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第45話『お見合い』


「お姉様。……私は」


 そう声にするだけで、息が震え出し、押し黙る。

 ベッドに腰掛けるノワールを伺うように歩み寄ったヴィクトリアは、当然のようにその隣に腰を下ろした。


「――私は、嫌な、人間です」


 ぽつりと、そう呟くノワールの瞳から一粒の涙が溢れる。

 ヴィクトリアはそれだけで察したようにノワールの方を抱き寄せ、黒い髪を撫でる。


「……多くを、望んでは、いけなかったのに……こんなに厚かましくて、卑しくて……」


 懺悔のように言葉が溢れだす。ノワールは縋るようにヴィクトリアの腰に腕を回してしがみつく。

 ついに涙に濡れた声に、謝罪までもが混ざりだした。

 ヴィクトリアは子供を宥めるように髪を撫でながら、気付かれないように溜息を零す。


「全く。気長に見守るつもりがこうだ。――そろそろ尻を蹴ってやらなければならないか」


 しばらくの後、ようやく落ち着きはじめたノワールの耳に唇を寄せ、ヴィクトリアは訊ねた。


「ノワール。お前、明日は丸一日空いているな?」





 翌日、レオンハルトはヴィクトリアの執務室の扉を開けた。

 そこには別邸にいた頃と変わらず書類仕事を続ける姉の姿がある。


「レオンハルトか。どうした?」


「ノワールが居ないのです。ご存知ないですか?」


「ああ、ノワールなら朝から出掛けたぞ」


「……一人で?どちらへ?」


「まさか、一人なものか。見合いだ」


「――は?」


 ヴィクトリアは書類から視線を上げず、天気の話でもするような口調で続ける。


「当然だろう。ノワールは正式にヴァレンシュタイン家の庇護下に入ったのだ。それに尊き闇の神子でもある。この北の地では引く手数多だ」


 そう語るヴィクトリアの視線の先にある書類を、レオンが引き抜いて取り上げる。

 作業を妨げられたヴィクトリアは苛立ったように瞳を細めレオンを睨み上げた。


「……おい」


「どういうおつもりですか。彼女は俺の婚約者です」


「仮初めの婚約なのだろう。いずれ解消するつもりだとお前の口から聞いたばかりだ」


「それは、いずれ良い相手が見付かればの話で――」


「その良い相手を見付けるための顔合わせだ。ノワールも適齢期だ。さっさと結婚出来た方が本人のためだろう」


「……なぜ、俺に一言も断らず」


 食い下がるレオンにヴィクトリアは溜息を吐き、書類を返せと指先で示す。が、レオンは苦い顔をしたまま応じない。ヴィクトリアは眉根を寄せてそれを見上げる。


「お前の婚約の話は、元々神子を守り、この地へ連れ帰るための口実だった。それが成された今、もう彼女を害する者はいない。お前との婚約は必ずしも必要なものではなくなったというわけだ。お前だって神子が手に余ると嘆いていたじゃないか」


「…………っ」


 バン、と大きな音を立てて、レオンハルトが書類を机に叩きつける。そして踵を返すなり、部屋の扉を開けて出ていった。

 その背を呆れたように、そして面白半分といった表情で。ヴィクトリアは眺めていた。

 

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