表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/67

第55話『葬儀』


 ノワールはレオンハルトの部屋で、ソファに腰掛けていた。

 普段ならばノワールの部屋の前で離される手は、そのままレオンの自室に入るまで離されることはなかった。

 揃って暖炉に向けて置かれたソファの上で言葉を交わせずにいる。


 やがて、レオンが短く息を吐く。


「……君の喪服を、用意させないとな」


「レオンさん、今は私のことなど……」


 言いかけて言葉が止まった。

 夢でも、冗談でもない。ノワールがいつか父と呼びたかったその人は、叶う前に居なくなってしまった。

 溢れ出した涙が睫毛を濡らす。


「ごめんなさい……悲しいのは、レオンさんの方なのに」


「構うものか。父上もきっと喜んでおられる。君を娘と呼ぶ日を楽しみにしておられた」


 ノワールは、実の親に何度殴られても泣くことはほとんど無かった。いつだって黙って耐える方が負担が少なくて済んだから、泣くことを忘れてしまっていた。

 けれどいつからか、感情が揺れ動くことが増え、堪えられない涙が伝うことも増えた。レオンの腕に引き寄せられ、その肩を涙で濡らす。



 やがて朝が近付き、泣き疲れた瞼が重くなっていく。

 レオンは何も言わず、しばらくの間、暖炉の中でぱちぱちと弾ける火を眺めていた。


「……なぜ姉上は、すぐに公爵の座を継がないのだろう」


 微睡んだ意識の中、その声をノワールは聞いていた。だが答えるよりも先に意識は沈んでいった。



 

 

 一週間後、ヴァレンシュタイン前当主の葬儀が執り行われた。


 空は重く曇り、北の地らしい冷たい風が吹いている。

 領地中から集まった人々は黒を基調とした服に身を包み、静かに祈りを捧げていた。

 貴族だけではない。騎士も、使用人も、領民達もまた、その死を悼むために足を運んでいる。


 ノワールはレオンと共に参列者の列へ視線を向けた。

 思っていた以上に、人の数が多い。

 それだけ、この地の人々に慕われていたのだろう。


 やがて棺が運ばれる。

 飾られている花は決して華美なものではない。だが丁寧に整えられたそれらからは、故人への敬意が感じられた。


 先頭へ進み出たヴィクトリアが振り返る。

 黒い喪服に身を包んだその姿は、いつも以上に公爵家当主代理としての威厳を纏っていた。


「父は生涯をヴァレンシュタインのために捧げた」


 静かな声が響く。


「騎士として。領主として。そして一人の父として、誇るべき人生だったと私は思う」


 参列者達は誰一人として言葉を発しない。

 ただその言葉を聞いていた。


「どうかその功績を忘れないでほしい。そして我々もまた、この地を守り続けることを誓う」


 ヴィクトリアはそう告げると、棺へ向けて深く頭を垂れた。

 続いてレオンも前へ進み出る。

 その横顔はいつもと変わらないように見えた。


 けれど握られた拳が、僅かに力を帯びている。

 ノワールはそっと目を伏せる。

 父を、この地を守った者を失った悲しみは消えない。

 それでも二人が涙に暮れ、立ち止まることはない。

 

 ヴァレンシュタインの名を背負う者として。


 

お読みいただきありがとうございます。

評価やブックマーク等で応援いただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ