第52話『接吻』
「雷、遠ざかりましたね……」
二人分の体温で暖かくなる布団の中で、ノワールが呟く。
眠いのか、その声は普段より柔らかい。
ノワールの耳を押さえていた手をレオンが外すと、ノワールは潜っていた布団から顔を出した。
普段はレオンの片腕を枕にしていたからだろう。丁度いい姿勢を探すように何度か身を捩ったノワールへと腕を差し出せば、すぐにそこに頭を乗せて落ち着いた。
(愛玩動物が懐く時というのは、こんな気持ちなのだろうな)
明確な信頼を示す無防備な姿。
ふとレオンを見上げるノワールと、視線が絡んだ。ノワールは僅かに視線を逸らした後、言葉に迷うようにして口を開く。
「レオンさん、あの。……今日の……その、私を、妻にしてくださる、と」
「ああ」
当然、忘れているはずがない。だがノワールは未だに信じられないといった様子だ。
指をもじもじと絡ませている。
「どうすれば信じてもらえるのだろうな」
「あ、……その、疑っているわけでは……!」
「分かっている」
慌てはじめてしまうノワールの髪を、レオンは宥めるように指先で撫でる。
(姉上であれば、こんな風に相手を不安にさせるような振る舞いはしないのだろうな。あの第一王子殿下もきっと)
脳裏を過ぎる人物が実姉であるというのは些か微妙な気持ちにはなるが、参考に出来る部分はするべきだ。と、レオンは思考を巡らせてみる。
(俺に足りないものはきっと、言葉だろう。自覚はしている)
髪を撫でた指先を、そのまま髪に絡めてみる。するすると指を抜けて落ちるそれは、暖炉の明かりを受けて艶めいていた。
「闇の神子は俺の信仰の対象だ。そういう意味では、君に触れることを畏れる気持ちが無いわけでもない。その態度が君を傷付けたのかもしれない。だが……ノワール。今は君のことを、神子ではなく一人の女性として、愛しく思っている」
レオンを見上げる瞳が、丸く見開かれる。
ふと口元に穏やかな笑みを浮かべて、レオンは笑ってみせる。
「早く式を挙げられるよう、姉上にせっつかないとな」
「? それは、どういう……?」
「未婚の男女に、この距離は近すぎる」
そう言うと、ノワールはまた違う意味で瞳を丸くした。
寝衣越しに肌を合わせる。本来それは婚前に許されるものではない。
今までは布団を挟んでいたとはいえど、端から見れば同室で眠っている時点で同じことだ。
ノワールは僅かに慌てたように口を開く。
「こ、こうして共に眠るのは、はしたないということですか……?」
「まあ、そうだ」
「今日の……せ、接吻、よりも……?」
「ああ」
ノワールにはこの辺りの知識が全くない。
教える者が居なかったのだから当然だが。家族が寄り添って眠るのと大差ない感覚なのだろう。
ぽかんと呆けているノワールへ、レオンは再び口付けた。面白いほどすぐに、白い頬に朱が差す。
「だが、この程度の接吻には慣れておくべきだ。式では人前で行うのだから。その時にも、こんな風に真っ赤になるわけにはいかないだろう」
「…………!」
共に寝るにはまだ早いと、新たな知識を知った上に慣れない口付けで羞恥に駆られたノワールは逃げるようにベッドから降りようとするが、レオンの腕に引き止められて結局はベッドの中へと戻される。
しばらくは心臓が高ぶってしまい眠れなかったものの、結局は人肌の心地よさが勝ったのか。ノワールは、気付けば温かな腕の中で朝を迎えていた。
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