第58話『セドリック・オブスキア』
ノワールはいつも背を丸め、他人の視線から逃れようとするように黒いベールを被っていた。
覗く肌は青白く不健康で、髪はいつだって傷んでいるものを無理矢理に結っていた。
その面影は、もう無かった。
歩む度に揺れる黒髪は照明の明かりを反射するように艶めき、その白い肌に陰影を落とす。
何より、その瞳は以前のように怯えきったものではない。
緊張はしている。それでも逃げ出さず、隣を歩くレオンハルトと共に真っ直ぐ前を見据えていた。
誰もが知っているはずだった。あれは婚約を破棄され、震えながら王城を去った惨めな伯爵令嬢だと。
だが今、彼らの視界に映るのは違う。ヴァレンシュタイン公爵家の長男に寄り添われる、神聖な闇の神子の姿だった。
「オブスキア国王陛下、並びに王妃殿下のご入場です!」
その声が、凍り付いたような空気の中で響いた。全員の視線が王座の置かれた高台へと向く。
「第一王子、アルベルト・オブスキア殿下。第二王子、セドリック・オブスキア殿下のご入場です!」
続いて二人の王子の名も呼ばれる。
国王と王妃は定められた玉座へと腰を下ろした。
婚約破棄を宣言されたあの時、同じ場所にいた国王も王妃も、一言も発しはしなかった。
どんな顔をしていたのかさえ、あの時顔を上げられなかったノワールは知らない。
今も頭を垂れているせいで、その表情を伺うことは出来なかった。
少し遅れてアルベルトとセドリックの姿も現れた。アルベルトは数段の階段を降り、その先で待つセレスティの手を取った。婚約者なのだから当然だ。
皆が顔を上げた頃、セドリックが人目を引くように玉座の前へと立つ。
一瞬、ノワールとセドリックの視線がぶつかった。
そこに見えた表情はいつもノワールを蔑んでいたものとは違う、少し驚いて呆けたようなものだった。
(今更、見惚れているのか)
レオンハルトは小さく笑う。そして人知れずノワールの髪へと口付けを落とした。軽く触れるだけのものだが、ノワールを慌てさせるには十分だ。
セドリックの睨むような視線に、頬を染めて視線を彷徨わせているノワールが気付くことはない。
「リリアーナ・フローレンス! こちらへ!」
セドリックが高らかに名を呼ぶ。
淡い桃色の髪を揺らしながら、リリアーナは階段を駆け上がり、セドリックの腕の中に収まった。
肩や脚を大きく露出し、ふんだんにリボンをあしらった、前衛的なデザインのドレスが揺れる。
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