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第44話『夕暮れ』


「……ノワール?」


 部屋の外でノワールの戻りを待っていたレオンハルトは、思わず目を丸くした。

 酷く落ち込んだ顔のノワールが扉を開き戻ってきたからだ。

 レオンの姿に気付くなり、ノワールは顔を上げ強引に笑みの形に塗り替えてみせる。


「ご挨拶出来ました。今は、お休みになられています」

 

「……そうか」


 レオンは口を噤む。

 深く掘り下げて聞くことなど出来はしない。そのために父はレオンの入室を拒んだのだから。

 短く息を吐き、ノワールへと片腕を差し出す。


「では、部屋まで送る」


「はい」


 レオンがこうしてエスコートする回数は、例の事件をきっかけに大きく増えた。

 危険の無い屋敷の中ですら寄り添って歩くことが多い。


「今日は俺の友人が屋敷に来るんだ。そのため俺は部屋に居ないが、何かあれば使用人に伝えてくれ。すぐに戻ろう」


「分かりました、レオンさん」


 北に戻りようやく会えた友人との時間を邪魔する気はさらさら無い。が、ノワールは柔らかな表情で頷く。いつでも気にかけてくれるその気持ちが、純粋に嬉しかった。


 時刻は夕暮れ時。ノワールは部屋で一人休んでいた。

 昼過ぎに使用人が用意してくれたクッキーが、テーブルの上に残されている。あまり空腹感はなかった。

 部屋の窓からは、これもまた別邸とは比べ物にならない規模の庭園が一望出来た。


(王都のお屋敷では、レオンさんがよく庭に連れ出して一緒に散歩してくれた。なんだかもう懐かしい)


 ノワールにとっては大切な記憶だ。思い出すだけで心が暖かくなる。

 

 ふと庭園に動く影を見付けて、視線を向ける。

 そこには見慣れたレオンハルトの姿と、もう一人。美しい紫陽花のような色の髪をした、女性がいた。

 その女性は綺麗にラッピングされた小箱をレオンに手渡し、レオンは両手でそれを受け取る。

 夕陽に照らされる二人の姿は、部屋からよく見えた。顔を見合わせ、楽しげに笑い合う表情も。


(……ああ)


 納得のような、落胆のような。曖昧な感情がノワールの胸を支配した。

 数秒前の温かな感情も嘘のように消え去った。

 思わず窓辺から離れる。が、行き場があるはずもない。


(レオンさんのあんな表情、見たことがない)


 屈託なく笑う、少年のような笑顔。

 それもそうだ、ここは彼の生まれ育った土地。昔ながらの友人だっているだろう。

 一際、特別な相手だって。

 

(出会ってからというもの、迷惑を掛け続けてきた私とは違うの)


 何度も何度も、自分に言い聞かせ、戒めるように呟く。

 そうしているうちに、窓の外はいつの間にか真っ暗になっていた。


 夜、ヴィクトリアがノックも無しに部屋の扉を開いた。


「ノワール。夕飯を断ったそうじゃないか。体調が悪いのか?」


 ヴィクトリアもレオンハルトも、いつだってノワールの体調を真っ先に心配してくれる。

 こんな優しさを受け取ったことはないと、いつだって感謝していたものだ。それこそ膝をついて、いくら頭を下げたって足りないほどに。


(……それなのに)


 ノワールは自分自身を責めるように、唇を噛んだ。

 

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