第57話『夜会へ』
その日、王城の周囲はたくさんの人と馬車で溢れていた。
第二王子の結婚発表パーティが行われる夜が訪れた。女性は色鮮やかなドレスを身を纏い、男性にエスコートされながら一組ずつ王城へと入っていく。
見上げるほど大きな扉をくぐった先の大広間には、既に多くの人影があった。
「ヴァレンシュタイン公爵家当主代理、ヴィクトリア・ヴァレンシュタイン様のご到着です!」
賑やかな会場に声が響く。
ヴィクトリアは他の女性のようにドレス姿ではなく、ヴァレンシュタイン家の正装である軍服に身を包んでいた。
「まさか、本当にあのヴァレンシュタイン家までいらっしゃるとは……」
ざわざわと、囁き声が何十にも重なって広がる。
この国の最北を治めるヴァレンシュタイン家は、王都で行われる催しにほとんど姿を見せない。王都まで距離があるというのは誰もが知る建前で、実際は社交の場を嫌っているだけだ。
興味と好奇の視線を受けながら、ヴィクトリアは一人広間へ歩んでいく。本来であれば男性のエスコートも無く歩く女性など笑い者になるだろう。
だが金の髪を靡かせ、背筋を伸ばし堂々と歩む、公爵家を背負うその姿を揶揄出来る者はいなかった。
「同家嫡男、レオンハルト・ヴァレンシュタイン様。闇の神子、ノワール・ローゼンベリア様のご到着です!」
ざわめきの余韻だけを残して、場に静寂が落ちる。
まだ記憶に新しい、この王城の広間で婚約者に婚約破棄を宣言された、笑い者の名が次に呼ばれた。
ノワールは、黒を基調としたドレスを身に纏って、その場所へと足を踏み入れた。
漆黒の生地には光沢のある糸が織り込まれており、角度によって紫や青にも見える。夜会の照明を受ける度に仄かな輝きが生まれ、その姿は夜空で瞬く星を連想させた。
繊細な花を模した髪飾りは、北の国でだけ採れる希少な宝石が飾る。少しの光を眩しいほどの煌めきに変え、輝いている。これはレオンハルトからの贈り物だ。
隣に立つレオンに手を引かれ、城の大扉をくぐる。
(……足が……)
僅かに、膝が震える。ドレスに隠れて見えはしないだろうが、爪先が凍り付いたようだった。いつかと同じ無数の視線がノワールを貫いた。
ノワールを支えるように、レオンの手に力が籠る。
「俺がついている。大丈夫だ」
「……はい」
短い声一つでノワールの胸に安堵が広がる。
そっと視線を持ち上げると、何人かと目が合った。
養父と共に先に会場に入っていたシャロット。
父と母、その傍らに立つ妹。光の神子、セレスティ。
他の貴族は皆同じ顔に見えた。全員が、ノワールを品定めするように真っ直ぐ無遠慮な視線を向けている。
以前であれば闇の神子を笑う声が聞こえていても不思議ではなかったが、今その隣に立つのはヴァレンシュタイン家だ。下手なことは出来ない。
だが、誰かがノワールを罵倒すれば、皆がそれに続く準備は出来ている。
そういう雰囲気だった。
お読みいただきありがとうございます。
評価やブックマーク等で応援いただけると、執筆の励みになります!




