手が出ました。けれど、今記録すると、見えなかった場所まで記録した気になりそうです」


ミャオリンはうなずいた。


「教授、だいぶ情報屋向きになってきたね」


「研究者としては、褒められているのか迷います」


「迷っていい」


ミャオリンは、抜け間布の端を押さえた。


「次に見るものが、ここを埋めるためだけのものになると困る。だから、この布は棚に置く」


「情報屋の棚へ?」


「うん。見えなかった場所のための棚がないと、見えたものの棚が強くなる」


旅人は、白い皿と抜け間布を別々に見た。


皿の重さと、布の軽さは違う。


違うから、同じ袋へ入れない。


ネジリが、それを見て言った。


「見えたものと見えなかったものは、同じくらい大事ですか」


ミャオリンは少し考えた。


「同じくらい、も速い。大事の形が違う」


旅人はうなずいた。


`大事の形が違う`


その札を、白い皿と抜け間布の間へ置いた。


その言葉で、旅人の肩から少し力が抜けた。


反射ログの小路で見たものは、まだどこにも送られない。


まだ誰かのものにならない。


まだ意味の一つに閉じない。


ククルーは丸布の前に座り、白い皿を見た。


「言わないものも置ける皿なんだね」


ミャオリンは、少しだけ笑った。


「使うには、けっこう勇気がいるけどね」


さっき情報屋の棚で聞いた言葉と、よく似ていた。


旅人は、今度はすぐ札にしない。


似ている言葉も、同じ言葉ではない。


白い皿の上で、切れた映像片は静かだった。


静かなまま、次の場所を急がせなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。