第39話『伝承』
「ヴィクトリア様は……」
「お姉様、だろう」
「あっ……お、お姉様は」
油断するとたまに今でも呼び名を間違えてしまう。どうしてもそう呼びたくなるほどの風格がそうさせる。
が、組んだ腕を軽く揺らして指摘され、ノワールは慌てて呼び直す。
「その、どうしてあの時……私を助けてくださったのですか?」
ずっと聞きたかったことだ。
いくら闇の神子とはいえ、あれは王族である第二王子の反感を買ってもおかしくない行動だった。王族派と呼ばれる、貴族より王族の存在を重視する権力者に対してもそうだ。
ノワールに対し足元の僅かな段差に注意を促しながら、ヴィクトリアは何でもない風に答える。
「それが我らヴァレンシュタイン家の使命だからだ」
「使命……」
漠然とした答えだった。
それはヴィクトリアも承知の上なのだろう、間を置いて再び口を開く。
「この国の最北にあるヴァレンシュタイン領は、厳しい土地だ。年の半分は雪に覆われ、作物も育たない。家畜を飼うのにも限界がある。だが、我がヴァレンシュタイン領は豊かだ。その理由を?」
「……いいえ」
ノワールは素直に首を振る。
「かつて、北の地に双子の神子が訪れたという。そして、そこで祈りを捧げた。その時、天から光が注ぎ……その光を受けた子が得た力。それがこの氷の魔法だ」
「――えっ」
「その力をもって、我らは成り上がった。戦争において、魔法を操る者の存在は勝敗を左右する。たった一人でも希少な存在だが……我らの血筋は、生まれた子の全てにこの氷の力が引き継がれる。不思議なのは、姓を変え、ヴァレンシュタインを名乗らなくなるとこの力が失われることだ。……少なくとも我らはこう考えている。この力は、神子様がヴァレンシュタインへ与えてくださった祝福だと」
神子にそんな力があるとは初耳だった。少なくともノワールにそんな力は使えない。
だがその歴史であればヴァレンシュタイン家が神子を敬う理由が理解出来る気がした。
「まあ、遥か昔の伝説だ。幾らか誇張はあるかもしれないが、神子様のお陰でヴァレンシュタインが救われたことは事実だ。ゆえに、我らにとって神子様より優先すべきものなど無い。ヴァレンシュタイン家が途絶えるその日まで、神子様への感謝を忘れぬと誓ったのだ。――だが」
ふと、ヴィクトリアが足を止める。ノワールへ向けられた眼差しは、いつもよりも真剣味を帯びたものだった。
「社交界とは面倒なものだ。長年、社交の場から遠ざかっていた結果……ノワール。お前へ向けられたあの仕打ち、それに気付くことが出来なかった。私の怠慢だ。――申し訳なかった」
胸に片手を当て、さらりとした金の髪を揺らして、ヴィクトリアの頭が下がった。
周囲には人の目もある。ノワールは慌てて手を伸ばし、そしてその腕でヴィクトリアを抱き締めた。
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