表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/67

第43話『ヴァレンシュタイン家当主』


「俺はここまでしか行けない」

 

「……えっ」


 それはヴァレンシュタイン家当主の自室の前だった。

 レオンに腕を引かれやってきたその場所で聞こえた声に、ノワールは思わず小さく声を零す。


「父上の指示だ。闇の神子様とは、二人きりで話をしたいと」


 突然の心細さがノワールを襲う。

 レオンが一緒だと気を奮い立たせてきたが、早速出鼻を挫かれてしまう。だが、逃げるわけにもいかない。

 そっとレオンの腕から指を離す。


「……分かりました。行ってきます、レオンさん」


「ああ、待っている」


 そう短く返すレオンの声を背に受けて、ノワールは扉を二度ノックした。そして、ゆっくりと扉を押し開く。


「ノワール・ローゼンベリアです。失礼いたします」


 脳内で幾度も練習した挨拶だ。

 そっと扉を閉め、部屋の奥へと向かう。そこには寝台に体を横たえ、細い呼吸を繰り返す男性の姿があった。


「そう堅くならなくていい。こんな姿ですまないな。神子様……いや、ノワール」


「いえ……」


 ヴァレンシュタイン当主たるその男性は、痩けた細い指でベッドの側の丸椅子を指差す。ノワールは静かにそこへ腰を降ろした。


「ああ、先代の神子様によく似ておられる。あの方も美しい漆黒の髪だった。あの祈りの歌声も、未だに忘れることが出来ない。まるで神が、私の目の前に降りたようだった……」


 懐かしい日を思い出すように、当主は目を細めた。

 ゆっくりと一度瞬きを挟んだ後、その視線をノワールへと向ける。


「早々に不躾ですまないが……神子よ。歌を歌ってはくれないだろうか。この私のために」


「ええ、もちろんです」


 迷うはずもない。ノワールは薄く唇を開くと、慣れた旋律を辿り始める。

 どこまでも遠く響くような、静かな歌声。それは神子に与えられた権能。

 換気のために開かれた窓の外にさえ響くようだった。

 

 やがてその声が途絶えた頃、当主は大きく息を吐いた。


「ああ、やはり……素晴らしい。心が洗われるようだ。ありがとう」


 当主の細い指がノワールへと寄る。ノワールはそれを両手で包むように受け止める。


「皆気付いているだろうが、私に残された時間は、もう長くはない」


「……!」


 突然の言葉だった。ノワールは思わず小さく息を飲む。


「この後はヴィクトリアとレオンハルト。あの二人だけでこのヴァレンシュタインを守っていかねばならぬ。本当は私がまだ見守っていてやらねばならぬ年頃だというのに」


 娘と息子には聞かせられない、本心だった。だが心残りを紡ぐその表情は、全てを受け入れているかのように穏やかだ。


「レオンハルトに、神子様が寄り添ってくれていること。本当に嬉しく思う。どうか、これからも息子を支えてやってくれ。不器用ではあるが、優しい男に育ってくれた」


 ノワールは何も言えなかった。恩人たるヴァレンシュタイン家の当主に願われたそれは、叶わないのだ。

 だが言えるはずもない。

 答える言葉を探し出すより先に、当主の指先から力が抜け、重い息が吐かれる。


「……すまない」


 もうこうして会話をする体力も残されていない。

 先程の言葉が現実になりつつあるのだと思い知らされる、短い謝罪だった。

 その声にただ頭を下げ、静かに立ち上がり、一礼だけを残してノワールは部屋を後にした。

 

お読みいただきありがとうございます。

評価やブックマーク等で応援いただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ