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第53話『結婚発表』


「第二王子の結婚発表?」


「そうだ」


 ノワールがこの北の地に来て、一ヶ月ほど経った頃だった。

 ヴィクトリアは朝食の席で突然告げた。


「今朝、手紙が届いていた。あの日、王子の隣に立っていた……リリアーナ・フローレンスだったか。あれと結ばれるそうだ。めでたいことだな」


 全く心の籠っていない声でヴィクトリアは言った。


(第二王子……セドリック・オブスキア殿下)


 ノワールのかつての婚約者であり、夜会で大々的に婚約破棄を突き付けてきた人物だ。

 だが、今思い出しても心が痛むことはなかった。


(きっとレオンさんとお姉様がいるからね……)


 同じような心配をしたのだろう、レオンの視線が向いたことに気付き、ノワールは笑みで返した。

 ヴィクトリアは話を続ける。


「その発表のため、二ヶ月後に王都で夜会が催されるようだ」


「当然、行く必要はないでしょう。俺達には関係のないことです」


「いや、此度は行く。ノワールもだ」


 端的な返答は公爵家当主代理の決定事項であり、命令だった。

 レオンはカトラリーを置き、鋭く反対する。


「姉上! あの王子はノワールを、貴族達の面前で辱めたのですよ……! 王都の奴等もあの態度です、そこにわざわざ連れ戻すなど――」


「そのノワールのためだ。連れて行く。当然お前も同行しろ、レオン。――ノワール、ドレスを新調しておけ」


「……はい、お姉様」


 食事を終え立ち去るヴィクトリアの背に、ノワールは了承を返す。

 命令であれば従う他はない。ドレスの新調に関してもそうだ。必ず、ヴィクトリアの命令には理由があった。


「細かいことを教えてはもらえない、か。……ノワール」


「ええ、分かっています。お姉様が私のためと言ってくれた……きっと理由があります」


 そう答えながら席を立つ。だが、またあの場所に戻ることを想像すると、背筋が冷えた。


 

 その日は早速仕立て屋へと向かい、夜会に着ていくドレスを誂えることになった。

 

 闇の神子としての視線を受けることにもなるだろうというレオンの言葉に従い、黒を基調に。

 けれども意図的に装飾の類を避けた神子の衣装とは異なり、華々しいパーティの場でも埋もれてしまわぬように。

 仕立て屋の店主はそう語りながら楽しそうに生地を選んでおり、レオンはその傍らで幾度も頷いていた。


(私は、前に着たドレスで構わないのだけれど……)


 それでも、公の場に出る際には新しいドレスを身に纏い、品格を示すことも役目の内なのだと、いつだったかヴィクトリアにそう説かれた日から無意味な遠慮を口にすることは無くなった。

 パーティまで丸二ヶ月ある。ドレスも十分に間に合うだろう。


 そう思った矢先の出来事だった。

 

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