第64話『神子の加護』
セレスティの声も消えた広間で、ノワールに向く視線はやはり好意的なものではない。分かっていたことだ。
刻み込まれた価値観というのは、そういうものだ。
「国王陛下。既にご存知とは思いますが、先日ヴァレンシュタイン前公爵が逝去いたしました」
突然、重苦しい空気など無いかのようにヴィクトリアが声を上げた。
「あ……ああ。報告は受けている」
唐突なことで国王は僅かに驚きながら応えた。
これだけ場が荒れたのだ、頭が痛いのだろう。顔色が少し悪く見える。
繰り返しぐったりと溜息を吐いている王妃も同様だ。
「父は闇の神子の歌声に導かれ、穏やかにその生涯を閉じました。闇の神子を遠ざけ、死を司る加護など不要だと考える方もいらっしゃるようですが……不思議なものです。人は例外なく、その時を迎えるというのに」
まるで独り言でも吐くかのように。あるいは舞台上で定められた台詞をなぞるように、演技めいた所作でヴィクトリアは言ってのける。
その一言で、多くの人が気付いたようだった。
自分達が不吉だと罵ってきた、その力が存在する理由に。
沈黙を貫いていたアルベルトは冷たさをすっかり隠した笑みで、ゆったりとした拍手を響かせていた。
「素晴らしい。そして貴女は、闇の神子に向けられた悪意ある噂に惑わされず、神子を守り抜いたというわけだ。ヴァレンシュタイン次期公爵として申し分ない資質だ」
「次期公爵などと呼ぶのは早計でしょう。ヴァレンシュタイン家にはレオンハルトもおります。継承者が私と決まったわけではございません」
「ほう。では、公爵以外の道を提示したとしても問題は無いわけだ」
(……なんだか……)
酷く演技めいたやり取りだ。と、ノワールは思った。隣を見上げるとレオンハルトも同じように引っかかっているのか、僅かに眉根を寄せて場を眺めている。
周囲の貴族達もまた同様だ。意味もないやり取りをする二人ではない。何かが起こる、それだけが確定しているような空気だった。
「姉上、まさか」
レオンハルトが小さく呟く。
同時にレオンと目が合ったアルベルトが、一瞬だけ片目を閉じてみせた。
そしてヴィクトリアの前へと歩み寄ると片手を取り、手の甲へと唇を触れさせる。
「では、ヴィクトリア嬢。どうかこの私の妻となっていただきたい。未来の王妃として」
「――えっ」
思わず声を漏らすノワールの声は響くことは無かった。
同じ瞬間に周囲から上がった様々な声に呑まれ、掻き消されていた。
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