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第48話『罪の告白』


「だ、……だめ……っ」


 ノワールからの、初めての明確な拒絶だった。更に胸が重くなった気がして、レオンは伸ばしかけた手を引く。

 何度かの呼吸で息を整えて、ノワールは濡れた指で自分の目元を拭った。


「……ダメ、なんです。私は、卑しい人間です……こんなに、良くしてもらって、恵まれたのに……まだ求めてしまう。……レオンさんに……こうやって、優しくされる度に、期待して……!」


 拭った側から涙は溢れ出す。一度整えた呼吸も、すぐに乱れて震え始める。

 涙は何度もノワールの頬を濡らし、落ちた。

 レオンはハンカチを握り締める。涙を拭いたくとも、傷を拭いたハンカチは使えない。


「ごめ、なさ……レオンハルト様……っ、ごめんなさい……!」


 震えた小さな声で、叫ぶような罪の告白だった。

 レオンはノワールの顔を覆い隠す指へと自分の指を絡め、剥がす。僅かに抵抗の力が掛かるものの、振り払うには到底足りない。

 繰り返し拒絶を言葉にしようとした唇へと、レオンは自分の唇を触れさせた。間近で、引きつるように呼吸が止まる音が聞こえる。


「……泣くな、ノワール」


 すぐ側で、濡れたガラス玉のような瞳がレオンを映している。

 それは驚きに揺れ、次の涙を溢れさせることはない。


「泣かないでくれ……」


 レオンは祈るような気持ちで囁く。

 抵抗すら忘れた細い指を握り締め、再び僅かな距離を埋めて口付けた。が、我に返ったようにノワールは指を解き、レオンの胸を押す。


「っ……ダ、ダメです……!わ、私などに……!」


「ノワール」


 呼び止めないと今すぐにでも逃げ出してしまいそうで、細い肩を掴む。痛みがないように、それでも離れられないよう、強い力で。

 ノワールは少しだけ抵抗を見せたものの、すぐに大人しくなる。耳まで赤く染め、困惑に視線を泳がせていた。

 涙の跡に張り付いた黒い髪を、レオンは自分の指で払う。


「確かに、君との婚約は解消していいと、俺は言った。――だが、今は」


 言葉に迷うように一つ分の呼吸を置いた後、レオンは真っ直ぐにノワールを見据える。濡れた瞳もまた、言葉を待つようにレオンを見つめていた。


「君が婚約を解消したいと頼んできても、頷くつもりはない。このヴァレンシュタインの地で、俺の妻として生きてくれ。ノワール」


 言葉の意味を理解出来ないとでも言わんばかりに、困惑に揺れるノワールの瞳はやがて一度落とされる。


「で、でも、あの……女性は」


 レオンは怪訝そうに一度目を瞬かせる。僅かに考えるような間を挟み小さく首を振る。


「君がなぜ勘違いしているのかは分からないが、昨日の話なら幼い時からの付き合いのある、ただの友人だ。本当に」


「……けれど……あ、貴方に贈り物を」


「彼女は宝石商の娘だ。……君に似合う物を、取り寄せてもらっていた」


「………………」


 沈黙が落ちる。

 ノワールの唇は僅かに開かれ、そして閉じる。言葉を促すように黒い髪へとレオンが指を滑らせると、言葉にするか迷うような眼差しがレオンへ向けられる。

 また頬を赤く染め、掠れるほど小さな声で、ノワールは呟いた。


「……貴方の、あんな笑顔を見たのは、初めてでした……」


 遊び回る少年のように明るく笑う、レオンの姿を思い返しながら。

 その言葉を聞いたレオンは目を丸くした。

 心当たりがあるがゆえに僅かに表情を歪め、そして羞恥から逃れるように視線を逸らす。


「――ノワールの前で、格好を付けないわけにはいかないだろう。俺は君の婚約者なのだから」


 

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