第60話『婚約破棄』
「さすがはセドリック殿下。情に流されず、罪は罪として切り分けて考えられる。ご自身が何人の女性と親しくされていようとも、それとは関係の無い話ですものね」
セドリックの遊び癖は有名なものだった。それは国王も黙認していたのだろう。
一歩間違えれば王族への侮辱となってしまいそうなヴィクトリアの言葉にさえ、黙ったままだ。
セドリックもまた何も言わず、唇を噛んでその場に立ち尽くしていた。
それはまるで、この場所で婚約破棄を宣言された、あの日のノワールの姿のようだった。
誰もが口を開けない、その空気の中で動きを見せたのは第一王子のアルベルトだった。
婚約者のセレスティの手を引いて、高台へと上がる。
真っ白なドレスに、同じ色の髪を揺らしながら、セレスティは聖女然とした面持ちで微笑んでいた。
国民に崇められる、光の神子のいつもの笑みだった。
「では、この場を借りて――私、アルベルトからも一つ報告させていただこう」
これだけの貴族が集まった場での報告といえば、相場は決まっている。
婚約者の次の言葉を待つセレスティの表情は崩れない。ふと、セレスティの瞳がノワールを捉えた。
恐らく誰にも気付かれてはいない。だがノワールを見下ろすその瞳は、酷く冷たい温度をしていた。
思わずノワールの指先が強張る。その指にレオンは自身の指を重ねた。
十分に間を取ったアルベルトはセレスティの細い手を取り、そして離した。
「私も、光の神子セレスティとの婚約を破棄させていただく」
「――えっ」
セレスティのか細い声が、音の無い空間に響いた。
その表情は彫刻のように固まっている。
この場の誰もが、音一つ立てることを許されていない。そんな空気だった。
「アルベルト王子! どういうおつもりか!」
直後、会場の端から聞き慣れた怒鳴り声が聞こえた。ノワールは反射的に顔を上げる。
父だ。父が顔を真っ赤にして、人波を掻き分け王族を見上げる場に立つ。
母は顔を反対に真っ青にして、今にも倒れてしまいそうだった。
「それも、ヴァレンシュタイン家から説明させていただこう」
再び口を開いたのはヴィクトリアだ。
アルベルトとヴィクトリアの視線が、合図のように絡んだことを見逃さなかったレオンは小さく息を吐き、それに隠して小さく笑う。
更に続く『断罪』を見据えているかのように。
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