第56話『王都へ』
数週間後、再びの長旅を終えて馬車を降りたノワールが踏んだのは王都の地だった。
そんなに時は経っていないはずなのに、既に懐かしく感じる。
ヴァレンシュタイン家の別邸では、使用人が並んで頭を下げていた。
「おかえりなさいませ。ヴィクトリア様。レオンハルト様。ノワール様」
行き場の無いノワールを受け入れて、優しく接してくれた使用人達だ。
温かい感情が胸に込み上げる。
以前も使っていた部屋に、また案内される。
日当たりの良いその部屋はあの時と何も変わらず、ノワールを受け入れてくれた。
その時に面倒を見てくれたメイドも、変わっていなかった。
「おかえりなさいませ、ノワール様。またお会い出来て嬉しいです」
「私も……嬉しいわ、ミア」
そんな挨拶も終え、夜になりヴィクトリアに呼び出されたノワールはレオンと共に執務室へとやって来ていた。
「お久しぶりです、みなさん!」
「……シャロット?」
「お前、なぜここに?」
「私が呼んだ」
ヴィクトリアはそう言った。
以前ノワールが連れ去られた際に、その情報を伝えてくれた少女、シャロットがいた。
前は平民の服を着ていたが、今は貴族が着るようなドレスに身を包んでいた。
「彼女は私の協力者だ。懇意にしている子爵家の養子となった」
「はい! シャロット・クレインになりました! ……にしても、ご令嬢のドレスって大変ですね。こんな、毎回お腹を締め付けるだなんて……」
腹部を擦りながらシャロットは愚痴る。
ぽかんと呆けているノワールとレオンに対してヴィクトリアは座るようにと指先で指示し、二人は一先ずそれに従う。
「協力者? 一体何の……?」
レオンが問う。
「当然、情報屋としてだ。王都にいて、社交界にも自由に顔を出すことができ、手足として動ける駒が欲しいと思っていたところだ」
当然のようにヴィクトリアが答えた。
シャロットはうんうんと相槌を打っていたが、以前と同じ手帳を取り出し幾らか真剣な面持ちとなり、ノワールを真っ直ぐに捉えた。
「私はこの王都で、以前ノワール様を拐った者達の情報を探っていました。そして、それは不思議なことに、社交の場へと繋がったのです」
シャロットは手帳に書いてある文字へと視線を滑らせていく。
「ノワール様が生まれた頃、闇の神子は決して不浄な存在とはされていませんでした。辿ったところ、この十数年の出来事でした。存在しなかった悪しき噂が囁かれ、それが常識であるかのように広まっていったのは……」
物語でも読み聞かせるように、静かな声でメモ書きが読み上げられていく。
そして一度言葉を切ると、シャロットはそのメモを閉じてニコリと微笑む。
「と、言うわけで! 最も情報が集まる社交の場……そこに出入り出来るように、ヴィクトリア様にお力添えをいただいたんです!」
「ああ。丁度、子のいないクレイン子爵家は快く協力してくれた」
会話についていけず、ぽかんと口を開けてしまっているノワールの傍らで、大急ぎで事情を整理したレオンは訝しむように眉根を寄せた。
「闇の神子を、意図的に貶めていた者がいると? ……そして、それとあの誘拐事件は、関連している」
「そういうことだ」
短くヴィクトリアは答える。
そして口元から笑みを消し、真剣な眼差しでノワールを捉える。
「全てを説明する。聞く覚悟はあるな、ノワール」
名前を呼ばれたノワールは短く息を吐き、そして真っ直ぐにヴィクトリアへ視線を返しながら小さく頷いた。
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