第5話『食事』
「良く似合っているじゃないか、ノワール」
支度を終えると、メイドに案内されて食堂へと通される。だが、ヴィクトリアの姿が見えるまで、ノワールは立ったまま待っていた。
家の主人を差し置いて自分だけ座して待つわけにはいかない。
軽い挨拶の後、ヴィクトリアに促されてようやく椅子に腰掛ける。
程なくして運ばれてくる食事はどれも美味しそうなものだった。
家では当然ノワールにまともな食事が用意されるはずもない。使用人の食事の残り物が精々だった。
夜会で食事を用意されていても、闇の神子が人前で食事をするなど見苦しいという理由で禁じられていた。
憧れといっても過言ではない光景だ。
「………………」
しかし、手は動かない。
手を伸ばしかけて、届く寸前でそれが奪われてしまう時の悲しみはよく知っていた。欲しいと願ったものが、手の届かない場所に消えてしまうのは、とてもつらい。
窺うように、ちらりとヴィクトリアへ視線を向けると、彼女もまた同じようにノワールを眺めていた。
そして、カトラリーを手に先に食事を始める。
「作法は気にせず食べるといい」
初めて得た、食事への許可。食事から立ち上る湯気が鼻先をくすぐり、ずっと手を伸ばしそうになるのを我慢していた。恐る恐る、スプーンを握る。
ミルクのたっぷり入った、薄黄色のスープを掬い、口へ運ぶ。
「…………!」
口いっぱいに広がる甘い味、舌を火傷しないくらいの絶妙な温かさに、ノワールは目を輝かせた。繰り返し、スプーンでスープを運ぶ。
今度は一口大に切られているステーキを口に含んだ。力を入れて噛まずとも、口の中で溶けていくようだった。
一体何年ぶりだろうか。いや、もしかすると初めてかもしれない。肉汁たっぷりのそれを飲み込んでは、また次の一切れを口へ運ぶ。
それを何度か繰り返したところで、ぴたりと手が止まってしまう。
「神子様?……お顔の色が」
何かに気付いたメイドがノワールの顔を覗き込む。ヴィクトリアの視線もまた、ノワールの方へと向く。その表情は化粧では誤魔化せないほどに真っ青だった。
「あ、れ……?」
ノワールもまた困惑していた。こんなに美味しいと思った食事なのに、全く口が開かない。
口を閉じていなければ、胃から何かが上がってきそうだ。
はっと気付いたように、ヴィクトリアが口を開く。
「ノワールを部屋に戻せ。料理長には食事を作り直させろ。もっと軽いものにしろと伝えるんだ」
「はい」
複数人の了承が同時に飛ぶ。
メイドの一人は、顔を真っ青にしたノワールを支えるようにして食堂を後にした。
ヴィクトリアは苛立たしげにカトラリーを置く。その脇に、この屋敷における使用人の長である執事長が立つ。
「一体、どんな生活をさせたらあんなに衰弱するというんだ。ローゼンベリアは神子を、自分の子を死なせるつもりなのか」
「今、調べさせております。数日以内には情報が上がるかと」
「急がせろ」
「はい」
ほとんど口をつけていない皿を置いて、ヴィクトリアも席を立つ。その足を向かわせる先は厨房だった。
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