第59話『リリアーナ・フローレンス』
「オブスキア国第二王子セドリック・オブスキアは、リリアーナ・フローレンスを正式な妃として迎える! この婚姻に異議ある者はいるか!」
その問いは毎度の形式的なものだ。
過半数の反対があれば、王族の婚姻とて行うことが出来ない。そういう決まりになっている。
だが異議を唱える者などいない。広間は静寂に包まれている。――はずだった。
「ヴァレンシュタイン家はその婚姻に反対する」
ヴィクトリアの凛とした声が静寂を裂いた。
セドリックの視線が、いや、会場中の視線が、ヴィクトリアへと向けられる。
「――今、何と?」
「反対する、と。申し上げました。セドリック殿下」
凍り付いた空気にもヴィクトリアは揺らがない。
セドリックの後ろから、国王が静かに口を開く。
「その理由は」
短い、問いだった。
ヴィクトリアは恭しく一度頭を下げて見せ、その後にまた背筋を伸ばし真っ直ぐに国王を見上げた。
「フローレンス男爵には領地運営費を着服していた疑いがあります」
「何だと? ……なぜ、今そんな話を……!」
「申し訳ありません。調査に時間が掛かってしまっていたもので」
睨むセドリックに、ヴィクトリアは唇に笑みさえ浮かべ、形ばかりの謝罪をして見せる。
「そして、リリアーナ嬢にも。リリアーナ嬢は第二王子殿下との親しい関係を利用し、王家への口利きを餌に、金品を受け取っていたとの報告を受けております。――王家に名を連ねるのに、ふさわしくない振る舞いでは、と」
「なっ……」
今度は、全ての視線がリリアーナへと向く。セドリックですら知らなかったようだ。
当然どちらも軽くは無い罪だ。特に王家の名を穢す行為は、到底許されるものではない。
リリアーナはセドリックの腕の中で視線を迷わせている。
「あっ、ち、違う……お父様……!」
取り繕うことさえ出来ない、その反応は悪手だった。
助け舟を乞う娘の視線を受けたフローレンス男爵家の当主であるリリアーナの父親は、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
睨むようにヴィクトリアへ視線を向けるが、何も言えないままに口を閉ざす。
証拠は既に全て掴まれている。そう察したのだろう。何度かの荒い呼吸を挟んだ後で、やがて消え入るような声を発した。
「申し訳……ございません」
国王に向けて溢された声が、玉座まで届いたかは定かではない。
「フローレンス男爵を別室へ」
面倒事に頭を痛める、国王の声が静かに響いた。
次に会場の視線が向かうのは、当然セドリックの元だ。その腕の中では大きな瞳を潤ませ、細い肩を震わせているリリアーナがいた。
セドリックは一瞬だけ迷うように表情を歪めた。だが次の瞬間にはリリアーナの肩を突き飛ばし、乱暴に距離を取る。
「で、殿下……?」
信じられないとでも言いたげな声だった。セドリックはそんなリリアーナを一瞥し、苛立たしげに吐き捨てる。
「この女も連れて行け! 王家の名を利用して金を集めていたのだろう! ならば同罪だ!」
リリアーナの顔から血の気が引いていく。先程まで自らの腕の中に抱いていた女を、セドリックはまるで汚れた物でも見るような目で見下ろしていた。
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