第65話『長い夜』
「あ、姉上……!」
急な話に思わず声を揺らしながらレオンが口を開く。
ヴィクトリアは視線のみで振り返り、笑った。
「レオンハルト。ヴァレンシュタイン家はお前に託す。父上が、私が愛したあの北の地を、お前の手で支えろ。……そしてノワールはもう我が家の娘同然だ。二度と独りにはするな」
それだけ言って、ヴィクトリアはアルベルトへと向き直った。
「謹んでお受けいたします。アルベルト殿下」
騒がしい貴族達の声が、まだ耳の奥に残っているようだった。
やけに長い一日に感じられた。
噂好きな彼らのことだ。明日には様々な情報が、様々な尾ヒレを付けて王都中を飛び回っていることだろう。
王都の別邸に帰ったノワールは入浴も終え、レオンハルトの部屋でベッドに腰掛けていた。
帰り際何人もの貴族に声を掛けられかけ、その都度レオンが遠ざけて、ようやく帰路につけたのだ。
再びその価値を明らかにされた闇の神子にして、ヴァレンシュタイン公爵家次期当主の婚約者、そして果ては次期王妃の寵愛を受ける義妹となった立場では、無理もない話だった。
『手のひらを返すのが早い』と苦い顔をしていたレオンを思い出し、小さく笑う。
「どうした?」
その様子に気付いたレオンに問われるが、小さく首を横に振る。
色んなことが起きた一夜だったと、ノワールは目を伏せる。
「お姉様は……本当に、あれで良かったのでしょうか」
「本来、貴族とは家のために結婚するものだ。姉上も家のため、国のために嫁いで行かれる。……あの様子では、以前から、あの二人の間で決まっていたのだろうな」
確かに、迷いのないやり取りだったとノワールも思った。
「それに、姉上とアルベルト殿下は似た者同士だ。上手くやるだろう」
「似た者同士ですか?」
「ああ」
そうだろうかと首を傾ける。そして、どう誤魔化しても胸の一番奥で重くなってしまっている名前を小さく吐く。
「セレスティは……父と母は、どうなるのでしょうか」
夜会の前にヴィクトリアから件の事件のこと、父や母のことを聞いた時から予想はついていた。
覚悟もしていたはずだが、やはり実際に向けられた憎悪に染まった瞳が忘れられない。
隣に腰掛けるレオンの腕が、ノワールの肩へと回った。
「人身売買は重罪だ。証拠も揃えてある。……まず間違いなく極刑になるだろう」
身を寄せ合って、その体温に縋る。耳元で響く静かな声が心地良かった。
「光の神子は――公爵家の者に手を出したとはいえ、神子を処刑するわけにはいかない。恐らく生涯、修道院で祈りを捧げ続けることになる」
「……そうですか」
どこかに罪人を集めた修道院があるという。そこは質素な食事だけを摂り、靴の着用さえも許されない、非常に厳しい環境だと聞いたことがある。
それでも命を絶たれることはないのだと、僅かな安堵が胸に沸き上がる。
膝上で、レオンの指がノワールの指に絡まった。伝わる体温は少しだけ冷たい。
顔を上げれば、すぐそこに見慣れた瞳があった。いつだってこうして、ノワールを見守ってくれている。
それをもう知っているから、今は震えずにいられる。
「もう全て終わった。今日は眠るといい」
「……はい」
そう返事をするが、立ち上がれない。
最近はきちんと寝室を分けて眠っていた。一緒に眠ることがはしたないことだと知ってからだ。
けれど。
(……名残惜しい……?)
後ろ髪を引くような、妙な感覚に押し黙る。
レオンは不思議そうにノワールを見ていた。絡めた指に少しだけ力を込める。
自分の頬が熱を持ったのが分かる。
「今日は、一緒に眠ってもいいですか……?」
出会ったばかりの頃は、自分の望みを口にするなど考えられなかった。
けれど、今はそれを受け止めてくれると知っているから、こうして甘えることが出来る。
レオンは小さく笑い、ベッドの上へと身を横たえた後、隣のスペースへと誘ってくれる。
眠り慣れたその場所で、ノワールは眠りについた。
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