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第51話『雷の夜』


 黒く濁った空は、案の定すぐ雨を降らせた。真夜中を迎える頃には雷鳴さえ聞こえてきた。

 レオンハルトは小さな音を立てて本を閉じる。


(前にもこんなことがあったな。ノワールが怯えてないかを気に掛けて――)

 

 読書も手につかない。迷っていたって仕方ないと立ち上がり、自室の扉へ手を掛けようとしたところで、扉一枚隔てた先にある気配に気付く。

 扉を開くと予想通り、ノワールの姿がそこにあった。


「あっ……レ、レオンさん……!」


 扉を開けるか迷っていた矢先に勝手に開いたので驚いているのだろう。

 何を言うか迷っている内に、また雷が部屋の中を一瞬だけ強く照らし、落ちる。


「ひっ……!」


 ノワールは轟音が響くなり反射的に耳を押さえ、しゃがみ込みそうな勢いで身を縮める。

 その背に腕を回せば、抵抗なく部屋の中へと歩を進めた。


「雷は苦手か?」

「ご、ごめんなさい……一人だと、怖くて……!」


 出会った当初のノワールなら、どれだけ恐ろしくともそんな本音を口にしたりはしなかっただろうが、今はこうしてレオンを頼ってくれる。

 迎え入れるレオンの表情は穏やかなものだった。

 暖炉の中で小さく弾ける炎だけが部屋を照らす。


 今まで何度もそうしていたように、ノワールをベッドの中へと招く。そしてレオンもいつも通り、ノワールに掛けた布団の上へと体を横たえようとしたが。


「一緒に寝ましょう、レオンさん」


 そんな声に止められた。


「……ノワール」


「ここには毛布もありません、レオンさんの体が冷えてしまいます」


 確かに、今までこうして眠る時は事情を知っている使用人が毛布を用意してくれていた。が、今この部屋にあるはずもない。

 ベッドに入ったノワールはゴロゴロと低く鳴る雷の音に身を縮めながらも、布団を開けてレオンを誘った。

 直後、また鋭い雷鳴が響き、ノワールは短い悲鳴を上げて布団の中へと潜ってしまう。


 ノワールの視界の外でレオンハルトは小さく溜息を吐き、寝衣の上に羽織っていたガウンを脱いで布団の中へと潜り込む。

 そして中で丸まっているノワールへと手を伸ばした。


「そう怖がるな。音が大きいだけだ、何も起こりはしない」


 布団の中、指先の感覚だけで髪を探り当て撫でると、ノワールが身動ぐのが伝わってきた。そしてレオンの腕の中に収まるように身を寄せる。部屋を震わせる轟音から守ってくれる場所だと信じるように。


 一方、レオンハルトは腕を置く場所に困り果てていた。

 分厚い布団を隔てて共に眠った夜は幾度もあったが、今は互いに寝衣のままだ。寒い土地とはいえ、そのために暖炉がしっかり備えてある。寝衣は当然寝心地を優先して薄いものだ。

 

 レオンの纏う、足首近くまで丈のある白い寝衣は、まだいい。

 だがノワールが羽織る女性用の寝衣は肌が透けるかと思うほどに薄い。当然、用意した使用人に他意はない。ここで女性が纏う寝衣とは、そういうものなのだ。

 丈は十分にあり、腕をしっかり覆う形をしているとはいえ、普段のように腕を回すにはあまりに薄すぎる。

 レオンの手はノワールの耳を覆う形に収まった。反対の耳は枕に押し付けてある。いくらかマシだろう。

 

 その後、何回かの雷が落ち、その都度ノワールは小さく肩を跳ねさせていたがやがて雷鳴は遠くなっていった。

 

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