第55話『葬儀』
ノワールはレオンハルトの部屋で、ソファに腰掛けていた。
普段ならばノワールの部屋の前で離される手は、そのままレオンの自室に入るまで離されることはなかった。
揃って暖炉に向けて置かれたソファの上で言葉を交わせずにいる。
やがて、レオンが短く息を吐く。
「……君の喪服を、用意させないとな」
「レオンさん、今は私のことなど……」
言いかけて言葉が止まった。
夢でも、冗談でもない。ノワールがいつか父と呼びたかったその人は、叶う前に居なくなってしまった。
溢れ出した涙が睫毛を濡らす。
「ごめんなさい……悲しいのは、レオンさんの方なのに」
「構うものか。父上もきっと喜んでおられる。君を娘と呼ぶ日を楽しみにしておられた」
ノワールは、実の親に何度殴られても泣くことはほとんど無かった。いつだって黙って耐える方が負担が少なくて済んだから、泣くことを忘れてしまっていた。
けれどいつからか、感情が揺れ動くことが増え、堪えられない涙が伝うことも増えた。レオンの腕に引き寄せられ、その肩を涙で濡らす。
やがて朝が近付き、泣き疲れた瞼が重くなっていく。
レオンは何も言わず、しばらくの間、暖炉の中でぱちぱちと弾ける火を眺めていた。
「……なぜ姉上は、すぐに公爵の座を継がないのだろう」
微睡んだ意識の中、その声をノワールは聞いていた。だが答えるよりも先に意識は沈んでいった。
一週間後、ヴァレンシュタイン前当主の葬儀が執り行われた。
空は重く曇り、北の地らしい冷たい風が吹いている。
領地中から集まった人々は黒を基調とした服に身を包み、静かに祈りを捧げていた。
貴族だけではない。騎士も、使用人も、領民達もまた、その死を悼むために足を運んでいる。
ノワールはレオンと共に参列者の列へ視線を向けた。
思っていた以上に、人の数が多い。
それだけ、この地の人々に慕われていたのだろう。
やがて棺が運ばれる。
飾られている花は決して華美なものではない。だが丁寧に整えられたそれらからは、故人への敬意が感じられた。
先頭へ進み出たヴィクトリアが振り返る。
黒い喪服に身を包んだその姿は、いつも以上に公爵家当主代理としての威厳を纏っていた。
「父は生涯をヴァレンシュタインのために捧げた」
静かな声が響く。
「騎士として。領主として。そして一人の父として、誇るべき人生だったと私は思う」
参列者達は誰一人として言葉を発しない。
ただその言葉を聞いていた。
「どうかその功績を忘れないでほしい。そして我々もまた、この地を守り続けることを誓う」
ヴィクトリアはそう告げると、棺へ向けて深く頭を垂れた。
続いてレオンも前へ進み出る。
その横顔はいつもと変わらないように見えた。
けれど握られた拳が、僅かに力を帯びている。
ノワールはそっと目を伏せる。
父を、この地を守った者を失った悲しみは消えない。
それでも二人が涙に暮れ、立ち止まることはない。
ヴァレンシュタインの名を背負う者として。
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