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第49話『王子殿下』


 「――と、いう訳だ。まさか私が本気でノワールを他にくれてやるつもりだと、信じるとは思わなかったが。よほど頭に血が上っていたと見える」


 ヴァレンシュタインの邸宅の応接間で、ヴィクトリアは楽しげに声を弾ませて笑う。

 その隣には、昼間ノワールと共に街を歩いていた青年が腰掛けていた。


「いやはや、格好良かったよ。まるで物語に出てくる王子様のようだった」

 

「……ご冗談を。アルベルト王子殿下」


 アルベルト・オブスキア。

 オブスキア王国の第一王子にして、ノワールとの婚約を破棄したセドリック・オブスキアの実兄。

 そして、ノワールの双子の妹・セレスティの婚約者だ。

 弟のセドリックと似通った面影。だがその表情は穏やかで理知的だ。


 そんな彼からのからかいとも称賛とも取れる言葉に、レオンハルトは顔を赤らめていた。

 その隣には、同じように耳まで赤く染めるノワールの姿がある。

 その二人を満足気に眺めた後、ヴィクトリアはアルベルトへと視線を向ける。


「しかし、かの第一王子殿下がこんな寸劇に付き合ってくださるとは思いませんでした。演技もお上手でいらっしゃるようだ」

 

「演技が下手な王族などいないさ。王宮という魔の巣窟で生き、自分の命を大切にしたいと思うのならね」


 笑っていい冗談なのか分からないレオンが閉口する中、ヴィクトリアだけは豪快に笑う。

 場の空気を誤魔化すようにレオンは口を開いた。


「しかし、なぜアルベルト殿下がこのヴァレンシュタインへ?」


「表向きは視察だ」


「表向きは、ですか」


 ごく短い返答を貰い、レオンハルトはまた押し黙る。明らかに『裏』のある物言いだ。

 だが今は語るつもりもないと言ったところか。

 当然、ヴィクトリアはその『裏』の用事も知っているという顔だ。いや、彼女とこうして会うこと自体がその用件の可能性もある。

 どちらも、他人には言えない秘密を多く抱える立場だ。


 一先ず今の用件は一段落した気配を察知して、レオンハルトは立ち上がる。


「では、俺とノワールは下がらせていただきます」


「ああ、また夕食の場で会えることを楽しみにしているよ。レオンハルト君」


 レオンは形の綺麗な礼で王子への挨拶を済ませた後、ノワールの手を取って部屋を後にした。



 ノワールの部屋へと向かう中、窓から外を見ると空はもう暗かった。

 本来ならまだそこまで暗くはならない時間だが、空には分厚い真っ黒な雲が一面を覆っている。今にも大粒の雨が降り出しそうだ。

 

 レオンはノワールに歩調を合わせてゆっくりと歩く。ノワールの靴は、傷口に当たらない形の、ヒールが低い物へと変えられていた。

 ノワールを抱えて屋敷に戻ったレオンが真っ先に使用人へ出した指示がそれだった。


 程なくして、ノワールの自室の扉の前へと辿り着く。

 エスコートするための腕を解くと、ノワールはおずおずとレオンを見上げた。


「あの、レオンさん……今日は、ありがとうございました」


 そう言うなり、何か思い当たったように頬を染めて、ノワールは慌てて言葉を付け足す。


「い、家まで……抱えて、連れ帰ってくれたことです……!」


「分かっている。――では、また夕食で」


 レオンは表情を緩めると、挨拶代わりにノワールの前髪へと唇を寄せた。

 その場所を押さえ、顔を真っ赤にして立ち尽くすノワールを置いて、レオンハルトは隣の自室へと戻っていった。


 

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