第40話『闇の装束』
ノワールは爪先立ちになって、ヴィクトリアの首に腕を回した。
とりあえず、これで他人からは頭を下げているようには見えないはずだ。
「そんな風に……謝らないでください。私は、すごく、感謝しているんです……」
ノワールは呟くように声を零した。
「お姉様に助けてもらって、レオンさんにも、あのお屋敷の方々にも……みんなに、優しくしてもらって。本当に、毎日嬉しかった……」
ゆっくり腕の力を抜いていく。すると間近で、ヴィクトリアと視線がぶつかった。形の良い、大きな金の瞳だ。いつだってノワールを優しく見守ってくれていた。
「私も、ずっと伝えたかったんです。……助けてくれて、ありがとうございます。お姉様」
「――全く、可愛らしい義妹が出来たものだ」
ヴィクトリアの瞳が細められ、伸ばした手がくしゃくしゃとノワールの髪を乱して撫でる。
ノワールの顔に浮かぶ笑みは、年頃の少女のそれだった。
夜になり、疲れ切った顔をした仕立て屋の店主が神子の装束を持ってきた。
本来の倍近い額を支払ってヴィクトリアが受け取ったそれを確かめるため、ノワールは宿の一室で腕を通していた。
闇の神子の装束は、光の神子のような華やかさとは無縁だった。
黒を基調とした衣は首元から手首までを厳かに覆い、そこに余計な装飾は一切ない。
あるのは上質な布地と、祈りのためだけに仕立てられた洗練された意匠だけ。その質素さこそが神聖だった。
ただ静かに死者の安寧を願う、闇の神子のための衣だ。
翌朝はすぐに発つことになった。
今にもまた跪いてしまいそうな面持ちのレオンのエスコートを受けて馬車に乗り、新たな装束を纏ってノワールは神殿へと向かう。
神官に導かれ、聖堂の奥の一室へと消えていく神子の背を、ヴィクトリアとレオンハルトは見送っていた。
「全く、尊い背中だ」
「ええ……全くです」
ヴィクトリアが呟けばレオンはすぐに頷く。
二人はそこで並んでノワールの帰りを待っていた。僅かにヴィクトリアへ半歩の距離を詰め、レオンは耳打ちする。
「ノワールを傷付ける者が、近くにいるかもしれません」
「……どういう意味だ?それは。例の事件と関係あるのか」
ヴィクトリアが怪訝そうに問う。レオンは小さく首を横に振った。
「恐らくは別……ですが、夜にノワールの部屋を訪れたら泣いていたんです。悪夢を見たと、本人は言っていましたが……恐らく違う」
「ほう」
「誰かに何かをされたか、言われたか……訊ねても、何も言いませんでした」
「意図して神子を傷付けるような愚か者が、ヴァレンシュタインに紛れているとは思えんがな」
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